一歩先の経済展望

国内と世界の経済動向の一歩先を展望します

止まらない円安と貿易赤字のスパイラル、同時進行する輸出企業の収益好転

2024-06-19 14:11:31 | 経済

 

 5月の日本の貿易収支は1兆2212億円の赤字だった。前年同月に比べて14.9%も円安だったにもかかわらず、輸出数量が4カ月連続のマイナスとなり、かつてのような「円安での輸出ドライブ」が不可能となったことを明確に示した。他方、輸入は円安による原粗油や石油製品の購入額が膨らみ、円安が進むと貿易赤字が増大する構図が出来上がっており、円安→貿易赤字増→円安のスパイラルが市場関係者に強く意識されることになりそうだ。

 為替レートが前年5月の135.31円から155.48円へと大幅な円安となったにもかかわらず、輸出数量は前年比マイナス0.9%と落ち込んだ。前年比マイナスは今年2月以来、4カ月連続で円安による数量効果は全く見られていない。

 

 <輸出価格の上昇が示す企業採算の好転>

 ただ、これを個別企業の視点から見ると、別の映像が浮かび上がる。今年5月の輸出価格は前年比プラス14.5%で、輸出企業は過去のように円安で外貨建て価格を下げるようなことはせず、外貨建て価格の値上げを容認している実態だ。輸出企業の採算は円安によって大幅に底上げされているといえる。

 特に対米輸出では、数量ベースが前年比プラス6.7%、価格が同16.1%、輸出額が同23.9%と大幅に伸びており、トヨタに代表される自動車各社は4-6月期に円安の効果をフルに発揮する公算が大きい。 

 ただ、マクロベースでは円安が日本の貿易赤字を拡大させる構図となっているため、実需面での円安と貿易赤字のリンクは強まっていると言っていい。したがって米連邦準備理事会(FRB)の利下げ時期がはっきり見えてくるまでは、マーケットでの円安バイアスが弱まる気配は見えないだろうと予想する。

 

 <急増している半導体製造装置の対中輸出>

 一方で、対中輸出をみると、興味深い現象が起きている。対中国向け輸出の中で半導体製造装置が数量で前年比プラス65.3%、金額で同130.7%と大幅に伸びている。この背景には、米国による先端半導体の対中輸出規制が影響している可能性がある。米国製の先端半導体を使用しないための生産工程の見直しによって、新たな半導体製造装置の受注が増加しているとの見方だ。

 ブルームバーグ通信は19日、米政府高官が近く日本とオランダを訪問し、人工知能(AI)に必要な高性能半導体の製造能力を含め、中国の半導体分野への新たな規制を設けるよう要請する予定だと報道した。米側の具体的な要請内容にもよるが、日本が要請を受け入れた場合、足元で発生している日本からの半導体製造装置の輸出急増に大きな変化が発生することも予想される。

 いずれにしても、円安の進展が日本の貿易収支の赤字構造を変えるパワーを失ったと早く政府が自覚し、短期と中長期に分けた対応策を早急に検討するべきだろう。

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中国の資産デフレ深刻化、EⅤ輸出加速へ 東南アジアで日本勢に打撃も

2024-06-17 13:58:05 | 日記

 中国の資産デフレが深刻化しつつある。国家統計局が17日に発表した5月の新築住宅価格指数は、70都市のうち68都市で4月から下落し、1-5月の不動産投資は前年同月比10.1%減となり、1-4月の同9.8%減からマイナス幅が広がった。

 同日に発表された5月の小売売上高は3.7%増と4月の2.3%増から伸びが大きくなったものの、12日に公表された5月の消費者物価指数(CPI)は前年比0.3%増にとどまっており、資産デフレが消費に波及してモノやサービス価格のデフレ色を強める構造に大きな変化は起きていない。

 内需の不振を外需でカバーしようとしていた中国にとって、イタリア・プーリアで開催された主要7か国(G7)首脳会議で中国製電気自動車(EⅤ)や太陽光パネルの安値での過剰生産問題に懸念が表明されたことは痛手になった。実際、米国と欧州連合(EU)は相次いで効率の追加関税を中国製EⅤに課すと発表。外需での危機脱出という中国の戦略に暗雲が漂っている。

