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氷流日記

氷(筆者)と流さんの奇妙な徒然記

2014年05月 哲学の会 Vol.4

2014-06-14 06:17:58 | 釜ヶ崎人情
2014年05月 哲学の会 Vol.3 からの続き



「シローさんの怒りってどういうものですか?」
「俺か?俺葉10才の頃から怒りっぱなしや。
世の中悲惨なニュースが多いし、政治経済ろくなことしていない。
それに対して10才からずっと怒りっぱなしになっている。」
「最近、怒ったことは?」
と西川さんが質問する。
「最近なあ。最近はやっぱり韓国の船や。
命助かるのに何もしなかった。あれは会社が悪い。
死者200人越えてるやろ。あれは以上やで。
沈没してるのに館内放送で動かないように言っていたら高校生は言うこと聞いて
動かんかった。
おかげで助かる命も助からん。
あんなん聞いていたらムカムカするわ。
動くなと言っている大人は逃げてるやろ。
ホンマかわいそや。」
シローさんかなり興奮している。
「船が沈没したて。どういうこと?
ちょっと説明してくれる?」
どうも西川さんはこのニュースを知らないらしい。
大阪大学の同僚である宮本さんが事故の様子を伝える。









「そういうことがあったんか。
俺、ニュースや新聞、一切見ないからね。
見てたら腹が立ってくる。
新聞から来る情報に怒っている。
恨みも出てくる。
恨みや怒りが出てくると自分も傷つく。
そういうことでニュースや新聞見ていない。
10年前から見ていないから世間のことは知らない。」
若い人の新聞嫌いはわかる。
紙の媒体に対する興味の薄れ。
そういう若者でもYAHOO ニュースなどでチェックを入れている。
西川さんはガッチガチのアナログ派。
本も多数出しているし、雑誌の執筆も手がけている。
おまけに土日は講演などで地方に出かけ、その合間に四国までお遍路に行く。
そんな活動をしているのに世間の流れに興味がないとは面白い。
そういう状況でも赦されるように作っているかと思う。




2014年05月 哲学の会 Vol.5 へ続く




2014年05月 哲学の会 Vol.3

2014-06-09 04:17:01 | 釜ヶ崎人情
2014年05月 哲学の会 Vol.2 からの続き

 


ギャンさんの後、YUさんが話し始める。
「怒る限界は個人差があると思う。
人それぞれ怒るポイントというか怒るところも違うし、
いつ怒るかというところも違う。
私はパソコンが苦手で
イライラして何度かパソコンを壊したことがある。
あんまりわからんから今度は逆に怒らないようになった。
あきらめの限界が来ると人は怒らへんようになるねんね。
だから、怒りはおさまるもの。」
えっ、あのYUさんが切れるのか!
温厚なYUさんが。
いつも物静かで冷静に言葉を選ぶように話すYUさんが。
とても以外であった。
いや、でも、それくらいの振れ幅があったほうが面白い。
YUさんこそ釜ヶ崎の芸術家と呼んでいい人である。
彼の詩は強烈である。
言葉に真実がある。
歯に着せぬ物言いで読む人の胸に突き刺そうとしている。
釜ヶ崎に40年住んでいることから滲み出てくることであろうと考える。
私がチョコチョコ釜ヶ崎で絵を描いたとて、
釜ヶ崎の人たちと心から仲良くなって分かち合うようになったとしても
釜ヶ崎を描いた絵描きである。
YUさんは違う。
釜ヶ崎の画家であり、詩人である。
詩は私の師匠である上田假奈代さんよりも強く核心を突く。
うまい詩というわけではないが、心に残る。
ジャコメッティーの彫刻や絵画のように黒い縦の線が強い。
それからすると絵は時間をかけて描くためか知らないが、
その強さがやわらいでいる。
詩の瞬発力を絵に表現できたらとてもすごいものが出来ると信じている。
そのYUさんとギャンさん、私で運営しているのが楽描の会である。
開催日以外でも3人集まって打ち合わせをする。
楽しい楽しい3人である。
私の心の友である。





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今度は私がシローさんに話をふる。



2014年05月 哲学の会 Vol.4 へ続く




2014年05月 哲学の会 Vol.2

2014-06-08 06:39:38 | 釜ヶ崎人情
2014年05月 哲学の会 Vol.1 からの続き




西川さんが病院についての話を一通り言った後、
「あの~聞いてくれる?
この前腹が立ったことがあって、雑誌の編集とかの打ち合わせがあって、
その後、飲みに行った。
そこは飯は結構安くて、じゃここにしようかと入った。
俺は焼酎がんがん飲んで、べろんべろんになってた。
酒はそんなに安くなくて、まあまあか、ちょっと高いかなという感じ。
定員さんにもう一杯、もう一杯って
グラスを上げてお替りしていた。
そしたらね、えらいことに気が付いて、
頼むた(ん)びに酒の量が減っていく。
連れの人が気が付いて、
どういうことやて、荒れたね。
もう二度といかんわ。」
西川さんの怒り話にフンフンとみんなうなづいているが、
おもろい話である。
みんなしぶとく生きてるなって感じがする。
やられた本人は腹立つけど、
(私もやられたら切れるかもしれへんけど)
試し試され生きている。
油断していたら寝首をかかれることを教えてくれる。





