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中村半次郎(桐野利秋)

2017-04-13 22:50:24 | 維新の剣
幕末四代人斬り

その様に呼ばれた人斬り達がいます。

一人は土佐藩・岡田以蔵
一人は熊本藩・河上彦斎

そして残り二人は薩摩藩出身

田中新兵衛

中村半次郎

今回は中村半次郎のお話しです。

人斬り半次郎
そう呼ばれ恐れられた薩摩藩の剣客。

明治維新後は陸軍少将にまで出世した、幕末の人斬りには稀な経歴の持ち主です。

人斬りの経験値では田中新兵衛の方に分がありますが、しかし剣の腕は中村半次郎の方が上。

その凄まじい豪剣は猛者揃いの薩摩藩でも際立った存在だったのです。

軒先から滴り落ちる雨だれが地面に達するまでに、三度抜いて三度収める

それほどの居合の達人でもあったのです。

此れ程の使い手なら電光石火の速技であっと言う間に三人斬り倒す事が出来たでしょう。

倒幕派の志士の中には下級武士が多くいます。

岡田以蔵田中新兵衛などはその下級武士の中でも最下層で、岡田以蔵に至っては足軽出身で武士ですらありません。

中村半次郎とて同様。

例えば、西郷隆盛や大久保利通などは下級武士と言えども城下に居を構える事を許された、れっきとした武士です。

しかし中村半次郎は鹿児島近在の吉野村に住む郷士です。

名字帯刀は許されていたものの、城下士との身分は歴然です。

薩摩藩の身分序列では武士と農民の間と言ったところでしょうか。
とにかく極貧で衣食にも困窮する始末。

この当時、極貧から脱出するには一流の剣士として認められるしかありません。

十五歳より城下にあった小示現流の道場に通い始めます。

小示現流示現流から分派した流派です。

一子相伝の秘技があるとかないとか、とにかく謎めいた流派でもありました。

元々、体も大きく筋力も強かった、更に闘志も旺盛な男。
一の太刀に渾身の気合を込めて振り下ろす小示現流は向いていたのかもしれません。
メキメキと上達していきます。

『もうお前には教える事がない』

ついには師を脱帽させてしまいます。

この時、小示現流の奥義を授けられたとも言われています。

この後も独学で剣の腕を磨き続けます。

きぇえぇい!
渾身の気合いと共に樹木を打ち続ける。
まるでその極貧の生い立ちを恨むかの様に。

打ち付けられた樹木はことごとく立ち枯れてしまう程です。

文久二年
島津久光に従って上洛する頃には、藩内でも有数の剣客として知らぬ者はいなかった。

しかし、身分は剣の腕よりも強い。
260年の幕藩体制の身分は、その遺伝子に深く刻まれ、抗う事を拒みます。
剣の腕があっても最下層の身分にある者は汚れ仕事に従事させられます。

しかしこの中村半次郎だけは違った!

身分が上の者にも生意気な態度で、気に入らなければ、納得できなければ言う事を聞かない、聞く耳をもたない。

なんせ怒らせると、直ぐに抜刀しそうな危ない雰囲氣すら醸し出しています。

例えば土佐藩の岡田以蔵などは怖い人斬りではある。
けれど、土佐勤王党リーダー武市半平太のコントロール下にあります。
武市半平太の命令で人斬りをやる。

切れ味鋭い刀かもしれないけれど、武市半平太という鞘に収められている。

しかし中村半次郎という男は違う。

『ヤツは斬ると言ったら必ず斬る』

だからこそ仲間すら恐れたのです。

誰かに命令されたから斬るのではなく、自分が殺ると思った相手を斬る。

まるで抜き身の刀

ピストルよりも早く

中村半次郎は佐幕派の人物を斬った。

信州藩士・赤松小三郎を斬った。

この赤松小三郎は中村半次郎に洋式兵学を教えた言わば師でもあります。

そんな恩師を平然と斬り捨てるところが恐ろしい

赤松小三郎は薩摩藩の招きに応じて京の薩摩藩邸にで洋式兵学を教えていました。
しかし、佐幕派という事で幕府側と内通しているという噂があったのです。

中村半次郎が数人の薩摩藩士と四条烏丸を歩いている時に偶然、赤松小三郎を見かけた。

獲物を前に殺意が湧き起る。

もう、こうなると誰も止められない。
いや、止めるのが怖い。

暗い路地へ入ったところで赤松を呼び止めた。

すると赤松小三郎、素早く右手を懐に入れる。

当時と言えば危険極まりない京の都。
赤松は常にピストルを携えていました。

銃器の扱いになれた赤松なら、この距離ならば外す事はない。

しかし…

中村半次郎は迷わず抜刀して飛び込んだ。

銃を撃つ間も与えない!

そのまま飛び込んで袈裟懸けに切り下ろす!

