一昨日、チャーリーとお昼。二週間前、彼女はいわきのステージを観に来てくれた。思いがけない再会だった。彼女の最後のライヴ以来、二年振りになる・・・。先日お礼の電話で話はしたが、改めて顔を合わせると思うと心が浮き立つ。この長らくの一会の新鮮さに気恥ずかしささえ憶える。待ち合わせのコンビニの前で手を振る彼女は、こぼれるような笑みをうかべていた。元気そうてはないか。「お久しぶりですぅー。」とかしこまった挨拶が少しはにかんでいる。
せっかくだから、二人とも行ったことのないお店にしてみた。内環状線、並木のCannery Row。パスタとピザのレストラン。夏にオープンしたらしいが最近まで気がつかなかった。メルヘンチックなレンガ造りのエントリーに「カワイイー!」を連発する彼女。玄関の待合に人が溢れている。休日の昼食時とはいえ予想外に混み合っている。明るいビストロのテイスト、愛らしい小物に彩られて女性好みの雰囲気。10分程で、クラシックなメイド風の制服を着たウエイトレスが現れ、僕たちを店内に案内した。家族連れやカップルなどで賑わうフロア。圧倒的に女性客が多い。
メニューはパスタorピザのセット。スープとドリンク&前菜のバイキングが付いている。驚くのは前菜の豊富さ。野菜、ナスのソース和え、かぼちゃのグリル、ラビオリ、味付けされたライス、パンなど・・・十数種類。これだけでも充分な食事になりそうだ。僕はパスタとピザをひとつづつ頼むことを提案する。彼女は「いいねぇ~。」と目を輝かせた。取り皿に分け合って食べる。イタリアンはこれが醍醐味だね。味はとびっきり上等とは言えないが、値段相応で悪くない。家族や友人達との会食にはもってこいではないか。斜向かいのテーブルには、無数のスウィーツが盛られたワゴンが運ばれ、注文主は目移りしている。なかなかツボを心得ているものだ・・・。
「心配かけてごめんなさい。」と彼女。「いいさ。」僕は努めて穏やかに返した。心配してないと言えば嘘になるが、謝られる理由もない。もともと僕は、とやかく言う立場にはいないのだから。過去にも二度会わない時期があった。中傷するつもりは毛頭ないが、振り返れば彼女の男出入りと僕の心の機微の変化がもたらした結果だと思う。まして三度目の空白は実のところ僕の方に起因している。はるかにかけ離れた年齢でも、男と女の友情はそう易々とは維持できないのだ。
チャーリーに初めて会ったのは七年と少し前。間もなく彼女が成人式を迎えようとしていた頃。厚底靴にマイクロミニ、派手なメイクと髪型のギャルと呼ばれる娘たちのひとりだった。僕は厄年の真っ只中で、公私共に大きな変化の渦中にあった。当時行きつけのMaxwell Streetには近隣のミュージシャンが集い、夜毎熱いセッションが繰り広げられていた。Againという風変わりな店で、その娘の歌の非凡さに魅せられた僕は、Maxのむせ返るような混沌の中に得意げに彼女を引き入れた。娘はすぐさま光を放ち歌姫の地位をものにすると、観客たちを虜にした。そして、演奏と乱痴気騒ぎに明け暮れる不良中年たちの中で大切に育てられた。世間の荒波に漕ぎ出したばかりの娘は、最後に燃え盛る灯火のように生き急ぐ男たちに、何を見出していたのか。僕は苦々しい現実から逃れるように、遅れてきた二度目の放蕩期に自ら身を投じ、彼女と連れ立って夜の街を徘徊し、朝までカラオケに興じたりしていた。キャロル・キングのCDと譜面を買い与えると、彼女は見事にピアノで弾き語った。際立って印象的だったのは、会津若松『風街亭』でのライヴ。彼女の歌う“You've Got A Friend”にアメリカ人青年が涙した。「日本に旅立つ時、ママが歌ってくれたのを思い出したんだ。」そんな場面に幾度も遭遇した。彼女の歌には不思議な力が備わっていたのだ。OldShepを訪れれば急逝したエバ・キャッシディに心酔し、SlowHandでバカ話に興じ、Bar夜空では見果てぬ夢をさえずるように描いてみせた。そして今時の若い娘のご多分に漏れず、気まぐれで、我がままで、生意気で、臆病だった。有頂天になるかと思えば身の置き所なく泣いたりもした。僕はそういう娘に翻弄されることをあえて楽しんでいた。そうして分別ある保護者善として振舞いながら、その実、心地よい癒しの海に漂っていたのだ。あの刹那、彼女は、僕にとって行き場のない魂の旅路の道連れだったのかもしれない。無論、彼女はそんなことを知る由もなく、自身の夢と欲望を持て余しながら、一喜一憂しているだけだったが・・・。
「後で読んでね。」彼女は小さく折りたたんだ紙片をよこした。「えっ、何?今読んじゃいけないの?」「いいけど・・・」それは短い手紙だった。僕が関知していなかった今日に至るまでの経緯と、過去に僕から与えられたものに対するお礼の言葉が綴られていた。末尾に『27才のチャーリー』と結んである。彼女は折に触れて手紙をくれた。出会った頃の僕の誕生日、そして僕の転勤が決まった時・・・。それはお節介な奉仕活動への感謝状。そのたびに僕は、沸き起こる心のさざ波を封じ込められ、模範的な大人を演じることになった。だがそれも良かろう・・・。
彼女は、この10月から、ボーカル・レッスンのインストラクターになると言う。その為に来週から上京して研修を受けるそうだ。そうして自立の道を模索するらしい。バンド活動はしばらくお預けということだが、近い将来、再び彼女の瑞々しい歌声を聴くことが出来るかもしれない。過去に彼女の歌に感銘を受けた者のひとりとして、心から復活を願う。そしてその行く末を暖かく見守るとしよう。血の繋がらない不肖の娘を案ずる、いささか怪しげな父として・・・。