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久し振りのジャズ喫茶“マニアナ”編

2007-01-18 18:42:20 | 堤宏文TALK

1/17午後2時過ぎ。今治市常磐町、愛媛新聞社今治支社の斜め前に、ジャズ喫茶「マニアナ」がある。オーナーの河野さんは、私の40年以上の友人で、私より少し人生の先輩で、昭和38年にこのJAZZの店をOPENしているからJAZZ歴も私と同じくらいだと思う。

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DOORを開けると、元気そうな河野さんが。「ご無沙汰してます」と云ってカウンターに座る。とてもいい感じで年を重ねてるナァ・・・。というのが久し振りにお会いした時の印象でした。

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店内はOPEN当時のままで43年の歴史を感じる・・・「いいナァ」・・・心やすまる。一言で43年とは云うけれど、この歴史は重いし、尊敬に値する。全国探してもS38年頃にOPENしてそのまま現役でやってるJAZZ喫茶はそうないと思う。そう云った意味でもとにかく“スゴイ!”

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LPレコードがのったターンテーブルが廻っていた。アナログ独特のあったかい、やわらかい音。そして長年愛用してるであろう年季の入ったパイプを燻らせる河野さん・・・。何とも云えない良い雰囲気をかもし出している。空気がアナログなのだ。私もアナログ派を“自負”しているのでその歴史が胸に響いてくる。

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白木秀雄や浅川マキ、そしてTBM(スリーブラインドマウス)等のアナログ盤も、ジャケットを補修して大切に保存されている。それでも月に5、6枚はCDも入れているとのこと。私もCDは月にその位を厳選してコレクションに加えている。デジタルを否定している訳ではないので、良い作品はCDやDVDもほしいと思う。

マニアナがOPENしたS38年といえば、私は22才。松山で演奏を始めて2年目、二番町のクラブヤングのバンド「野間博とブルーノーツ」や「松本伊対夫とヒズ・メン」で演奏していた。リーダーの野間さん(ギタリスト)は今治出身、アルトの松本さんは宇和島出身。私は2人の素晴らしいリーダー、先輩の元でJAZZを演れた事を幸せに思い、とても感謝している。

この頃、三越デパートのエスカレーター下のコーヒーコーナーで、コーヒーとトーストで50円だった。これが私達バンドマン(今はミュージシャンと云うけれど)の昼食でした。昼頃この昼食をとった後、1時からのクラブヤング生バンドのステージで演奏することになります。夜は大人の社交場ナイトクラブになるのです。

当時一緒に演らせてもらってた先輩のミュージシャンの中で、今も現役で松山で演奏しているのがピアニストの岡田収さんです。他の当時のミュージシャンは、リタイアしたり、もう亡くなられた方がほとんど・・・さみしいですね。クラブヤングの時代は、オーナーの好意でビル屋上にあった部屋に住まわせてもらっていたんだけど、当時オーナーが飼っていた日本猿の“サンちゃん”が一緒で、よく遊んだものです。

当時LPレコードが1,500円だったんですから高かったですヨネ。毎月発売されるアルバムはせいぜい10タイトル~15タイトルくらい。選ぶのも楽でしたねェ。ロリンズのサキソフォン・コロサスなんかもこの頃だったかナ。プレーヤー(演奏装置)はスピーカー内蔵で針はサファイヤ針、LP聴きながら眠ってしまうことが多く、すぐダメになってしまうことも度々でした。この頃私はヘアスタイルをリーゼントにしていたことがあったんですヨ。

昭和39年(1964)には東海道新幹線が開通、東京オリンピックの年。少し遡って昭和36年(1961)のお正月、初来日のアート・ブレイキー&ジャズメッセンジャーズを大阪フェスティヴァルホールで聴いたんです。tpリー・モーガン、tsウェイン・ショーター、pfボビー・ティモンズ、bジミー・メリット、御大ドラムスのアート・ブレイキー・・・。“モーニン”を生で・・・ 今思い出しても身震いします。

と云った訳で、こんなことかいてたら何ヶ月掛かるかわかりませんが、“マニアナ”でおいしいコーヒー飲んでると、昔の良き時代、思い出してしまいます。

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ありがとう、マニアナ・・・河野兄。また近いうち寄ります。


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