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日はまた昇るだろう その2 ~世間知らずの社会勉強

2011-07-21 12:19:31 | 世間知らずの社会勉強
忘れたころに続きです。前回はこちらをどうぞ。

時は1984年。俺は20歳。時代は高度経済成長末期。バブルの前々夜。
20歳の俺は誰でも知っている電機メーカーの工場でアルバイトをした。
夜勤だった。

家電製品の基板を作る仕事だった。
俺が配属されたのは「露光」という工程で、基板に電気の通る回路をプリントする工程だった。回路をプリントするというのは「アナログ・カメラで写真を撮る原理」を使って、基板に電気回路を焼き付ける作業と思ってもらえばいい。こうやって作られる基板をプリント基板という。
作業場は防塵室で、白衣と帽子を身に付けた我々は、シューっとエアーシャワーを浴びてから中に入る。ホコリはご法度だったのである。

前回ご紹介したベルトコンベアーの先の機械で、基板に〈写真でいうところの印画紙〉をかぶせる。これを「ラミネート」という。
「ラミネート」処理の済んだ基板は「合わせ」という工程に回される。
「合わせ」というのは、基板に回路が描かれたフィルムを装着する作業で、「露光」の工程の中で唯一「要領と慣れが要求される手作業」だった。
「要領と慣れが要求される手作業」だったので単純労働と違って退屈しない。
退屈な単純労働が苦手な俺には「合わせ」はやってみたい工程であった。

しかし新人バイト君が「単純作業」に回されるのは世の常。
「ラミネート」のベルトコンベアー係から解放された俺を待っていたのは「焼き付け」という作業だった。
「合わせ」でフィルムを装着された基板を受け取り「焼き付け」の機械に入れるのだ。
「焼き付け」の機械は、いわば、でかいコピー機のような物。
コピー機の原稿台にあたる部分が、たんすの引出しのような形をしており、機械本体に出たり入ったりする構造だ。その引出しに、基板を入れてスイッチを押すと回路が「プリント」されるのだ。
そして。
大量生産は効率が命。
効率アップのため、「焼き付け」の機械の引き出しは上下2段あった。上段でプリントしている間に、下段に次にプリントする基板をセットする仕組みだ。

引出しが上下2段ある、大きな釜を思い浮かべていただきたい。
まず上段の引出しにこねたパン生地を並べる
釜に押し込む
釜が上段のパンを焼いてくれる
その間に下段の引出しにこねたパン生地を並べておく
上段のパンが焼きあがるのを待つ
ほどなく上段のパンが焼きあがる
上段の引出しを引っ張り出す
下段の引出しを釜に押し込む
釜が下段のパンを焼いてくれる
下段のパンが焼けるのを待つ間
上段の引出しから焼きあがったパンを取り出し
あらたにこねたパン生地を並べておく
下段のパンが焼きあがるのを待つ
ほどなく下段のパンが焼きあがる
下段の引出しを引っ張り出し
上段の引出しを釜に押し込む
この手順を繰り返すと、上下2段で休むことなくパンを焼き続けることができる。


パンを基板に、釜を「焼き付け」の機械に置き換えるとこうなる。
~上段の基板が焼きあがるとランプが光る。ランプが光ったらスイッチを押す。スイッチを押すと焼きあがった上段の引出しが出てくる。同時に下段の引出しが機械に吸い込まれていく。出てきた上段の引出しのフタをあけ、焼きあがった基板を取り出す。焼きあがった基板を「合わせ」のテーブルに返す。「合わせ」のテーブルから、あらたにフィルムを装着した基板を受け取り、上段の引出しにセット。フタを閉める。下段の基板が焼きあがりランプが光るのを待つ。数十秒の後、下段が焼きあがるとランプが光る。ランプが光ったらスイッチを押す。スイッチを押すと焼きあがった下段の引出しが出てくる。同時に上段の引出しが機械に吸い込まれていく。出てきた下段の引出しのフタをあけ、焼きあがった基板を取り出す。焼きあがった基板を「合わせ」のテーブルに返す。「合わせ」のテーブルから、あらたにフィルムを装着した基板を受け取り、下段の引出しにセット。フタを閉める。上段の基板が焼きあがりランプが光るのを待つ。数十秒の後~

