「自分の人生は50歳くらいまでだ、と結核療養所を出たあとしばらくは思っていた。
自分の人生は、途中まではどん底だった。
だが途中からは波に乗ることができ、人並みの暮らしができるようになった。
しかし、途中で出会った人々のなかには、そうできずに終わった人も多かったろう。
それにくらべれば、いまの俺はいい暮らしだ」
さまざまな質問の最後に、人生の苦しい局面で、もっとも大事なことは何だったかを聞いた。
シベリアや結核療養所などで、未来がまったく見えないとき、
人間にとって何がいちばん大切だと思ったか、という問いである。
「希望だ。それがあれば、人間は生きていける」
そう謙二は答えた。
小熊英二『生きて帰ってきた男』より