とても貴重な時間だった。
自分とは全く畑の違うところで、同じようにとっても大きな目標を掲げて地道に突き進む人との時間。こちらからすれば、たくさんの人に共感されながら、芯を持ってまっすぐ進む姿が眩しいくらいにキラキラしていて。
でも、「自分はまだ10年以上も同じことをずっとずっと繰り返してここにいるけど、まだ、続けちゃってるよ」と。「まだ行き着かないから、まだやってるから、自分見てたら、みんなまだ大丈夫って気しない?」と恥ずかしそうに笑う姿に、さすがだなあと。泣けてしまった。
輝いて見える奥には、たくさんの迷いとたくさんの苦しさと。きっと何度ももういいかなって思ったんじゃないかな。それでも、しゃーない、まだ続けるかって言えるその姿がとても素敵だった。わたしも行きたい世界があって、そこにむけて目の前でできること、と考えているけど、日々打ちのめされていて。でもね、打ちのめされながらも、やめない、ということはきっと出来るんだと思う。それは、職業だとかいうことではなくて。この行き着きたい世界を願うことは、やめない、ということ。どんな状態でも、やめない、ということ。
彼を支えるのは、もちろん才能もあるけども、わたしはそこにかけた時間なのかなと感じた。彼とこうして縁をもったからこそ、彼に恥じないわたしでありたい、と思えることが、本当にありがたい。素敵なつながりをありがとう。
彼の繊細で大きくてそして強く美しい器と私も同じ器をもった人間であれば、きっとどこかで重なる時がやってくる。私も彼のように、まっすぐに、繊細に、不器用に、笑いながら泣きながら、人生を最後の最後まで足掻こうと思う。
しばしのお別れ、とても寂しいけれど、大丈夫。また会おうね。その時は、ちゃんとまたお礼を伝えたい。おかげで私もここまで足掻いてるよって。日本で待ってます。
本当に、いい時間だった。
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