~くりかえし

延々、一晩、

~くりかえし

「ラミネート」のベルトコンベアーの時は機械に追われる単純作業が苦痛だった。
「焼き付け」は基板が焼きあがるのを待つ数十秒が苦痛だった。
機械に追われる苦痛から、機械を待つ苦痛に変わったわけだ。
半端なんですよ、この数十秒の 間 が。
ランプが光ったらすばやくスイッチを押せるよう、ちょっと緊張していなくてはいけない。
さらに、スイッチを押して引出しが出てきたら、すばやく基板を取り出し、次の基板をセットしなくてはいけない。
何といっても効率が命だから。
でも、待つのはかったるい。数十秒というのは休むには短すぎ、待つには意外と長い。
何といっても夜勤の作業。夜もふけてくると、待っている数十秒でボーっとしてくる。
気づけば、いつの間にか、眠くなったり、違うことを考えたりする。
俺は、よく、ギターのリフなんぞを考えていた。頭の中で『ガガガ ジャーン』とか鳴っていたりした。

そんなある夜。
「焼き付け」の作業にも慣れてきてだれてきた、ある夜。
ランプが光るのを俺は待っていた。
『ダーッ ダーダー』と頭の中で、ボーっと、ゆるーいテンポでギターのリフを鳴らしながら待っていた。
眠かったから、ゆるーいテンポだった。
と、ランプが光り、スイッチを押した。
スイッチを押したその一瞬、俺は反省したのだった。眠くなった自分を反省したのだった。
『おう、ちょっとシャキッとして仕事せんといかんぞ』と心でつぶやき、作業のスピードアップを図った。大量生産は効率が命だと理解していたからだ。
俺は、突然行動を早めた。スピードアップのためだ。
しかし、頭も体も、眠気に負けていた。ボーっとしていたのだ。
行動を早めすぎた俺は、まだ動いている機械の引出しに手を伸ばしてしまった。
引出しは、出てくる上段と吸い込まれる下段がすれ違うところだった。
突然世界はスローモーションとなり
俺は、
自分の右手中指が、
すれ違おうとする、
上段の引出しと、
下段の引出しに、
挟まれるのを、
見た。

つづく





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日はまた昇るだろう~世間知らずの社会勉強

2011-05-16 21:31:05 | 世間知らずの社会勉強
時は1984年。俺は20歳。時代は高度経済成長末期。バブルの前々夜。
20歳の俺は誰でも知っている電機メーカーの工場でアルバイトをした。
夜勤だった。

家電製品の基板を作る仕事だった。
作業場は防塵室で、白衣と帽子を身に付けた我々は、シューっとエアーシャワーを浴びてから中に入る。ホコリはご法度だったのである。

ベルトコンベアーがずっと動いている機械があった。
ベルトコンベアーの先には、基板を処理する装置があって、とにかく一晩中、途切れることのないよう、とにかくひたすら基板をベルトコンベアーに乗せるのだ。
とにかく、途切れてはいけない。
機械は動き続けている。
だから、とにかく、途切れることなく基板をベルトコンベアーに乗せ続けなくてはいけない。

ひたすら、作り続ける。
それが、資本主義社会を支える大量生産というものだ。
そこのところは、理解していた。

で、このベルトコンベアーの速度が、ちょうど「ちょっとがんばらないとついていけない」速さに調整されている。
位置について、よーいドンで、休憩時間まで、とにかく基板をベルトコンベアーに乗せ続ける。
とにかく
途切れないように
とにかく
途切れないように

退屈な作業だった
しかも
微妙に速いペースなので
微妙に過酷だった
一晩の長いこと
長いこと

そんなある夜、更衣室で白衣に着替えていると、吉報が。
班長さんは我々夜勤班のメンバーに高らかに宣言した。
「ベルトコンベアーに基板を乗せる機械が導入された」
俺は心の中で小躍りした。
(やった!機械化!さすが大手電機メーカー。最先端技術ってやつかい?これで作業が楽になるにちがいない!)
子供のころ、大人の女の人たちは手で洗濯をしていた。
それが、洗濯機で洗えるようになり、洗濯は楽になったようだった。
手動式の脱水機が、機械式になり、やがて、全自動になり、洗濯はどんどん楽になっていった。
そんな風に、家電製品は、機械は、人間の暮らしを楽にしてきたではないか!
人々を楽にしてきた機械を作る大手メーカーの工場。
その工場に新しく導入される機械。
いったいどんな素晴らしい機械が、我々の仕事を楽にしてくれるのか。
俺は、心を弾ませた。

