伊藤浩之の春夏秋冬

いわき市遠野町に住む元市議会議員。1960年生まれ。最近は遠野和紙に関わる話題が多し。気ままに更新中。

和紙作業への見方を変えたミドルベリー大学日本校の遠野和紙体験

2023年12月08日 | 遠野町・地域
 同大学日本校のホームページを見ると、活動理念として「生きた日本語を学」「地域に貢献する」を上げ、地域活動やインターンシップの活動をしている。その一環としていわき市の遠野和紙を取り上げていただいたようで、いわき市を通して2ヶ月ほど前に打診を受け、同大学の地域活動を受け入れることになった。

 というのも、和紙に関わる人を増やし遠野和紙の継承をはかるために、紙漉きをはじめとした様々な体験の機械を用意して和紙に触れていただくことを通じて多くの人に興味や関心を持っていただくことが大切で体験の機会を増やさなければならないのではないかと考え始めていたことがあったからだ。私が遠野和紙のボランティア活動に参加してから3年になるが、ボランティアを土台に発足した伝統工芸遠野和紙・楮保存会が関わって紙漉き体験が始まったのは今年3月のアクアマリンふくしまでのはがき漉き体験からで、そのような機会はこれまでは少なく、ある意味グッドタイミングで打診があったということでもある。

 さて、どんな体験をしてもらおうかと考えた。和紙づくりの作業はだいたい次のようになる。

4月から10月、楮とトロロアオイの育成(作業はほぼ肥料やりや虫防除、間引きや芽かき、草刈り)
12月から1月、楮伐採(楮の枝の収穫)。

以下は楮の枝を収穫した後の和紙になるまでの作業
1.枝の切断(一定の長さ:遠野では75cm:湯を沸かす大釜とそれを覆う容器の大きさで決まる)をし束ねる(直径25cm程度)
2.ふかし(大釜で湧かした湯の蒸気で枝を約2時間かけて蒸し上げる)
3.楮はぎ(蒸した枝の皮を剥ぎ取る。この皮を黒皮という)と乾燥(黒皮を10枚ほど合わせて束ね竿にかける。一定の時間で乾燥したら天地を返しさらに乾燥させる)
4.しょしとり(楮の皮は表皮から黒皮、甘皮、白皮の層に分かれる。乾燥した黒皮を一晩以上水に浸けてうるかし、黒皮あるいは黒皮と甘皮を包丁を使って削ぎ取り白皮等を残す)
5.寒ざらし(白皮を竿にかけて陽光にさらし乾燥する作業。紫外線による皮の漂白作用もある)
6.水洗い(乾燥した白皮を1晩以上水に浸けてごみを浮かすとともに皮をうるかす)
7.煮熟(水洗いした白皮を炭酸ソーダとともに鍋に入れて適度な時間煮立たせ皮を柔らかくする。火を落とした後1晩そのままにしておく)
8.水洗い(煮熟した皮を再び水に浸けゴミや余分な成分を洗い流す)
9.塵取り(水の中の皮に残ったゴミや汚れを1枚1枚点検しながら取り除く)
10.打解(木製木槌で固い台の上に乗せた白皮を繰り返し叩き、一定程度皮をばらして繊維にする。その後、皮を繊維にばらすビーターという機械にかけることもある)
11.しぼり(トロロアオイの根を木槌で叩き、冷たい水に浸け、粘り成分であるネリを取り出す)
12.攪拌(漉き舟に水を張り、楮の繊維とネリを入れてかき回し、紙の材料となる溶液・紙料を作る)
13.漉き上げ(漉き簀を使って紙料を漉き上げて紙とする)
14.圧搾(1晩以上置いて漉いて重ねた紙=紙床を、圧搾機にかけて水分を取り去る)
15.乾燥(漉いた紙を乾燥させる)
16.裁断(一定の大きさに紙を切る)

 正味6時間でこれら全てを体験することはできないので、少なくとも主な作業は一通り体験してもらいたいと考えてメニューに盛り込んでみた。

 そして立案した和紙体験では、6日、7日が、保存会の活動日で、午前9時から今シーズン初めての楮の収穫作業が行われることになっていたので、6日午後から活動することになる学生達には、
6日、概要説明の後、作業工房「学舎」周辺の楮の伐採、午前に収穫して蒸しておいた楮の枝の「楮はぎ」、はいだ皮から黒皮等を削ぐ「しょしとり」、合間にビータによる繊維作りや楮の釜だしの見学、
7目には、学舎での「塵取り」と「打解」の後、いわき湯本高校遠野校舎に移動し紙漉き体験をしてもらうことにした。

 おまけメニューに、楮の枝といっしょに遠野産のサツマイモをふかしておやつにするというのもあった。実際には、楮のふかしはじめにサツマイモが間に合わず、保存会員が自宅でふかして差し入れをしてくれたものをおやつにした。蜂蜜をかけてよりスイートな味わいを楽しんでもらえたようだ。

 体験に参加した学生たちは、年齢は21才程度で出身国も一様ではなかったようだが、少なくともそれまでの人生の中で体験メニューに盛られた作業には無縁だったろう。この初めての体験が作業に対する楽しさにつながったようだ。楮を切っても、皮をはいでも楽しい。未知の体験に対する興味とある種の発見を積み重ねる楽しさがそこにはあった。体験に対する反応と姿を見ていてそう感じた。


塵取り作業を体験するミドルベリー大学生たち=7日


 例えば楮の刈り採り作業。太い枝を剪定できる剪定ばさみを使った楮伐採作業では、まず、大きな剪定ばさみを手にして感嘆の声が上がり笑みがこぼれる。直径4~5cmの枝を切り取ると歓声が上がる。

