名前はみゆき。
彼女とは、実はまだ一度も会ったことがない。
いよいよ、明日か…
こんな気持ちは久しぶりだ。
胸がドキドキする。
なかなか踏ん切りがつかなかった。
意気地の無いこのおれが今日やっと電話できたのは、
今回ばかりは早めにケリをつけないといけないな、と思ったからだ。
頭の中から離れないんだよ。
仕事にも集中できなくなっちまった。
ふふ。いい年して、情けねぇ話だがな。
まぁそれだけマジってことなのかもしれないな。
携帯を手にとり、イスから立ち上がる。
少し迷った後に、意を決して携帯の通話ボタンを押した。
男らしくいくつもりだったが、おれの声は震えを誤魔化さなかった。
「…明日、空いてますか?」
「………はい。」
通話を終えた瞬間、緊張と不安から解き放たれた身体は、
ドスッと大きな音をたててイスに崩れ落ちた。
しぼんでいく風船のように、フーッと鼻から長い息が漏れていく。
これで、やっと決着をつけれる。
今まで悩んでいたのが嘘のように、心は晴れていた。
まだ何も始まっちゃいないってのにな。
きっとこの先待ち受けているかもしれない苦痛よりも、
その苦痛に怯える臆病な自分のほうが、嫌になってたのかもしれない。
あぁ、今夜は眠れそうにない。
一体、彼女はどんな人なんだろう。
優しいひとなんだろうか?
ボクを快く受け入れてくれるのだろうか?
彼女は女医。
歯科医だ。
対してこのおれは…
ただの患者です凹
いやね、
歯痛で仕事に集中できなくてね、
さすがに虫歯とケリをつけなきゃいけないなと思って。
で、今日予約の電話したって話だったんですけど。
いやー、タウンページで調べたらたくさん歯科医院があってさ、
どれを選んでいいものやら。
そしたらそん中にね、
「みゆき歯科」
ってあったの。
みみみ、みゆき!?
みゆきっつったらアンタ!もう否が応でも
長年別々に暮らしていた妹が、成長してめちゃくちゃ可愛くなって現れる
的なものを彷彿とさせるじゃないですか?
あだち充世代にとっては。
迷わずここを選んで電話した。
もう完全にね、
ボクの頭の中ではみゆき先生、
“ワガママだけどオチャメで可愛い妹”キャラに出来上がってます。
治療への不安。
女医との出会い。
あぁ、今夜は眠れそうにない。

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