今朝、新聞の「投書欄」に、父親が、息子たちにあげようとしていた、庭のビワが盗まれて、落胆していた、という投書が載っていました。
一体、最近の世の中は、どうなっているんでしょうかネ。でも、「特養」でもそういう経験がたくさんあるんですよ。
私の、退職前にいた「特養」は、大都会の中にありましたが、地域開放型で、芝生の庭には門も無く、誰でも、また、近所の方が飼っている動物(犬やウサギ)と共にも自由に入いれ、お年寄りと交流できるようになっていました。
数年前には、寄付金で、庭に檜の、湯も循環する「足湯」も作り、お年寄りが、庭を見ながら、のんびりお湯に入ったり、地域の方と交流できるようにしていました。(足湯は、「混浴」!も、出来ますしね。冬でも、15分も足をつけていれば汗がにじんできます。)
この施設では、入居されたり、デイサービスに来ている認知症のお年よりが、庭から外に出て行こうとされても、職員は止めたり、無理に連れ戻すといったことをせずに、携帯電話を持って、一緒に行くか、又は、数メートル後ろをついて行き、危険を避けるようにしていました。
よく「表に行かれる」方は、《お散歩クラブ》メンバーとして、職員全員が、顔や特徴を記憶するようにしていました。
(閑話休題。もう、このブログの常連さんは理解されていますよね。認知症のお年寄りに無理な連れ戻しなどは、「不穏」状態になるので、やってはいけないことなどを。
では、「テスト」!。1問。あなたが面会に来て、帰ろうとエレベーターに乗ろうとすると、入居者の認知症のお年寄りが、そのエレベーターに一緒に乗ろうと一生懸命です。あなたは、どうされますか。
2問、その、お年寄りが必死で、なぐって来られたらどうしますか。はい、ちょっと長い1分差し上げます。瞬時に判断して答えを出してください。)
話に戻って、さっきの「投書」ではありませんが、「特養」でも、このような困ったこと、悲しいことがたくさん起こるんですよ。
まず、開放的な庭ですから、さっきのように、庭の木にいろいろな木の実がなると、毎年、文字通り、サッと、全部盗られてしまうんです。
「これは、お年寄りが楽しみにされているものです・・・」とビラを貼っても効果なし。
毎年のことですから、シーズンになると、防衛上、木に、ビニール紐で、蜘蛛の巣のようにぐるぐる巻きにしましたが、でも、駄目。
そうですよ、「確信犯」には駄目ですよ。
「足湯」も、近所の方が目をかけてくださるのはいいのですが、一時期、毎日、「常連」の方が「占拠」され、お年寄りが遠慮して入れない、というようなこともありました。
また、デイサービスのお年よりも、地域の知った方が来ていると、そこに出て行かない、ということも起こりました。難しいですね。
開放的な庭ですから、犬を連れて来られて、動物好きのお年寄りが犬と交流できるのは、いいんですが、ウンチはさすがに無いですが、芝生でおしっこさせるので、芝生が「おしっこ場」になってしまったり、いろいろ大変でした。
それで、職員間で、開放派と閉鎖派で?議論をしたりしました。結局、今までどおり、地域開放をねばり強く進めることにしました。当然ですよね。
こういうこともあります。年に一度の「夏祭り」を施設で行うと、事前に、近隣マンションの組合の責任者の方に挨拶していても、「太鼓がうるさい」などの苦情電話が入ってきます。わずか、午後8時前までの、2時間弱なんですが。お年よりは、太鼓や花火に昔を思い出して、涙を流している方もいるんですが。
そうそう、経営も厳しいので、ビールや食べ物も、食べ放題というわけには行かず、夏祭りも、お客さんを「会費制」にして、そのかわりに「食券」をお渡しすることにしました。
すると、「会費をとって、ビールは発泡酒なの」と嫌味をいわれたりしました。
それで分かったのですが、その来賓の方、これまで、「御祝儀」なしで来られていたんですね。ほしいわけではありませんが、普通はね・・。(「公職選挙法」で、寄付・ご祝儀などが禁止されてる、各種議員の方ではありません。念のため。)ちょっと、話がみみっちいいですか。
そういう方のグループに限って、一テーブルを「占拠」され、お年寄りには無頓着。深追いはやめます。
認知症の方が多いので、夏祭りなど各種行事で、地元の「名士」の方の、来賓ご挨拶を一部カットすると、これまた不満がでました。
こういう、浮世の苦労って、結構ありますよね。
お年寄り本位、と言いながら、けっこう、皆さん、優しくない、というか、元気な方のものさしで計るところがあるんです。このブログをお読みの皆さんは、そんなことないでしょうが。
逆に、この仕事をしていてわかったのですが、そして、私も、60を過ぎて、そろそろ「引き算の人生」に入ってきて、けっこう、人間の行動を「長い目」で見るようになりました。
何をするにも、「人生」サイズの長いものさしでものを見るようになったのです。
多くのお年寄りは、結局この長い物差しをお持ちなんでしょうね。このあたりの、「哲学的な」議論は、項を改めてじっくり話したいと思います。
どうでしたか、「七夕」。各施設では、笹の葉の短冊にお年寄りがいろいろなお願い事を書かれたと思います。
それを、じっくり読まれましたか。そのことがわかりますよ。きっと。
世の中の、重荷おろして、昼寝かな 子規。
一体、最近の世の中は、どうなっているんでしょうかネ。でも、「特養」でもそういう経験がたくさんあるんですよ。
