ある日の気づき

読書日記:ジョン・K・ガルブレイスの「アメリカの資本主義」(新川健三郎 訳) 

目次/節へのリンク
1. 表題書籍の著者について
2. 表題書籍の要点
3. 表題書籍での「要点」以外の話題と同じ著者の別の著作からの補足
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表題書籍は、下記の和訳である。
American Capitalism  The Concept of Countervailing Power 
by John Kenneth Galbraith

出版社の書籍情報↓の内容説明の冒頭部を(送り仮名を1箇所修正して)引用しておく。  
https://www.hakusuisha.co.jp/book/b240530.html
「巨大かつ強力な市場支配にいかに対峙すべきか?
チェーンストア生協労組に「拮抗力」を見出した異端派経済学者の輝ける出発点」

1. 表題書籍の著者について^

まず、経済学/経済学者についての「異端派」という用語の意味/含意を述べておく。
以前の記事「経済学とは何か、何であるべきか」で述べた通り、経済学の起源はプロパガンダ
-- 国内向けに特権的富裕層の利益、国際的に覇権国家の利益を推進するための言説 -- だ。
そして、正統派/主流派の経済学は、本質的に「そういうプロパガンダ/イデオロギー/宗教」
であり続けている(読書ノート:「なぜ経済予測は間違えるのか? 科学で問い直す経済学」
シリーズ記事参照)。つまり、何か「本物の学問」と呼ぶに値する研究をしている経済学者は、
程度の差はあれ「異端」と呼ばれ得る側面を持っている。:-)

https://kotobank.jp/word/ガルブレイス-47862
「第2次世界大戦中は物価統制官などアメリカ合衆国政府の官吏として勤めるかたわら,
1943~48年雑誌『フォーチュン』 Fortune編集委員。 1949~61年ハーバード大学教授。
ジョン・F.ケネディ大統領の顧問を務め,1961~63年駐インド大使。 1963年ハーバード大学に
復帰。 1972年アメリカ経済学会会長。制度学派の流れをくみ,アメリカの経済学者のなかでは
異色の一人で,拮抗力や依存効果,テクノストラクチュアなどの新しい概念を導入して,種々の
面でしだいに管理社会化しつつあるアメリカを中心とする現代資本主義の構造的特徴の解明を
行なって注目を集めた」
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・ケネス・ガルブレイス
「カナダ出身の制度派経済学者である。ハーバード大学名誉教授。身長は2メートルを超え、
偉大な業績とも相まって「経済学の巨人」と評された」 
# 「異端派」と呼ばれる経済学者でありながら、経済学会会長に選ばれたことがある点からも、
# 「巨人」振りが伺える。生前には「世界*最高*の経済学者は?」というクイズのネタにも
# されていた。:-) 今なら「史上*最高*の経済学者は?」というクイズネタにされるかも。:-)

https://kotobank.jp/word/制度学派-86302
「家族,株式会社,労働組合,産業団体,国家等の経済組織の要因や社会的・政治的要因に
よって経済現象を究明する米国の経済学派」
「ドイツにおける歴史学派に対応するものが,アメリカにおける制度学派である。
《有閑階級の理論》(1899)のT.B.ベブレン,《集団行動の経済学》のJ.R.コモンズ,景気循環の
測定のW.ミッチェルなどのほか,現代のJ.K.ガルブレースもこの学派に属するといえよう」

https://ja.wikipedia.org/wiki/制度派経済学
「社会における制度のあり方に注目して経済活動を見る 」
「現代の制度派経済学
ロバート・ハイルブローナー、ジョン・ケネス・ガルブレイス、ジェフリー・ホジソンなどが
現代の制度派経済学者である」

「学風」を簡単に言うと「主流派経済学が異様なほど重視(というより絶対視)する(しかし、
論理的基礎は極めてあやふやな)概念/理論的枠組みの非現実性を、*明白な根拠を挙げて*
指摘した後、現実を(主流派経済学の概念とは違って)うまく説明可能な新概念*を提示する」
という方針が貫かれている。