白衣と帽子を身につけ、シューとエアーシャワーを浴びて防塵室に入った。
弾んだ心で。
いつものベルトコンベアーのところまで行くと、ベルトコンベアーの手前に思ったよりショボイ機械が取り付けられていた。
それは、はっきり言って、「ベルトコンベアー」だった。
ベルトコンベアーにより正確に乗せるための「ガイド」がついたベルトコンベアーだった。
(ショボっ)
(しかも、これじゃ前とやること変わらないのでは???)
俺の弾んでいた心は急速に急降下を始め、班長の言葉で、地面より下に着陸した。
「どうだ!これで前よりもっと早く基板をベルトコンベアーに乗せられるぞ!」
班長は生産効率アップを確信して意気揚々、
バイト君は仕事がきつくなることを知り意気消沈。

そして、作業開始。俺は前よりもっと早く基板を入れるため、ひーひー言って・・・

とはならなかった。

新コンベアーは旧コンベアーとうまく連動せず、基板は全くうまく流れなかった。
すぐに引っかかってしまうのである。
そのたび、作業は中断。班長は新コンベアーを調整し直す。

班長はカリカリ、
バイト君はダラダラ

調整しては引っかかり
調整しては引っかかり

班長はカリカリ、
バイト君はダラダラ

カリカリ・ダラダラは朝まで続き、結局その夜はいつもより基板は作れなかった。

幾日か後、出勤すると班長は不敵な笑いを浮かべて言った。
「今夜はがんばってもらうぞ」
新コンベアーはバッチリ調整されており、旧コンベアーとがっちりタッグを組んでいた。
さらに、両コンベアーともスピードアップしており、今度こそ俺はひーひー言った。
ひーひー言いながら、基板を新コンベアーに乗せ続けた。
途切れないように
途切れないように

なんだ、ちっとも仕事楽にならないじゃないか

俺は気がついた。
新しい機械が導入され、
仕事がきつくなったと。

班長は言った。
「新しい機械が入ったから、生産効率が上がった。これからも生産効率を上げて、たくさん基板を作って、新しい機械の元を取らなければならない。」

数ヵ月後、新コンベアーにつながる、新新コンベアーが取り付けられた。
そして、作業開始。俺は前よりもっと早く基板を入れるため、ひーひー言って・・・

とはならなかった。

新新コンベアーは新コンベアーとうまく連動せず、基板は全くうまく流れなかった。
すぐに引っかかってしまうのである。
そのたび、作業は中断。班長は新しい機械を調整し直す。

班長はカリカリ、
バイト君はダラダラ

調整しては引っかかり
調整しては引っかかり

班長はカリカリ、
バイト君はダラダラ

カリカリ・ダラダラは朝まで続き、結局その夜はいつもより基板は作れなかった。

幾日か後、出勤すると班長は不敵な笑いを浮かべて言った。
「今夜はがんばってもらうぞ」
新新コンベアーはバッチリ調整されており、新コンベアーと旧コンベアーとがっちりトリプルタッグを組んでいた。
さらに、三つのコンベアーともスピードアップしており、今度もまた俺はひーひー言った。
ひーひー言いながら、基板を新新コンベアーに乗せ続けた。
途切れないように
途切れないように

なんだ、ちっとも仕事楽にならないじゃないか

俺は痛感した。
新しい機械がまた導入され、
また仕事がきつくなったと。

班長は言った。
「新しい機械が入ったから、生産効率が上がった。これからも生産効率を上げて、たくさん基板を作って、新しい機械の元を取らなければならない。」

それから数ヵ月後、新新コンベアーにつながる新新新コンベアーが取り付けられ・・・

気づけば、機械は巨大化していた。
気づけば、仕事はきつくなっていた。

生産効率はアップしていた。
バイトの時給は変わらなかった。

機械の元をとるため工場というのは、24時間動き続けるのだった。
昼勤・夜勤をシフトで繰り返す社員の人たちは皆、30代にして白髪だらけなのだった。
(皆さん、若くして、郊外に一戸建てをお持ちでした。)

俺は機械というのはかっこいいものでも人を楽にするものでもないと勉強させてもらった。
小学校の社会科で、機械が生産性を上げて人々を豊かにすると習ってから、10年たっていた。
つづく
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