小示現流渾身の一太刀は、左肩から鎖骨をへし折り、肋骨から肺にまで達した。
その時、右手も斬り飛ばし、赤松の体から離れて道端にピストルを握りしめて転がっています。

中村半次郎渾身の一撃を浴びても赤松はまだ絶命していなかった。

生への執念でしょうか…

恐ろしい形相で路地を這いずり回ります。

後ろに隠れていた他の薩摩藩士達が抜刀して赤松に斬りかかるも止めを刺せない。

丸太を打ち込むのとは訳が違います。

生身の人間を斬るにはやはり躊躇があります。
どうしても打ち込みが浅くなる。

『おはんら、どいちょれ』

そう言うと鞘に収めた刀を再び抜くと、背中からズブッと心臓をひと突き。
赤松は雷に打たれた様に動きがピタりと止まり絶命します。
赤松の死を確認すると、中村は悠然と立ち去るのです。

実は、中村半次郎が暗殺に加担したのはこれ一回だけ。
たった一回の暗殺で人斬り半次郎の伝説を作ってしまったのです。

それ程、中村半次郎の太刀筋は凄まじかった。

生き残る方が難しい


記録に残る暗殺は先の一度のみ。

しかし、暗殺、内ゲバ、何でも有りの物騒極まりない時代には殺すことより、殺されず生き残る方が難しいのです。

中村半次郎の様に、名の売れた男ともなれば暗殺の標的にされる事も多々あったのです。
しかし、それらを返り討ちにし、明治維新まで生き残ったのです。

岡田以蔵や田中新兵衛などは人斬りとして名を馳せたけれど死んでしまった。

中村半次郎は生き残った。

まず、薩摩藩西郷隆盛がテロ路線を取らなかった事は一つに大きな要因でしょう。

岡田以蔵や田中新兵衛は言われるがままに、テロ路線に突き進む。
それは使い捨てでもあるのです。

中村半次郎を使い捨てにしなかった西郷隆盛と言う人物がいてこそ生き残ったのかもしれません。

戊辰戦争に中村は隊長として従軍しています。

過酷な時代を生き延び、名を馳せたならば最下層の身分でも出世出来る。

彼もその一人。

そして江戸に進駐しています。

しかし、ここにも中村半次郎を憎み、命を狙う者はいる。

ある日、職務を離れて近くの銭湯に行った帰り道の出来事です。

三人の刺客に襲われた。

さすがの中村半次郎も、この時ばかりは死を覚悟したとか。

しかし、武士たる者死を覚悟する場においてこそ一歩たりとも引いてはならん、幾多の修羅場を潜り抜けてきた中村半次郎の肝の座り方はハンパじゃない。

斬りかかってきた一人が石につまづいた隙を見逃さず
きえぇえぇい!

気合いとともに抜刀して飛び込んだ!

袈裟懸けに一太刀!

相手も相打ち覚悟で横に薙いできた!

確かに相打ち。

しかし、相手の太刀筋は軽い。

それに対して中村の一太刀は言わばフィニッシュブロー。

強烈な一撃は肩口から深々と斬り裂き、動脈を切られて勢いよく血を吹き上げる。

小示現流の真骨頂炸裂!

しかし、胴を狙った相手の一撃を間一髪かわしたが、剣先は中村の右手中指を飛ばした。

一人は倒したものの、利き手の指を飛ばされ戦闘力は著しく低下。

しかし、残った二人は中村の太刀筋と気合いに圧倒され逃走するのです。


中村半次郎という人斬り、最後には西南の役にて西郷隆盛に殉教し腹を斬って人生を閉じるのです。
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4 コメント

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示現流はヤバいよね。 (示現流)
2017-04-19 20:43:39
今でも鹿児島の方には示現流の道場があるそうだが、左足の向きが気になる。
俺の流派は鎧甲冑を着けている前提何で、左足向きが剣道と逆なんだよね。
今日のツイキャスライブは面白かったね。 (凍結王46世ゲンスルー)
2017-04-19 21:16:19
整合性の話だが、いざとなったら整合性なんてどうでも良くなる。
人間も国家もね。
例えば第二次世界大戦の終戦のドサクサに、日ソ不可侵条約を破ってソ連軍がなだれ込んで来たよね。
あれも有りなんだ。
戦争なんだからね。
そして、日本人は虐殺される。
竹林はるか遠く。
東京大空襲。大阪大空襲。広島に長崎。
みんな有りなんだ。
だからね、拉致被害者奪回も有りなんだ。
第三次世界さえ起こればね。
日本刀の破壊力 (凍結王46世ゲンスルー)
2017-04-20 12:34:09
昨日の続きだけど、一撃の破壊力では日本最強クラスの示現流で、袈裟懸けに斬って人体が真っ二つになっていない。
それって、それほど高い日本刀を持っていた訳じゃ無いって分かるよね。
太い竹の柱を芯にして濡れた巻藁を幾重にも巻くだろ?
あれを真っ二つに出来たら人間も真っ二つに出来ると言われているんだ。
まあ、俺も人間を斬った事は無いんで、絶対とは言えないが、昔から伝承されているんだから、多分そうなんだろうね。
じゃあ、どのクラスの日本刀なら袈裟懸けで人体を真っ二つに出来るか?
ズバリ800万円以上。
正宗とか村正って、ブランド名なんだよね。
村正は徳川家に潰されたから三代で途絶えているけど、正宗は今でも鎌倉で営業してるよ。
見に行ったけど、巻藁なんて簡単に真っ二つ。
欲しい〜って思ったよ。
値段は1000万。まあ外車を新車で買うようなもんか。
俺?
迷ったけど家族の為に正宗は諦めて、車を買い替えたwwww
Unknown (Unknown)
2018-09-16 21:42:21
最近、池波正太郎氏の「人斬り半次郎」を偶然読了したところです。豪放磊落、無邪気ともいえる明るさでとても魅力的な薩摩隼人として描かれていました。それだけに、西南戦争での実質的な総司令官としては、その楽天的な性格が裏目にでて西郷を巻き込んで滅亡に至ったのは歴史の皮肉としか言いようがありません。城山に籠る西郷に対して政府軍への投稿を画策する幹部の中で、ひとり反対し西郷の死に花を守ろうとした桐野利秋の侍魂は、良くも悪くも「ラスト・サムライ」にふさわしいものだったと感じております。

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