ラララ日々雑感

ChesterCopperpotのベースによる日々思う事やら
写真やらなんやらかんやら

おわったものにつづくもの

2011-09-03 | まじめ気味
父の葬儀が終わった。亡くなってから葬儀まで少し日があり,それも彼の仕組んだ時間といったところか。考え事をするにはちょうど良い時間だった。
仲のいい親子ではなかった。物心がついたといったら大げさか、小学生の頃からほとんど話さず、むしろ嫌っていた。それにはたくさんの理由があり、仕方のないことだとも思える。
倒れてから1ヶ月と少し、ただひたすら振り返った。自分の記憶と周りが話すこと。それぞれを比較しながらどういうことだったのか、どうしてこうなったのか。考えても仕方ないことだけど、それでも必要だった。
彼はとことん反面教師だった。不器用だった。真似したくないことがたくさんだった。ただ、捉え方だけど、最後の最後にすれ違いの美とでもいうべき美しい瞬間があった。
彼はとことん反面教師だった。僕はたくさん学んだ。感謝の気持ちは今は言える。いなくなった人を美化するのではなく,触りたくなかったものをしっかりつかんだといったところで。

彼が生前、といっても相当前だが、望んでいたことが今実現した。よかったね。

まるで映画のような話が自分の目の前で起こっていたことに驚いた数日間だった。

16年間

2006-04-19 | まじめ気味
 数日間ブログの更新をしていませんでした。期待してページを開いてくれていた皆さん、申し訳なかったです。

先週の土曜日の深夜、僕の家族がひとり天寿を全うしました。家族とは言っても、人ではなく、犬なのですが、名前をのん太といいます。

彼は深夜の0時を過ぎたころ、自分の異変に気づき、家族の誰かを必死に呼びました。2階にいた僕は、いつもとは明らかに違う彼の声にただ事ではない空気を感じ、すぐに外へと駆けつけました。案の定すでに意識は無いに等しく、遠くを見て、苦しそうに体全部で必死に呼吸をしていました。急いで、とにかく急いで玄関へと運びました。

1年以上前から、下半身が痩せはじめ、その当時、生まれてから14年もたっているのだから仕方が無いことだとは思っていました。今年の冬には耳もかなり聞こえなくなり、鼻も利かない様子になってきました。そろそろか・・・。そう思い始めて数ヶ月。立派に冬を越え、春の温かい日差しにあたっていたその夜に、その時がきてしまいました。

数十分後、彼はゆっくりと、本当にゆっくりと息をひきとりました。

彼が初めて家へきたのは、約16年前の夏のことです。僕は小学校の2年生でした。それ以来毎日一緒にすごし、途中で年齢は抜かれましたが、一緒に成長してきました。少し前に、押入れを整理していたら、僕の小学生時代の作品集が出てきました。その作品は、ほとんどのん太が描かれています。作文も彼のことでした。記憶を辿っても、彼との思い出は本当にたくさん残っています。
それだけ、僕にとっては大切な家族であり、大切な友達でした。

わかってはいたけれど、つらいものはどうしてもつらいんですね。焼却場で最後のお別れをするときには、何を考えていいかわからず、ただ見送りました。今、彼は小さなつぼに入り、自宅の窓際にいます。庭にある犬小屋のにおいはだんだんと薄れてきています。


ということがあり、少し落ち着きを取り戻したので、こうして文章を書いています。

僕は彼に何をしてあげられたかな、毎日楽しかったかな、ありがちなことをやはり考えてしまいます。ですが、それを原因にしていつまでもふさぎ込んでいても仕方がないし、おそらく寿命でいってしまった彼にも申し訳が立ちません。

皆さんも、動物に限らず、その一瞬一瞬を悔いの残らないように過ごしてほしいです。当たり前のことでしょうがね。