 この事態は日本から見ると、国内自動車メーカーが東南アジアで中国製EⅤの攻勢を受け、金城湯池だった高シェアを奪われるという新たな危機の発生を意味する。日本政府が傍観していると、東南アジアでの国内メーカーの採算が急速に悪化し、自動車業界に大きなショックが発生しかねないと筆者は指摘したい。

 

 <中国の不動産支援策、今のところ効果見えず>

 冒頭で言及したように、中国の資産デフレは深刻化している。中国政は5月17日に総合的な不動産支援策を発表し、地方政府による一部のマンションの買い取りや、住宅ローン規制の緩和などを打ち出したが、今のところ効果は限定的なようだ。

 70都市の新築住宅価格の下落幅も、北京や広州、深センなど主要都市で大きくなっており、資産デフレの症状が好転するどころか深刻化する兆しをうかがわせる結果となった。中国ではGDPの約3割を不動産業が占めており、1-5月の不動産投資が前年同月比10.1%減と大幅に減少していることは、内需の低迷が長期化する可能性を強く示唆している。

 

 <5月の自動車輸出は前年比16.6%増>

 この危機を外需主導で乗り切ろうと中国当局が舵を切っていることは間違いない。6月7日に公表された5月の中国貿易統計では、輸出が前年比7.6%増と2カ月連続で増加した。一方、輸入は同1.8%増と内需の弱さを示す結果となった。

 輸出の好調を支えたのは、半導体関連製品に加えて自動車だった。前年比16.6%増と大きく伸び、米欧当局の懸念を裏付ける結果となった。米欧の追加関税措置の実施までに「駆け込み需要」が発生し、しばらくは自動車輸出の伸びがさらに拡大する可能性が高い。

 

 <米欧が高関税、東南アジアに中国勢シフトか>

 しかし、中長期的には対米欧向けの自動車輸出は禁止的高関税によって、いずれ数量が減少に転じる時が来る。それを予期して中国メーカーは経済成長が著しく、安いEⅤを求めている東南アジアや中南米への輸出増を図るとみられている。

 すでにタイでは、2019年に約9割だった日本車のシェアが、2023年末には80%を割り込み、中国勢は2桁に乗せた。日本勢のシェアが9割を超えていたインドネシアでも、安いEⅤを売りに中国勢の攻勢が目立ち、ジリジリトとシェアを低落させている。

 9割のシェアを維持している場合、利益率は相当に高かったとみられるが、シェアの低下は販売台数低下の割合以上に利益率が低下する可能性を高める。このまま中国製EⅤの安値販売を日本政府が傍観していると、どこかの時点で中国勢のシェアが急上昇し、日本勢のシェアが急低下する局面は訪れることになるだろう。

 その時になって「東南アジアでEⅤショック」が発生したと大騒ぎしても、「時すでに遅し」だ。日本政府は米欧当局の関税引き上げの根拠となっている中国政府の補助金実施のデータなどを共有し、実効性のある対応策を早急に検討するべきだと指摘したい。

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消費の弱さに言及した植田日銀総裁、利上げ検討は9月会合以降か

2024-06-14 16:48:05 | 日記

 日銀金融政策決定会合後に行われた14日午後の植田和男総裁の会見は、円安が進展した前回4月会合後の状況を踏まえ、バランス重視の「慎重運転」を心掛けた印象だ。ただ、そこから垣間見えた重要なポイントもあった。それは消費の弱さに言及しつつ、賃上げによるサービス価格の状況を見極めたいと指摘した点と、市場が注目した国債買い入れの減額は、能動的な金融政策の手段として用いないとして説明した点だ。 

 総合的に勘案すれば、7月会合では今後1-2年の国債買い入れ額の減少について具体的な計画を示すが、それは引き締め政策の柱ではなく、利上げの判断は時間をかけて9月会合以降に本格的な議論をしていくということを示したと筆者は考える。

 

