窓辺びより

毎日が平凡だなんてとんだ勘違い。カーテンを開けよう。ほら、今日も窓辺びより

(空想) 「レタス畑に満月」

2009-09-21 16:25:11 | 空想
※ちゅうい:この記事のカテゴリは「空想」です。

都会の真ん中にだって畑はある
深夜も三時となれば車は少なく明りも消えて、真っ暗静かな別世界
天頂よりやや西寄りの夜空に満月1つ煌々と輝いて、今夜もレタス畑を照らしている
耳を澄ませばしゃりしゃり、しゃりしゃり
青虫がレタスの葉を食べる音

「……なぁ、聞いているかい?」
「うん」

口をもごもごさせながら青虫は適当な返事。食べるのに忙しくてそれどころじゃない
しゃりしゃり、しゃりしゃり

「いや、明らかに聞いてないだろ。さっきから何度も言っているだろう?」
「うん」
「頼むから俺を食べるなって」

レタスはさっきからずっと、心底迷惑そうな表情で青虫を見つめていた
しゃりしゃり、しゃりしゃり
それはもう一心不乱に、しゃりしゃり、しゃりしゃり

「何も俺を選ばなくても周りに似たようなレタスはいっぱいあるじゃないか。どうして俺を食うんだ」

しゃりしゃり、しゃり
青虫がやっと顔を上げる

「それは、そこにレタスがあるからさ」
「答えになってない」
「僕は生まれた時からレタスを食べて育つ運命なんだ。遺伝子か何かにそう、書いてあるんだ」
「じゃあ俺以外のレタスを食べてくれ」
「どうして?」
「俺の価値が下がるじゃないか。農協に出荷された時、虫に食われてたら一気に2等もランク落ちするんだぞ」
「そんなのぼくの知った事じゃないよ」
「俺にとっちゃ死活問題なんだ。お前は動けるだろう?他のレタスを食べに行ってくれ。頼む」

青虫は困った顔で辺りをぐるりと見回し、そして再びレタスの方を向いたかと思うといきなり目を潤ませた
まんまる黒い目に、満月が小さく写っている

「無理だよ。他のレタスにはぼくよりも大きな青虫たちが住んでるんだ」
「それはお前より強いのか?」
「強い。だからもし今ぼくが他のレタスに足を踏み入れたら、ぼくは殺されてしまう」
「……弱ったなあ」

レタスは大きくため息をついた

「ぼくは早く大きくならなくちゃいけないんだ」
「大きくって、緑色のおばけにでもなってあいつらを倒すのか?」
「違うよ。大人になったら、ぼくたちは今よりずっと立派なちょうちょに変身するんだ」
「ほう」
「そして、とびっきり綺麗なおよめさんをもらうんだ。そしたら、ぼくは満足さ」
「それじゃあ結局あいつらは倒せないじゃないか」
「別に倒せなくていいんだよ。ぼくは誰か一匹に認めてもらえたら、それでいいんだ。それだけで、生まれてきて良かったって、そう思える」
「お前、青虫のくせになんだか哲学的だな」
「哲学なんかじゃないよ。この街に住んでる動物たちがみんな思ってることさ。ぼくの言ってること、分かってくれる?」
「まあ、理解はできるが……」
「じゃあ遠慮なくいただきます!」

しゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃり……

「うわぁ!! 待て待て、いいから落ち着け!!」
「だって、君を食べなきゃ大きくなれないよぅ」

泣きそうな声で青虫が駄々をこねる
畑の横の道を一台、タクシーが走って行った
歩道を歩く人は誰もいない
あまりにも月が明るくて、アスファルトの上に街路樹たちが影を落としていた

「お前の話は分かった。でも俺はどうなる?」
「僕が君をかじったって、ちゃんと出荷はしてもらえるはずだよ。だってとってもおいしいもの。君は最高のレタスだよ」
「いや、そう言われると……な、なんだか照れくさいな……」