2. 表題書籍の要点^

表題書籍で槍玉に挙げられる(非現実性が暴かれる)主流派経済学の概念は、「市場における
(完全)競争」および、その結果として達成されるとされる「効率性」。

まず、社会全体で生活必需品が十分に供給される状態が実現してしまった後は、「経済効率」は
最優先すべき目標ではない -- 「全ての人が、生活必需品の確実な入手を含め、安心して暮せる
ようにする事」の方を優先すべきで、そのためなら贅沢品の生産効率が落ちて価格が上昇しても、
大した問題ではない -- という*まともな人間にとっては自明だが、主流派経済学では考慮され
ない事実*が指摘される。これで主流派経済学で「絶対最高善」とされる「効率性」の価値は、
「社会状況」により相対化される。例えば、現代のアメリカは「社会全体で生活必需品が十分に
供給される」状態が実現しているので、「経済効率」だけを言い立てる議論(=主流派経済学)
では扱えない現実が存在し得ることが明らかにされる。

次に、いわゆる「見えざる手」=「市場における競争」を「社会問題解決の唯一の原理」扱い
する「競争モデル(=主流派経済学の核心)」に対し、以下の観点から非現実性が指摘される。
(a) 「完全競争」=「主流派経済学の理論的前提」が成立していると見なせる「市場」は、現代
  (少なくともアメリカには)ほとんどない。主要な産業製品の市場は、全て「寡占」の状況。
   - ほどんどの市場は「完全独占」でもないので「競争」自体は存在するが、主流派経済学の
    想定する「価格競争」ではなく、広告戦略などによる競争になるため、「売り手側の競争が
    買い手側利益の最大化につながる」という、主流派経済学の基本前提が成立しない。
# ↑「ゆたかな社会 (The Affluent Society)」という著作で「依存効果」という印象的なキーワードを
# 導入して説明されたことで、広く知られるようになった。
# 例えば、下記ケイトリン・ジョンストンの記事でも、 意識されている。
# https://mronline.org/2023/09/21/capitalism-is-a-giant-scam/
「「市場に決めさせる」というのは、実際には操作する者に決めさせるという意味です。なぜなら、
市場は操作に長けた者たちによって支配されているからです。市場に決めさせるということは、
需要と供給を自然な成り行きにまかせることだと、まるで海の潮の満ち引き​​や季節などについて
話しているかのように教えられていますが、現実には需要と供給は両方とも非常に攻撃的に絶えず
操作されています。ダイヤモンドの供給を操作する。住宅の供給を操作する。石油の供給を操作する。
広告を使って、人々が今まで欲しがったこともなかったものを欲しがるように操作する。」
   - 従って、「見えざる手」=「市場における競争」は、「社会問題解決の唯一の原理」では
    あり得ない。にも関わらず、「主流派経済学での主張が「レッセ・フェール政策で得する人」
    によって「利己的な言い訳」として使用される現実(本ブログ筆者が「プロパガンダ」と
    呼んでいる現象)」も指摘される。
(b) 主流派経済学では、「「寡占」を解消すれば、社会状況が改善する」という命題が無条件に
  成立することになるが、それは事実に反する。
  反例1:現代における技術革新の大半は、巨額の研究開発費を必要とする。その負担に耐えて
      技術革新を実現しているのは、「寡占」市場において大きな利益を得ている企業なので、
      「主要産業における「寡占」状況」は、主要産業における技術革新の原動力でもある。
      一方、「完全競争」に近い状況にある数少ない産業分野では、生産者は全て小規模であり、
      長期に渡り技術革新が見られない。∴「完全競争」が効率を最大にするとは限らない。
  反例2:「チェーンストア」が「購買量の大きさ」を「製造業者からの仕入れでの価格交渉」に
      おける「交渉力」として利用することは、最終消費者=大多数の一般大衆にとっての利益
      につながる。一方、チェーンストアによる「寡占」の解消(あるいは、同様の効果のある
      行政措置でチェーンストア側の交渉力を奪う事←この場合の現実の事例が紹介される)は
      最終消費者=大多数の一般大衆に不利益となる(紹介事例では現実に不利益になった)。

