岸田文雄首相が14日、自民党総裁選への不出馬を表明し、永田町だけでなく内外に大きな衝撃が走った。だが、東京市場の値動きは今月5日の株価大幅下落や円高急進と比較すれば、小幅にとどまった。マーケットが岸田首相の退陣のインパクトを織り込めていない証拠だと指摘したい。
なぜ、織り込みが進まないかと言えば、岸田首相の立候補見送りで9月の自民党総裁選が空前の大混戦となり、だれが新総裁となって政権を発足させるのか、その政権がどのような政策を推進するのか不明なためだ。中でもマーケットの注目するマクロ経済政策は、今のところ誰からも明確な方向性が打ち出されていない。
目新しさや世代交代だけを売り物にした総裁選が展開されるなら、日本経済の先行きはかなり怪しくなるのではないか。とりあえずあす15日に発表される2024年4-6月期の国内総生産(GDP)1次速報値が低調な場合、日本経済をどのように立て直していくのか、低迷している潜在成長率をどのような政策で引き上げていくのか、立候補を目指す政治家は明確に示すべきだ。
<不意を突かれた永田町と報道関係者>
岸田首相の事実上の「退任表明」が14日に行われたことは、政府・与党を含めた永田町関係者や内外報道機関の意表を突いたようだ。多くのマスコミ関係者はあす15日の全国戦没者追悼式に岸田首相が参加し、旧盆休暇明けの19日以降に何らかの意思表示をするとみていたからだ。
多くの自民党議員は選挙区に帰っており、東京・平河町の自民党本部は取材する記者の姿だけが目立つという状況だった。
岸田首相は14日午前11時半からの会見で、自民党の変化を示す最もわかりやすい一歩は「私が身を引くことだ」と述べるとともに、政治とカネをめぐる問題で「残されたのは自民党トップとしての責任だ」「所属議員が起こした重大な事態について、組織の長として責任を取ることにいささかの躊躇もない」「私が身を引くことでけじめをつけ、総裁選に向かっていきたい」と心境を明らかにした。
<なぜ今で、何がトリガーか 不明なピース>
この発言を見ると、政治とカネをめぐる多くの不祥事発生の責任を取って退陣する決意を固めたと受け取ることができる。だが、うがった見方をすれば、もっと前の段階で退陣表明することも可能だったのに、なぜ、14日の表明となったのか、あるいは何が直接的な退陣決意のトリガーになったのか、隠された「ピース」があったのではないかとの疑問も残る。
岸田首相の周辺から漏れ伝わる情報では、岸田首相が自民党総裁選への立候補の決意を最近まで強めていたとの話もあるようだ。立候補か退陣か、岸田首相の中では2つのシナリオがダブルトラックでつい最近まで存在していた可能性があるのではないか。
隠されたピースの1つとして、一部の関係者から取りざたされているのは、麻生太郎・自民党副総裁との関係だ。全面的な支援獲得の心証が得られず、立候補断念に至ったのではないかとの観測が出ている。
<早くも大混戦の様相>
現職の首相である岸田氏の不出馬表明によって、自民党内はお盆をひっくり返したような状況になった。まず「明智光秀の汚名」を浴びることがなくなった茂木敏充幹事長が立候補に動き出すことが予想され、閣内にいる河野太郎デジタル相、高市早苗経済安全保障相も何の制約もなく立候補に踏み切れることになった。
自民党のイメージ一新を図りたい若手からの期待が高まっている小泉進次郎・元環境相や「コバホーク」の異名で知名度が急上昇中の小林鷹之・前経済安全保障相の当選への距離がぐっと縮まってきたとの期待感が自民党内で高まってきた。
さらに次の首相で最も名前の挙がる石破茂・元幹事長も14日、訪問先の台北で総裁選への出馬意欲を示すなど、早くも「大混戦」の様相となりつつある。
<浮上する世代間抗争の構図>
中でも今年7月の都知事選で、41歳の中丸伸二氏が165万票を獲得して2位となって以降、自民党内では若手のリーダーを擁立してイメージを刷新しなければ、次期衆院選で惨敗するとの危機感が台頭。43歳の小泉氏、49歳の小林氏が台風の目になる可能性が出てきている。
他方、この動きに苛立ちを持っているベテラン議員も増加中と言われ、今回の総裁選では「世代間抗争」の一面も浮き彫りになりつつある。そうしたベテラン議員の支持が67歳の石破氏に集まるような展開になれば、「議員票で劣勢」という石破氏のレッテルがはがれ、地方票で優勢であることを武器に、決選投票でも「勝ち馬」に乗る議員票を獲得して念願の総裁選勝利にいたる可能性もある。
<織り込めない市場、見えない次の経済政策>
今の段階では、これから立候補を表明するどの候補にも勝利の可能性があるとも言えるが、非常に心もとないのが、はっきりとした経済政策がだれからも聞こえてこないことだ。
14日の東京市場で一時、ドル/円がドル安・円高方向に振れたのは、日銀の利上げに積極的とみられている茂木氏や河野氏のイメージが先行し、岸田首相の不出馬で円高になりやすいとみた短期筋の円買いが先行したためとみられている。
また、日経平均株価が岸田首相の不出馬声明後にいったん、前日比マイナスに転じたのも新総裁・新首相の経済政策が不明確で不透明感を嫌うマーケット心理を反映し、買いが手控えられた場面が一時的にあったとの声も出ている。
一部の市場関係者は、「小石河」と呼ばれる小泉氏、石破氏、河野氏が安倍晋三・元首相の推進したアベノミクスとは一線を画すのではないかとみており、その見方が定着するなら短期的には株価の上値を重くすると予想している。
<日本経済の低迷、求められる具体的な解決策>
いずれにしても、立候補予定者から経済政策に関して目立った情報発信がないため、市場が具体的に何を織り込んでいったらよいのか、材料不足の状況に直面していると言っていいだろう。これは、今後の日本経済の成長を期待する観点からは、非常に心もとなく「危ない」状況に陥るリスクが高いと筆者は指摘したい。
たとえば、15日に発表される今年4-6月期GDPは、市場予測の平均値が前期比・年率でプラス2.2%となっている。1-3月期が同マイナス2.9%と落ち込んだ後のデータにしてはプラス幅が大きくないと言える。また、個人消費が5四半期ぶりに前期比プラスに転じると予想されているが、物価上昇による節約が予想よりも強かった場合は、予想比下振れの可能性もある。
このように岸田政権が思い描いていたようなプラスの好循環を示す結果にならなかった場合、その原因はどこにあり、新首相となる新総裁はどのような政策を打つのか──。その点がはっきりしないようでは、日本経済の先行きに光明を見出すのは難しいだろう。
さらに日本経済の弱点と言われている生産年齢人口の減少と生産性の低迷を打破し、潜在成長率を引き上げるにはどうしたらよいのか、という問題意識に立って経済問題を論じなければ、多くの国民が感じている停滞感を払拭できない。
欧米シンクタンクの試算の中には、2050年の日本のGDPはインドとインドネシアに抜かれて世界6位に転落するという結果も出ている。「長期低落」の回避に何ができるのか、自民党総裁選だけでなく立憲民主党の代表選でも具体的な議論を闘わせて、多くの国民に「明日の希望」を提供してほしい。
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