 <国債買い入れ減額、1-2兆円の可能性>

 この日の会見で、日銀記者クラブに在籍する記者の質問は、国債買い入れ減額に集中した。これまでは月間6兆円規模での買い入れを実施してきたが、7月会合後の減額幅は「相応の規模」になると植田総裁は答えた。それ以上の具体的な言及を避けたが、筆者は1-2兆円規模になる可能性があるとみている。現在の枠組みでも最大1兆円程度の減額は可能であるからだ。

 ただ、植田総裁は国債買い入れ額の減額に関連し「能動的な金融政策の手段に用いないようにしようと思う」と述べるとともに、金融政策の調整は短期金利の調整で行っていく方針を強調した。一部のメディアは量的引き締め「QT」のスタートとの見方を示したが、金融政策の手段は短期金利の調整であることを日銀はマーケットに対して再確認したかったのではないかとも感じた。

 

 <7月利上げの可能性が低い3つの理由>

 その短期金利の引き上げ、つまり次の「利上げ」に関しては、市場の一部で7月説が今回の6月会合直前に浮上していた。だが、7月に国債買い入れ減額の計画を発表するのに合わせて、利上げを決断する可能性は低いと指摘したい。

 確かに植田総裁は、7月の利上げ決定の可能性を否定しなかった。だが、それは毎回の会合での判断は、その会合までに収集したデータや内外情勢を勘案して決めるという中央銀行の「大前提」に立った「お作法」の説明にすぎないだろう。

 7月利上げの可能性が低い理由は3つある。1つは、植田総裁が消費の現状について「非耐久消費財を中心に弱めのデータが出ている」と述べたことだ。また、足元で自動車メーカーの認証不正問題による出荷停止が発生し、それが耐久消費財に与える影響にも言及した。

 2つ目は、国債減額に際して市場参加者の予見可能性と市場の急変リスクとのバランスをとるために1カ月の猶予期間を取った日銀が、7月に利上げと国債買い入れ減額という2つの大きな市場変動要因をあえて併存はさせないとみているからだ。

 3つ目は、賃金上昇からサービス価格上昇への波及が基調的な物価上昇率の上昇にとって重要と認識している日銀にとって、7月30-31日の次回会合までに収集できるデータだけでは不足と感じている可能性がある点だ。実際、政府内には2024年1-3月期の国内総生産(GDP)改定値でも個人消費がマイナスとなっているため、利上げは時期尚早との声がある。そうした指摘にしっかり反論できる材料が欲しいと日銀が思っても不思議ではない。

 実際、植田総裁はこの日の会見で、輸入価格の上昇を起点にした外食価格の値上がりなどによるサービス価格がこれから一段と鎮静化していく動きと、賃上げによるサービス価格への波及の動きがあり「この2つの力の拮抗がどうなるのか見極めたい」と述べた。この見極めは7月31日までには完了しないのではないか。

 

 <張り巡らされた円安警戒網>

 一方、4月の会見後に一部の海外勢は植田総裁の発言に対して「円安に対して無警戒」との印象を持ち、円売りを仕掛けた面があるといわれていた。この日の会見では、円安の影響についても丁寧に言及し、全方位の警戒網を設定していた。

 たとえば、足元での150円台後半の円安に対しては「円安は物価上振れ要因として注視している」「このところの円安を背景に、輸入物価に若干の再上昇の気配がみえる」「基調的物価上昇の判断の上で注視していきたい」と述べ、円安が金融政策に波及する経路について丁寧な説明を心掛けた。

 さらに経済・物価見通しが展望リポート通りに推移していけば、緩和度合いを調整する目的で利上げしていく方針も改めて示し、「ファイティングポーズ」もしっかりと取った。

 会見後に157-158円台でドル/円が推移し、円安が急進展しなかったことをみても、安全運転の成果が出たといえるだろう。

 7月会合で利上げを見送ったとして、秋以降に利上げを本格検討できるかどうかは、経済・物価情勢に加え、岸田文雄首相の政権運営がどのような状況に直面しているかにも大きく影響を受けそうだ。

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パウエル議長、9月利下げ排除せず 米株の堅調さがいずれ日本株に波及