以上の準備の下に、「拮抗力 (countervailing power)」という新概念が提示される。

結論として、「上記反例2の「チェーンストア」、「(購買力を大きくして価格交渉力を強める
という要素が共通する)生協=生活協同組合」、あるいは労働市場における「労働組合」などの
*既に強い市場支配力を持っている大企業側に対する、従来は弱い立場に置かれていた側による
対抗策*を、「競争モデル」における「独占/寡占」の現れの一種として扱う事は適切でない。
それらは「(「独占/寡占」への)拮抗力」の現れ」と理解すべきであり、経済政策としては、
従来の「独占/寡占」への「禁止/制限」方向での対応とは異なり、「拮抗力」は、強化や推進
方向での対応を基本に考えるべきだ」という主張が、表題書籍の主要な論点である。

経済学の素人には「当たり前」の事を言っているようにしか見えず、拍子抜けする人も多いかも
知れないのだが、少なくとも「労働組合」は、主流派経済学において(新古典派/新自由主義の
時代になってからではなく、古典派経済学の頃から)一貫して「労働市場における独占」の一種
という扱いがされ、否定され続けてきた。主張が露骨(剥き出しの資本家擁護)な新自由主義を
採用した(口実にしたとも言える)サッチャーの労働組合への冷酷な弾圧の背景に「労働組合」
=「独占」=「悪」というレトリックがあるわけだ。

ガルブレイスは、別の著書「不確実性の時代」で、ケインズの立場を古典派(のマーシャル:
ケインズの師でもある)の立場と対比して説明するため、まず次のような挿話を引いている。

http://www.3egroup.jp/article/13233346.html
「経済学者ケインズの師であるマーシャルは、ロンドンの貧民街にケンブリッジの学生たちを
連れて行き、こう言った。
「経済学を学ぶには、理論的に物事を解明する冷静な頭脳を必要とする一方、階級社会の底辺に
位置する人々の生活を何とかしたいという温かい心が必要だ。」」
しかる後(上記の「いい話」は台無しになるが)マーシャルが「失業問題の原因は「労働組合」
による「独占」にあり、「労働組合」を無くせば解決する問題で、他に出来ることはない」との
「「古典派経済学」の教義」を維持するのを見て、ケインズは「貧民街に行っての結論が、何も
しないこと?」という疑問/当惑を感じたと描写し、ケインズ経済学の説明に続けている。:-)
しかし、そのケインズも、「労働組合」を擁護するための論理を提示することは、しなかった。
それを初めてやってのけた*経済学者*が、ガルブレイスということになる。これは、主流派
経済学者のように「政治的/社会的な問題を通常は無視」している限り、できるはずがない。
∵「読書ノート:「なぜ経済予測は間違えるのか? 科学で問い直す経済学」(1)」2. の
最終パラグラフの下記説明を参照。ある意味「異端派」である事の証明とも言えよう。
「あえて、経済学の教育を受けることは、実は不利だと言いたい ... 私が信じるとおりに
経済学がイデオロギーなら、経済学の世界で訓練を受けるということは、結局心を閉ざす道を
進むことになる。....」

3. 表題書籍での「要点」以外の話題と同じ著者の別の著作からの補足^

経済学とは何か、何であるべきか」の記事などで間違いに言及してきた「セイの法則」は、
表題書籍でも「主流派経済学の間違い」の典型であり、「重大な問題を引き起した間違った
経済政策の原因」として、何度も言及されている。

