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氷月神示 白雪の13

シャルルより皆さんへ

先ほどのらくだの話に戻りますと、いくら金持ちでも全財産を投げ打つ必要はないと思いますし、私はある程度のまとまった寄付を貧しい人々の福祉のためにすれば、後は贅沢すぎない生活を続けるか、少しレベルを落として真ん中位のレベルで過ごせばよいと思います
私は、キリストは彼の財産と家族のことを見抜いていて、どのみち家を捨てられないのだから、あなたは無理をしなくていいよという意味で、そのようにあえておっしゃったのではないかと思えるのです
つまり、「本当に完全になりたかったら、」というのは単に、私の弟子として着るものも不自由だが、もし伝道の旅について来るならそうしなさい、という程度の意味であったと思います
別に、永遠の命を得るためという意味ではない
先述したように、魂は元々永遠なる存在で、後は歪みを直せばよいだけですから(というのが私の持論です)
当時の民衆にとっては、そのように心優しい金持ちが地域に留まっていてくれることの方が、ありがたい場合もあります
定期的に寄付をしてくれるし、もし彼が旅に出て居なくなり、残された一族の力が衰えたら、代わりに心悪徳の金持ちがはびこって、貧民をいじめる場合もありますからね
…そう思うと、彼が地元に留まって、正解です
人にはそれぞれ生まれ持った使命、役割がありますから、それでよいのだと思います

しかし、このエピソードをねじ曲げて、さも金持ちは信仰のために財産を全て投げ捨て、寄付せよ、そうでないと天国に行けないぞ、などという教えをするものがいる場合には、警戒すべきです
悪徳者はこういう理屈を利用して、金持ちの財産を巻き上げようとしていますから、それには乗らないことです
めいめいが正しく判断して、自分の生活程度、身の丈に合った無理のない寄付をすることで十分だと思います
私は、キリストと青年の会話は事実であるかもしれないが、その後の「らくだが針の穴を通る方が、金持ちが神の国に入るより易しい、」というせりふ部分は後から誰かが書き加えたのではないかと思います
金持ちでも心が優しい人達はいます
日本でも外国でも、昔から4、5代以上続く金持ちは多額の寄付をすることが義務、伝統となっていました
金持ちになって3代以内は成り上がりの気風があり、どうしても欲深くわがまま勝手に振る舞う人が多いですが、4、5代以上になってくると、もうあふれる物に囲まれて物欲が減退し、お金よりも精神的な事に興味が向かうようになります
社交界の礼儀作法、芸術的な趣味、哲学、またはスポーツの趣味、そして民衆への福祉活動、寄付などに力を注ぐようになります
また、厳しい家風に縛られて、名誉を汚すようなこともできなくなりますしね
全員が明確に分けられるわけではありませんが、金持ちにはこのように、2つの潮流の傾向があります
世の中にはいろいろな生活レベルの人がいますが、いずれ良いレベルでみんなが平準化されて、互いに思いやりを持てる社会になるといいですね
そのために、みんなで悪を見抜き、拒否のできる社会にして行きましょう

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