繰り返すが、ここで私は、誰もが自己実現の可能性があるとか、
誰もが夢をかなえることができるということを述べているのでは、まったくない。
むしろ、私たちの人生は、何度も書いているように、
何にもなれずにただ時間だけが過ぎていくような、そういう人生である。
私たちのほとんどは、裏切られた人生を生きている。
私たちの自己というものは、その大半が「こんなはずじゃなかった」自己である。
まともに考えたら、無難な人生、安定した人生が、いちばん良いに決まっている。
だから、そういう道を選ぶのは、良い選択である。
しかし、負けたときに自分自身を差し出すような賭けをする人びともたくさんいて、
それはそれで、ひとつの選択である。
どちらが良い、と言っているのではない。
ただ私たちは、自分自身の意志や意図を超えて、ときにそういう賭けをすることがある。
岸政彦『断片的なものの社会学』より