資本主義での「問題局面」を、需要不足(デフレ/不況)か需要過剰(インフレ/「ブーム
(バブル)」)かで大別し、前者においては、ケインズ経済学の対策が比較的採用しやすく、
「拮抗力」も働きやすいので対処が比較的容易であり、後者の方がやっかいだとしている。
しかし、「おもいやりの経済(The Economics of Compassion)」という別の著作(主に
1990年代の日本経済状況を踏まえての日本人向けの著作)」の『第3章 経済学の復興』での
説明は違っている(ただし、バブルがやっかいな問題であるという見解に変化はない)ので、
いくつかの経済/経済学についての一般的コメントと併せて、引用しておく。

「主流経済学は ... とくに社会的経済的に恵まれた立場にある人々や機関が必要とする考え方
... に、...  定義を譲り渡してしまった。... 経済学者のコンラッド・P・ワリゴルスキは、
経済学は規範的・政治的な判断を、いわゆる「客観的分析」まがいのものに見せかける、
と指摘したことがあった。」(p.139)
「... 経済学に科学的方法論や専門用語が必要であることは否定しないが、最も本質的な
経済の発展の仕方や経済上の問題は、常に変動、変化し続けるのだから、教養と興味をもった
一般の人々にも理解しやすいものでなければならない ....」(p.139-140)
「経済学には、古くてカビ臭い狭義の理論にしがみつこうとする姿勢が、根強くはびこって
いる。このような傾向は、強烈な経済的利己主義が原因であることが多い。... 市場経済や
民間セクターのレッセ・フェール(自由競争主義)を提唱する人たちの大半にとって、その
方が都合よく、利益につながるといった事実がある ... 利己主義を科学に見せかけようとする
勢力が強力であるために、経済理論にとって根本的でしかも不可欠な進化が妨げられることも
多い。」(p.140)
「インフレとデフレのどちらがより危険か ... 両方とも好ましくはない。しかし現実的には、
経済学会やビジネス界では、デフレよりもインフレを恐れる傾向が強い。その理由は ... 強い
自己本位的な発想による ... 富豪や裕福な人は、金や収入といった形で財産を保有している。
ゆえに、... インフレになれば、... 短期間に多くの資産価値を失うのである。」
「一方、多くの一般労働者は、デフレが悪化すれば職を失うかも知れない。... インフレも
デフレもあってはならない。だが ... 大雑把に言って、インフレは金持ちの敵 ... デフレは
貧乏人の敵である。」(p.150-151)
私有化があらゆる問題への解答であり、経済的疾患に対する処方箋であると唱えたり、説教
する人がいる。ここで私は、読者の強い警戒心を喚起したい。「私有化」は、常に疑ってかかる
べき言葉である。... 私有化を唱えている人が、それによって大きな金儲けのチャンスを狙って
いる場合が多いからだ。... 「私有化」ということばを聞くたびに、どこかその背後には特別な
利害が絡んでいると思ったほうがよい。....」(p.155-156) # 注) ここでの「私有化」=「民営化」
「最近の金融界における大きな誤ちの一つは、規制のすべてが本質的に間違いだとする考え方
である。強制された規制緩和が重大な誤ちであったおとは、アジアで証明された。... 私は
長い間、... 資本移動の国際取引に課税する「トービン税」の導入に賛成してきた。... 資本
移動の実情に関する知識がもっと得られ ... ある程度の抑制効果が期待できる ....」(p.168)
「... 不平等は、社会を破壊させる力を持っている。... 不平等を最小限に押さえ、全ての国民
に対して最低限の生活を保証できる社会を建設することは、モラルの問題だけでなく、金持ちの
利益にもかなったことでさえある。... 深刻な社会対立が勃発した時、最も多くを失うのは、彼ら
なのだから。」(p.178)
「人類は、しばしば「ホモ・エコノミカス」と呼ばれる。経済的行為や物質的価値によって、
その存在の大部分が規定される生き物という意味である。今後の大きな課題は、人類が自己
本位の近視眼的な「ホモ・エコノミカス」を超越して、もっと社会的な事柄に関心を持った、
おもいやりのある種になれるかどうかである。....」(p.187)

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