人生の日の出Ⅱ「Hero's りんくう校」編

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阪神淡路大震災から、17年。・・・

2012-01-17 23:35:12 | 日記・エッセイ・コラム

 あの日。・・・17年前。・・・

その日の朝。・・・異常な気持ち悪い揺れで飛び起きた。・・・

私は、元々地震にはなれているつもりだった。・・・実家では年に数回程度、震度3くらいの揺れを感じて育ってきたからだ。・・・しかし、今回のは相当でかい。更に、揺れが止まらない。その内、賃貸マンションの壁が唸りを上げた。・・・

「バキッ!バリッー」・・・「あかん!」・・・そして揺れは収まった。・・・

関西空港が開港して間もない頃だったと覚えている。・・・(その後関空は、物資の搬入に大活躍した。陸路は寸断されていたから、空を使って届いた物資が海を渡って神戸に届く。)・・・

関空の町から、震災があった神戸まではかなりの距離がある。なのに、大きな揺れだった。・・・

当時は、一体どこがどうなっているのか分からず、すぐさまテレビをつけ、NHKを見てみると、・・・

「神戸を震源とした、相当大きな地震が起こった模様です。被害の詳細は分かっていません。分かり次第お知らせいたします。」・・・

次第に夜が明けて、事の重大さがわかって来た。・・・テレビでは、あちこちから火柱が上がって、阪神高速もグニャッと曲がっている映像が流れている。・・・

「なんだ?一体なにが・・・」テレビの画面から目が離せなくなった。瞬きせずに・・・

それから会社へ出勤した。・・・

「おい!神戸はどうなってるか情報入ってるか?」・・・お客さんからの問い合わせが相次ぐ。・・・

「申し訳ありません。未だ何も入って来ないです。」・・・

「そうか~。家の親戚がいるんだが、連絡が取れへんねん~」・・・当時も、すぐ電話は使えななくなった。・・・

当時、今のように普及が進んでいなかったが、携帯電話を持っている方は、繋がっていたようです。・・・

その内、別のお客さんが、「何か持って行きたいのだが、何がいるかね~」・・・

「それより情報では、道が寸断されて通行すら出来ないらしいですよ。」・・・更に、緊急車両が行けない。・・・

火事の火を消しに行く事も出来ない消防車。・・・大怪我の方々を搬送すらできない救急車。・・・指をくわえて見てるしかない。・・・今尚、瓦礫の下でうめき声をあげている人がいるのに、助ける事が出来ない。・・・火の手は更に膨れ上がった。・・・

神戸は、火の海と化したのだ。・・・地獄・・・

地元の方々は、独自で救出を始めた。・・・自分たちでチームやグループを作って結束した。お互いに助け合って飢えをしのいだ。・・・なぜか、なみだが出なかったと聞く。・・・

彼らが、こころから涙を流せたのは、震災からかなり経ってからだと聞く。・・・

それから、17年。・・・

見事復興した。・・・

今尚、大きな傷を抱えてはいるが、何とか前向きに生きるところまで来ている。それでも、まだ復興中。・・・表向きは、何事もなかったように見えるが・・・

行政は、すでに終わった大惨事ととらえているのだろう。・・・

去年の、東日本大震災では、火ではなく水の災害となった。・・・今、被災者たちが立ち上がりつつある。・・・しかし・・・

いつも後手に回るのが、行政です。・・・

何度か話しましたが、今の日本は個人個人が結束して、一致団結して、立ち上がらないとどうにもなりません。・・・

それは、震災だけにとどまらず、その他の雇用問題でも、社会保障でも、少子高齢化でも、個人個人が頑張らないと何もなりません。・・・あてにするだけ、無駄です。・・・そろそろ分かりましょう!・・・

神戸は震災から17年。・・・

謹んで、被害に遭われた方々のご冥福をお祈りいたします。・・・

がんばれ!日本!・・・

明日に、期待!・・・

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