ハニカム薔薇ノ神殿

西南戦争の現地記者の話他、幕末〜明治維新の歴史漫画を描いてます。歴史、美術史、ゲーム、特撮などの話も。

青年画家、青木繁の破綻は「自己責任」なのか?

2012年05月16日 | サブカル・同人誌関係
明治時代、武士の家系に生まれた青木繁という画家がいます。
私と同じ、九州出身であり、また、私が自主的に研究を続けているラファエロ前派から影響を受けた画家として、彼を知りました。
若くして天才と称されたが、没落して極貧のうち28歳で死んだ画家。

これが有名な「海の幸」




少し手元に資料がありますので、ウィキペディアに無い事を補足しておきますと
まず、青木繁が「海の幸」でジャーナルに取り上げられ、名声を博した後、
士族であった父の事業が倒産したようです。そこに、九州の実家から長男を頼って
姉と弟がやってきた。
そんな、やって来られても、繁自身やっていくのが精一杯ですから、無理です。

青木繁の親友は、この人もまた有名な画家である坂本繁二郎です。
その坂本が後に語るように、青木繁は野心家で、夢が大きくて
「俺は画壇のナポレオンになってやる」と豪語していたらしいです。
ところが…
やってきた姉は、繁に言います。
「ふん、よくもあれだけ偉そうな口叩いたもんだ。ただの妄想家じゃない。
長男としてそれってどうなの? 道楽しか考えてない、ただの生活無能者よ」

青木繁は、「生活」の二文字の無い男でした。
彼の頭の中には、ただイメージを描くという事しかないので、友人の坂本と同じ部屋に住んで
そこそこ生活できてたら、それで幸せだったのです。
夢と共にあり、未来は常に無限の海のようにあり。


坂本は、当時を回想して書いてます。
「…一方には某君との関係に頭を痛め、義理や人の思惑を随分気にする性であったが
ここに至って君の感情は緊張の極に達し、日夜啼泣し、時には夜半に泣き声をあげて怒号する事もあり、
遂には刃物まで振るうに至った」

※旧字体、旧かな使いは改めてます

自己否定からくるスランプ。鬱。友人とも途絶える中
姉はやっぱり、責め続けます。「現実ってものをわかっちゃあいない。ダメな人、それがあなたなのよ、
いいかげん目を覚ましなさいよ」
要するに、お金があれば何の問題も無い事なんですけどね。
そんな中、更に恋人が妊娠。「海の幸」を売却しようとして売れず。
友人の詩集の挿絵の原稿料で生計を立てようとしますが、足らず。
また、「こんな仕事はどうだ」と言われても、芸術の事となると妥協を知らない。
常に、理想を抱いているので、断ってしまったり、クライアントと交渉決裂したり。

でも、青木繁は一般人のあの「社会」で働けないんです。
あまりにも、青木の価値観と違いすぎる。
一般の社会から見たら、やはり「狂人」でしかない…。
現実逃避して、姉から逃れるために、恋人と逃避行。旅館で子供も生まれます。
旅先での制作活動は、常に「遺書」のようなものであったようです。

再び名声を得たいと「白馬会」に出品するも、注目されず。
そこに、久留米の父が病気に。一年間、看病に費やし。
再び東京に戻り、脱スランプのために頑張って描いて出品、でもダメ。
一本気で、ひたすら真面目。
幕末に勤王派だった威圧感のある父と、これまた気の強い明治女の姉の顔色をうかがい…
と、思うとそこは長男というか。自分を天才と信じ、人生の全てを絵画に賭け…。
「何もいらない、絵さえ描ければ」と言いつつ一方で
「成功したい。認められたい。てか、オレを認めない周囲がバカなんだ」っていう、なんというルサンチマン。

父親の死後、「家」が彼にのしかかります。
絵なんか売れない時代、日本は日露戦争の後、なんだか妙な愛国ムードになっていきました。
その後は貧困のまま九州を放浪、酒に溺れつつ、やっぱり絵を描いては出品するも、落選続き。
「乞食絵描き」とまであだ名されたようです。

私、青木繁はもしかして自殺したのではと思って調べてたのですが
どうやら、やはりアルコールと栄養失調?による体調不良で、病で死んだようです。
精神も身体も病んでしまった。

青木繁がどうして「才能」を失ったか。
それは、まず1つは、「客観性の喪失」だと思うのです。
自分は天才だ、という思い込みが強すぎた。若い時に有名人扱いされたせいもあるけど、不幸な事です。
名声を得た頃は、象徴やロマンのあるものが好まれてたけど
時代が変るにつれ、写実的なものが好まれるようになったのもあるらしいです。
だけど彼、そういうのに媚びるって事をしないから。

でも、もう一方に「自信の喪失」もあるのです。

これはどう見ても、天才の手足をもいだのは、ズバリ「姉」と「父」です。
長男だから、士族だから、そういう体裁に加えて、自由を奪い、繁に寄りかかり
名声があるとなればすり寄り、無いと解れば「不能者」と罵る。
この人達になんで、青木繁を罵る権利なんかあったのか?

自己責任なんかじゃありません。
むしろ、彼はそんなくだらない人達を突き放す事すらためらった。
恋人だってそうで、捨ててしまえるような傲慢さがあればよかったのに。
自己責任どころか…「責任感」が強すぎたせいかもしれない。

もし、今、青木繁のような事で苦しんでいる人がいるのなら
そしてもし、上手く生きていけないと自分を責めている人がいたら
青木繁に直接、会ってみてはどうでしょう?
西洋の「近代合理」と孤独に戦った男です。「海」が好きだった人です。
石橋美術館にあります。

もし、今常識的な考えばかりで、「現実を見ろよ」なんて軽々しく言い放ち
狭い狭い陸の上で、保身ばかりに費やしているのなら
あなたはもしかして「夢」を殺す、イメージの海を干上がらせる、破壊者になるのかもしれませんよ。

世の中の価値は1つじゃないんです。
いつもは忘れてるけどね。愛と美の女神の生まれた「海」ってやつをね。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 前の記事へ | トップ | 「落選者展」とアメリカの魔法 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

サブカル・同人誌関係」カテゴリの最新記事