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酒の話が出てきて、ギャンさんも酒の話をする。
「昔ね、酒ばっかり飲んでめちゃめちゃなことをしていた。
これではいかんと思い、アル中から脱却するために
クリニックに通うことにした。
今年で5年通っている。
もう今は一滴も飲まない。
飲まなくなったら昔の酒飲み仲間から来る電話が本当に腹が立つ。
向こうからしたら、勝手なことだと思うかもしれないが、
自分はもう酒とは縁を切って、
哲学の会に来たり、釜芸に来たり、また楽描の会で絵を描いたり、
そうすることが今は楽しいんです。
だから、邪魔されたくないと思っているんですが、
変な断り方をして、逆恨みされたら怖いし、
やめることは怖いこともあるんだなあと思います。
昔の状況が今でも引っ張っていて困ってます。」
人と人の間に何かがあって人間関係が出来る。
それが酒であったり、絵であったり。
その緩衝するものの幅の広さや深さがその人の面白さというか、
人間性というものを表していると思う。
そうするとその人の能力や技術や脳みそが決めるのではなく、
人と人の間をつなぐもので、
社会と関わるもので個人というものが形成されるのかと感じた。





2014年05月 哲学の会 Vol.3 へ続く




2014年05月 哲学の会 Vol.1

2014-06-07 06:50:18 | 釜ヶ崎人情
西川さんが冒頭でみんなに会の説明をしてから始まる。
「哲学の会は人が話しているときは、その話に入り込まない。
発言してもいいし、しゃべらなくてもいい。
いやなときは出て行ってもいい。
人が言った言葉よりも、本に書いている言葉よりも
自分の言葉で話すこと。
出来れば言いたくなった理由も聞かせてほしい。
ここでは私が発言して、
みんな一様の結果を持って返ることを考えていません。
それでははじめましょう。」
今日のテーマは怒り。
テーマの発案者はウン子さん。
今日は彼女が来ていない。
口火を切る人がいないので少し沈黙が続く。
それならばとウェイさんが自分しゃべるわと話しはじめる。
「私ね。ついこないだまで入院してたの。
何が腹立ったかというと病院食。
まずいし、量少ないし、人間扱いしていないような気がして腹立った。
朝は食パン2枚だけ。ついているのはバターとかやね。
パンも焼いていないし、それだけやったらお腹減るわな。
減るからインスタントラーメンをみんな食べる。
そんなん食べると体に悪い。
病院に入って意味ないやんって思った。
もっと食べたい。もっとおいしいもの食べたい!
薬は体重にあわせて増やしていくけど、
ご飯は増やしてくれないし、おかわりが出来ない。」
病院で体験した不満をぶちまける。
でも、薬を増やすなら、飯も増やせは名言である。
おもろい。





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病院で看護師をしていた西川さんも同意する。
「病院は人間のおるところとちゃうからね。」
っと目をギョロッとさせる。
西川さんは精神病棟の看護師をしながら夜間の哲学科の大学に通い、
彼の師匠となる大学教授に認められて、
現在、大阪大学の特任教授をしている。
授業の一環として四国のお遍路さんに行っている。
休みを日を使っては学生たちと歩き、その体験から哲学を読み取る。
臨床哲学という新しい分野の学問である。
哲学は本の中にあるのではなく、
自分の体験から吐露するようなモノであるというのが
彼の持論である。
私もその意見に賛同し、彼を尊敬して、師と仰いでいる。
堅苦しい言い回しになったが、
ただのやくざなおもろい酒癖の悪いおっさんである。
しかし、愛すべき男である。
そこにみんな心を引かれ、哲学の会に足を運ぶ。




2014年05月 哲学の会 Vol.2  へ続く














哲学の会 2月 Vol.6

2014-03-10 05:39:07 | 釜ヶ崎人情
哲学の会 2月 Vol.5 からの続き




教会に行くのは低身になってものを見る姿勢と歌がいいからである。
歌は賛美歌を歌うのではなく、日本にある昔からの童謡とかを歌う。
初めは本田神父に興味があって、
この釜ヶ崎で支援し続けているということはなぜなんだろうと人間に興味があって伺った。
伺ってみるといろんな人間が童謡を歌う姿をみていい空気に包まれていると感じる。
それ以来1ヶ月に1度くらいのペースでときどき顔を出す。
昔は浄土真宗系の支援団体もいたらしいのであるが、
暴動が起こって以来ここにとどまっているのはキリスト教系の団体だけである。
その協会に顔を出したときにウィッキーさんと会って、カラオケに行こうということになった。
新世界まで歩いて行き、定食屋で焼き魚定食を一緒に食べる。
彼はビールと一緒。
その後、カラオケ屋に行って歌いあう。
彼が4、私が1というペースで。
彼は歌をこよなく愛す。
その彼が元気ないのが気になる。
人間そういうこともあるけども次回のときは元気に参加してほしい。
会は進んでsiroさんがまたアメリカや原発の話を持ち出す。
「地球いじめるの辞めといたほうがいいと思う。
このまま行ったら人類は破滅するしかない。」
幸・不幸とまったく関係がなくなってきた。
「siroさんは一般論で本に書いているようなことをいつも言っている。
ここでは自分の体験を通して、自分の言葉で話すのが基本である。
哲学で自分の言葉を獲得するには貧しくならないといけない。
徹底的に貧しくならないといけない。
高みに上ると高みに上ろうとすると哲学にならない。」
目線は本田神父と同じである。
違いは本田神父の方は結果を求めている。
釜ヶ崎という存在を変えること。
職の無い人に職がいきわたること。
西川さんはそういう結果を求めていない。
低い目線で語り合って、明日の自分の糧にする。
それぞれの人間がそれぞれの思いで歩めばいいと考えている。
私は西川さんに賛成である。
そういう思考で絵を描いている人も少ないが、この日本にもいる。



木下晋さんの作品



増田常徳さんの作品


木下さんは青森のイタコやハンセン病の桜井さんを描き続けた。
増田さんは少年、青年時代の過酷な人生を通して表現している。
人間とは何ものぞと問い続けている。
私も私なりに釜ヶ崎のおっちゃんと楽しく話しながら、絵を描きながら、
問おてみたいと思います。