私の、退職前にいた「特養」は、大都会の中にありましたが、地域開放型で、芝生の庭には門も無く、誰でも、また、近所の方が飼っている動物(犬やウサギ)と共にも自由に入いれ、お年寄りと交流できるようになっていました。
数年前には、寄付金で、庭に檜の、湯も循環する「足湯」も作り、お年寄りが、庭を見ながら、のんびりお湯に入ったり、地域の方と交流できるようにしていました。(足湯は、「混浴」!も、出来ますしね。冬でも、15分も足をつけていれば汗がにじんできます。)
この施設では、入居されたり、デイサービスに来ている認知症のお年よりが、庭から外に出て行こうとされても、職員は止めたり、無理に連れ戻すといったことをせずに、携帯電話を持って、一緒に行くか、又は、数メートル後ろをついて行き、危険を避けるようにしていました。
よく「表に行かれる」方は、《お散歩クラブ》メンバーとして、職員全員が、顔や特徴を記憶するようにしていました。
(閑話休題。もう、このブログの常連さんは理解されていますよね。認知症のお年寄りに無理な連れ戻しなどは、「不穏」状態になるので、やってはいけないことなどを。
では、「テスト」!。1問。あなたが面会に来て、帰ろうとエレベーターに乗ろうとすると、入居者の認知症のお年寄りが、そのエレベーターに一緒に乗ろうと一生懸命です。あなたは、どうされますか。
2問、その、お年寄りが必死で、なぐって来られたらどうしますか。はい、ちょっと長い1分差し上げます。瞬時に判断して答えを出してください。)
話に戻って、さっきの「投書」ではありませんが、「特養」でも、このような困ったこと、悲しいことがたくさん起こるんですよ。
まず、開放的な庭ですから、さっきのように、庭の木にいろいろな木の実がなると、毎年、文字通り、サッと、全部盗られてしまうんです。
「これは、お年寄りが楽しみにされているものです・・・」とビラを貼っても効果なし。
毎年のことですから、シーズンになると、防衛上、木に、ビニール紐で、蜘蛛の巣のようにぐるぐる巻きにしましたが、でも、駄目。
そうですよ、「確信犯」には駄目ですよ。
「足湯」も、近所の方が目をかけてくださるのはいいのですが、一時期、毎日、「常連」の方が「占拠」され、お年寄りが遠慮して入れない、というようなこともありました。
また、デイサービスのお年よりも、地域の知った方が来ていると、そこに出て行かない、ということも起こりました。難しいですね。
開放的な庭ですから、犬を連れて来られて、動物好きのお年寄りが犬と交流できるのは、いいんですが、ウンチはさすがに無いですが、芝生でおしっこさせるので、芝生が「おしっこ場」になってしまったり、いろいろ大変でした。
それで、職員間で、開放派と閉鎖派で?議論をしたりしました。結局、今までどおり、地域開放をねばり強く進めることにしました。当然ですよね。
こういうこともあります。年に一度の「夏祭り」を施設で行うと、事前に、近隣マンションの組合の責任者の方に挨拶していても、「太鼓がうるさい」などの苦情電話が入ってきます。わずか、午後8時前までの、2時間弱なんですが。お年よりは、太鼓や花火に昔を思い出して、涙を流している方もいるんですが。
そうそう、経営も厳しいので、ビールや食べ物も、食べ放題というわけには行かず、夏祭りも、お客さんを「会費制」にして、そのかわりに「食券」をお渡しすることにしました。
すると、「会費をとって、ビールは発泡酒なの」と嫌味をいわれたりしました。
それで分かったのですが、その来賓の方、これまで、「御祝儀」なしで来られていたんですね。ほしいわけではありませんが、普通はね・・。(「公職選挙法」で、寄付・ご祝儀などが禁止されてる、各種議員の方ではありません。念のため。)ちょっと、話がみみっちいいですか。
そういう方のグループに限って、一テーブルを「占拠」され、お年寄りには無頓着。深追いはやめます。
認知症の方が多いので、夏祭りなど各種行事で、地元の「名士」の方の、来賓ご挨拶を一部カットすると、これまた不満がでました。
こういう、浮世の苦労って、結構ありますよね。
お年寄り本位、と言いながら、けっこう、皆さん、優しくない、というか、元気な方のものさしで計るところがあるんです。このブログをお読みの皆さんは、そんなことないでしょうが。
逆に、この仕事をしていてわかったのですが、そして、私も、60を過ぎて、そろそろ「引き算の人生」に入ってきて、けっこう、人間の行動を「長い目」で見るようになりました。
何をするにも、「人生」サイズの長いものさしでものを見るようになったのです。
多くのお年寄りは、結局この長い物差しをお持ちなんでしょうね。このあたりの、「哲学的な」議論は、項を改めてじっくり話したいと思います。
どうでしたか、「七夕」。各施設では、笹の葉の短冊にお年寄りがいろいろなお願い事を書かれたと思います。
それを、じっくり読まれましたか。そのことがわかりますよ。きっと。
世の中の、重荷おろして、昼寝かな 子規。
いつも楽しみに読ませていただいております。
この1ヶ月更新がありませんので、何かあったのかしらと気になっています。
せっかくご隠居さんになられたのでどこかクルージングにでもお出かけなら良いのにと思っています。
ブログ継続に何かトラブルがあったのでしょうか。
どんな原因にしろ、お元気でいらっしゃるなら
何よりですが。
また、再開してくださる日を心待ちにしています。