【親子の素性】
母親は ひなた早苗と名乗った。年は36歳で娘は加代。14歳で中2と自己紹介された
「ひなた? どんな字かな」と訊いたら 日が向くと早苗は説明し アパートの賃貸契約書に署名した
もともとは栃木県生まれと言い、なまりのない綺麗な標準語を使った
早苗は丸顔の短髪で一見、人懐っこく 社交的な感じだが 目の奥に光るものはこれまでの苦労があるのだろうか
警戒と猜疑があるのを 立夫は感じ取った
母親の横に座った娘が顔を上げ 真っ直ぐ立夫に向けた 視線が合うとニコッとした。
テレビに出てくるような アイドル顔だった。
(これで14歳?) 背もゆうに165はあるようだ。ずいぶんと大人びて見えた
ショートパンツから伸びる脚線美に視線が思わず吸い寄せられる。
「立派なお家ですね・・羨ましいわ おひとりでお住まいですか?」
早苗はリビングの部屋を見まわして 庭園の灯篭にため息をつくように言った
「そうです 父親が生まれ育った家で 僕で3代目ですよ 戦争でもこの辺は空襲を逃れてましてね この辺はみんな古い家ばかりですよ」
妻と別れ一人暮らしであることや年も56であることを告げた
「前嶋さんて 独身なんですね 若く見えますね まだ40代かと・・思いましたよ」
「あはは 世辞にしても うれしいことを言ってくれる奥さんだ・・お、これは失礼 ご亭主はいなかったんですね」
「いいんですよ 私は男運が悪いのか・・それとも自業自得なんでしょうね この子と二人暮らしですよ」
関西に来たのは再婚するためだったが その再婚相手にふられて 路頭に迷い 和歌山で仲居をしていたが 都会の大阪で出直したいと
役所に行ったら 民生委員の安田を紹介してもらったというワケだ
早苗は構える風でもなく 淡々として身の上をざっと語った
「そうかい? まあ・・安田は悪い人間じゃないしね 僕のところに 困ってる人をずい分連れてきたよ
僕のアパートは あんたたちのような人ばかりだから 安心していいよ」
「再婚相手をね・・あなたほどの綺麗な方ならすぐに見つかりますよ」
「まあ、綺麗だなんて・・私なんかだめです 振られてばかりですよ」
確かにそれは世辞だった 普通というかありふれた中年女だが 色香を放つ体つきを言えばいい女だった
「いろいろ あったようだが あなたなら もう一度出直せると思うがね・・」
胸のふくらみに立夫の視線が這うのを早苗は感じた
立夫は 娘の加代のことを聞いた
「娘さんは中学なら 近くにありますよ 転校手続きとかしなければね・・」
「加代は事情があって学校を休ませています 制服はもらったものなんですよ
早苗は 沈みがちの言葉になった
「これはどうも立ち入ったことを聞いてしまって・・すまないね」
「・・・・」
早苗が黙り込んだので 立夫はアパートの大家の立場に切り替えた
ところで 早苗さん 今夜から部屋で過ごすたって 布団もなにもないんだろ? よかったら全部貸与してあげるよ
安田から頼まれてるんだ と アパートの部屋の鍵を渡した
「すみません 助かります」と二人が頭を下げた
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
立夫にしたら 色っぽい女と可愛い娘が入居することで 心が少しはときめいたが
それだけの話であり それ以上でも以下でもない
だが 日が暮れて しばらくしてから思わぬことが起きたのだ
自宅玄関のチャイムが鳴り モニターに出るとその親子が映っていた
「前嶋さん すみません お風呂を貸していただけないでしょうか」
つづく