2024-06-13 12:47:46 | 日記

 市場が注目していた米連邦準備理事会(FRB)の金利見通し(ドットチャート)は、年内の利下げを1回と予想した。3月時点での予想は年内3回だったことから、市場の一部では「9月利下げの可能性は後退した」との見方が浮上した。だが、本当にそうだろうか。パウエルFRB議長の会見から言えることは「9月利下げを排除していない」ということだろう。

 

 <5月CPIは良好、パウエル議長が指摘>

 12日に発表された5月米消費者物価指数(CPI)は前年比3.4%上昇と市場予想の同3.3%上昇を下回った。また、スーパーコアCPI(住居費・エネルギーを除くサービス価格)は前月比0.04%低下となった。前月比での低下は2021年9月以来であり、パウエル議長も会見で5月CPIについて「誰もが予想していたよりも良好だった」と述べていた。

 また、パウエル議長は「最近の月次インフレ指標は幾分緩和している」と指摘しつつ「控えめな一段の進歩を遂げたが、インフレに対する信頼を高めるにはさらに良好なデータが必要」とも語った。つまり、今後のインフレを含む経済データが徐々に弱含む方向になれば、9月利下げの可能性があることをえん曲に示したといえるのではないか。 

 

 <僅差のドットチャート>

 実際、今回のドットチャートで年内の利下げ予想は1回になったが、詳細にみると、政策担当者19人のうち、年内利下げなしが4人、1回の利下げ予想が7人、2回の利下げ予想が8人と僅差の結果となっている。この先、インフレ指標が低下していくことが明らかになった場合、9月の米連邦公開市場委員会(FOМC)で利下げ容認が多数派になる可能性があると筆者は予想する。

 12日の米株式市場でFOМC結果が発表されてもS&P総合500種とナスダック総合が最高値を更新した背景には、9月利下げに対する市場の根強い期待感が存在することも示したかたちだ。

 

 <8月ジャクソンホールでのパウエル発言に注目>

 もし、インフレ指標が順調に低下する気配を示せば、8月に行われるジャクソンホール会合(米カンザスシティ連銀主催の経済シンポジウム)でのパウエル議長の発言への注目度が一気に高まるだろう。そこでパウエル議長が何らかの示唆的な発言を行えば、市場の利下げ折り込みが急速に進むことになると思われる。 

 利下げの可能性が大きくなるにつれて、米株への追い風は強まるだろう。日経平均は3万9000円を挟んで一進一退となっているが、いずれ米株の堅調さが波及する展開になる公算が大きいと予想している。

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極右台頭の欧州議会選、東京市場には日本株買いの追い風生む

2024-06-11 13:14:57 | 日記

6月6-9日に投開票された欧州議会選で、欧州連合(EU)に批判的な極右や右派の政党が躍進して総定数720議席の2割を超える勢力となった。特にフランスでは、極右政党の国民連合(RN)がマクロン大統領の与党を追い抜いて最多政党となり、危機感を抱いた同大統領がフランス国民議会(下院)を解散するという賭けに出た。

 10日のフランス株式市場は政局混乱を嫌気して下落したが、この混乱が東京市場に新たな動きとして波及してきている。ただ、このことに気付いている日本の市場関係者はまだ、少ないようだ。複数の市場関係者によると、11日午前の東京株式市場で一時、日経平均が3万9300円台まで上昇した背景の1つに、欧州勢の一角による欧州株売り・日本株買いがあったもようだ。フランスに代表されるように極右勢力の台頭によるEU域内の政情不安は、欧州経済と欧州株式にマイナスとの判断が働いたようだ。

 その後、日経平均は戻り売りに押されて上値を抑えられたが、EU域内における極右・右派勢力の台頭によって政策決定メカニズムが弱体化することへの欧州勢の危機感は想像以上に強く、欧州株売り・日本株買いの動きは一定期間にわたって継続する可能性があるという。

 東京市場の注目点は、11-12日の米連邦公開市場委員会(FОМⅭ)、13-14日の日銀金融政策決定会合に絞られているが、欧州政情不安という新たな材料も無視できない存在となって浮上してきた。

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