しゃり

「っていやそういう事じゃない。お前に穴を開けられたら俺のランクが下がっちまうじゃないか」
「でも出荷されたらそのあとどうせ君は食べられちゃうんだろ?」
「まあそれはそうだけどよ。ランク次第で俺の扱いは変わるんだ。長いけどよく聞けよ?普通の家の晩ごはんで安いプチトマトやきゅうりと一緒にマヨネーズをぶっかけられるのか、例えば銀座や赤坂の高級レストランで舶来の野菜たちと同席して香り高いオリーブオイルのドレッシングをかけてもらうのか……」

しゃりしゃり

「聞けよ!」
「ごめんごめん。でもそんな事どうでもいいじゃないか」
「ああもう、これだから青虫は。だから、俺にとっては死活問題なの!」
「だってランク付けも料理のされ方もこの畑から刈り取られたあとの話じゃないか。畑にいる間ならまだしも、そのあとの扱われ方なんて君には関係ないはずだよ」
「……仕方ねえだろ。ここで暮らしている間は誰にも評価なんてされないんだから」

レタスは俯いて黙り込んだ
満月の上に薄く雲がかかり、途端に辺りの暗さが増す

「お前はいいよな。およめさんが見つかれば、それだけで絶対評価だものな」
「……まあそりゃ、見つかればの話だけどさ……」
「俺は刈り取られたあとの自分の扱われ方なんて知ることはできないけど、そこに賭けるしかないんだよ」

地面をなめるように吹いてきた夜風がレタスたちの葉を揺らしていく
青虫は振り落とされないようにレタスの葉にしがみついた

「でも、ぼくだっておよめさんが見つからなかったら同じようなもんだよ」
「そんなに難しいことなのか?」
「うん。結局誰も見つからなくて、路上でばったり死んでいくやつもいる。ここは街なかだから、死んだあとは人に踏みつけられたり、車に轢かれたり、ひどいもんさ。君はレタスだから、たとえどんなランクになったってどこかの食卓でちゃんと皿に盛り付けてもらえるだろう?ぼくたちは死んだら最後、誰にも気にしてもらえず汚れて土に還るしかないんだ」
「……やっぱりお前、青虫のくせに哲学的だな」
「君だってレタスのくせに色々考えすぎだよ」

満月にかかっていた雲が、ゆっくりとどいていく
歩道に再び街路樹の影
静まりかえった歩道を、新聞配達の自転車が走っていく
気がつけばもう随分、満月は西へ傾いていた

「……月がきれいだね」
「そうだな」
「あいつだって自分がきれいかどうかなんて知らないんだろうね」
「誰か大きな鏡でも用意してやればいいのにな」
「そうしたら喜ぶよね、きっと」

レタス畑の四方は建物に囲まれている
月が傾いたせいで、既に畑の半分は隣のビルの影で真っ暗になっていた

「さて、ぼくはこれからどうしようか」
「俺は食われたくない」
「でもぼくは食べたい」
「じゃあこうしよう、お前はできるだけ俺の葉の端っこを食べるんだ。はじめから俺の葉の端はぎざぎざだから、かじられたって人の目にはとまらないさ。穴さえ空けてくれなければいい」
「端っこならいくら食べても大丈夫なのかい?」
「ああ。けど俺のランクが下がらないようにちゃんと俺の葉の見てくれを考えながらかじれよ?ほら、味なんてよ、所詮二の次なのさ。見た目ってほんと大事なんだから」
「分かった。ぼくちゃんと君のこと考えながら食べるよ」

青虫は元気よく頷いて、レタスの葉の端っこへ向かった
しゃり

「やっぱりおいしいよ。ぼく、ここに来るまで他のレタスも少しかじったことがあるけれど、この葉っぱが一番だよ」

しゃり。しゃり。しゃり。

満月の晩はまだもう少し続く
月が沈んでいくのに合わせて、ビルの影がゆっくり動いていく
レタスは満足げな表情で、まんまるの満月を見つめている


この寄稿は、都内のとあるレタスさんからいただきました。
僕にはレタスの見分けがつかないのでどの畑のレタスかは分かりません。
とりあえず「俺の隣のレタスが夜通し何かしゃべってうるさいから内緒で書きとめてやったんだ」とのことです。
普通のレタスが書く文字とは比べ物にならないほどの達筆でお手紙をいただきました。ありがとうございます。


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