 「楮はぎ」。作業は枝の釜だしから始まる。釜に被せた大樽を外し、露出させた楮の元(根元に近い方の切断面)に水を掛ける。急激に冷やして皮を縮ませ裂きやすくするための措置なのだが、その説明を聞いて得心し、実際にとりだした楮の元を握りきゅっとひねって裂け目ができると感嘆の声が上がる。枝を固定し、裂け目からクルッとむいた皮を握り斜め上方に引っ張ると皮が裂けていき、皮が枝芯から外れると感嘆の声があがる。この時、皮を下方に引いてしまうと先っぽが裂けずに筒型になる。この部分はあらためて裂かないといけないので2度手間になる。その失敗の原因を聞いて作業方法を改め実施し成功すると、そこでも感嘆の声が上がる。

 1つ1つの作業や動作が発見と驚きの連続で小さな感動の積み重ねが続くのだ。ボランティア活動で普段からしている作業で、義務感と使命感である意味黙々とこなすようになっている私には新鮮な反応だった。

 「塵取り」の作業は、水の中で「煮熟」した皮を広げて、ごみや皮の汚れを探し、見つければ取り去る作業だ。その作業の体験は、学舎で汲み上げた井戸水を溜めた容器の中で行ってもらう。

 この作業が大切なことは、例えば出来上がった和紙に黒いごみが入っていれば、文字を書いた際に「大」が「太」や「犬」に、「一」が「二」に、「二」が「三」に見えることになりかねないのでたんねんに行う必要がある。また昔は川で行われていた作業で、水が冷たく、たき火で湧かしたお湯で手を温めながら実施するようなきつい作業だった。

 そのような説明をしながら作業をしたのだが、地下水を使っている学舎では、水温が気温より高いために温かく感じる作業になる。学生達も、最初は水が冷たいと言っていた。しかし、作業にを続けるうちに水を冷たいと感じないようになったようだ。一般的につらいと言われる作業も、学生たちに笑顔が絶えない体験になっていることことには救いを感じる。「打解」作業も、ひたすら木製用具で皮を打ち続ける作業となるので、これも楽しそうに実践する。ただし、打ち始めの勢いはやがて失われていくのだが・・。


生徒達による打解作業=7日


 こうして基本的に楽しんでもらった作業の締めくくりが「紙漉き」となる。遠野校舎に移動し「溜め漉き」による卒業証書判の紙漉きをしてもらった。



ため漉きによる紙漉き=7日


 紙漉きができる時間は1時間ほど。学生たち4名が2枚から3枚の紙を漉いたのだが、驚くべきはその出来映えにあった。「ぜひ遠野で紙漉きを」と思わず声を掛けた程、数回の体験できれいに紙を漉き上げた。

 溜め漉きは、簀桁に紙料(水に溶かした繊維とトロロアオイのネリ)をすくい上げて少し揺すった後に止め、水をしたたり落とさせることを数回繰り返して厚みを作り紙とする。学生の1人は、簀桁から紙料に落ちる水の音に感動し動画を撮影していた。水滴が「ピチョン」と水面を叩く音は、たしかに水琴窟に響くような音を連想させとても美しく感じる。

 学生の発見を聞いてひらめいたのは、 溜め漉きは〝待ちの紙漉き〟、流し漉きは〝攻めの紙漉き〟という言葉だった。単なるひらめきだが、意外と本質を捉えているかも。溜め漉きは簀桁から水が自然に滴り落ちるのを待つ時間があり、その時間は水滴の音を聞きながら、簀桁の水がなくなる時をじっと待っている。一方流し漉きは、紙料を汲み上げたり、大きく揺すったり、簀桁の水を流し落としたりするなど、水をコントロールする。その違いが先のひらめきの理由だ。〝静の紙漉き〟と〝動の紙漉き〟と区分しても良いかもしれない。

 思いつきはさておき、ミドルベリー大学日本校の生徒等の受け入れは保存会としては初めての体験だった。6時間に、楮伐採、楮はぎ、しょしとり、塵取り、打解、紙漉きと紙漉きまでの一連の作業を入れ込んだメニューを組んだのは、紙漉きの大変さとそれだけに出来上がった紙にその良さを感じてもらえばとの思いがあったと思う。しかし、生徒達が作業中に見せた表情は、それとは若干違って、しかも望み以上の反応を見せていたかもしれない。作業そのものを楽しみ、自分で紙を作る喜びが、溢れていたように思うからだ。

 このような今回の体験受け入れから3つのことを思う。

 1つは、保存会としてはまだまだ未熟な技術しか持ち合わせていないが、体験の受け入れは可能だということ。今後、そのためのメニューや仕組み(料金設定も含めて)の整備などが必要になっていると思う。

 2つに、これがもっとも大きな成果だと思うのだが、和紙を漉くための作業は純粋に楽しめると感じることができたということ。
 保存会は作業の経験を重ねる毎に、楽しむ作業から必要な作業に意識の偏りが出てくるように思う。しかし、和紙を作る上で欠かせない作業の1つ1つや和紙を漉いて紙を作るというそれぞれの作業に、初めての体験に対するわくわく感や達成感、成功の喜びなどという和紙づくりの魅力が詰まっている。そのことを生徒たちから教えてもらったように思う。

 和紙づくりの魅力を感じるのはおそらくミドルベリー大学の学生たちだけでないだろう。和紙に触れたことがなかった多くの方々にも共通するものがあるに違いない。そう考えれば、和紙に興味、関心を持つ入り口として1つ1つの作業が役割を果たすことになる。そういえば、以前、地域おこし協力隊員が立案・企画した楮はぎとしょしとり、紙漉き体験の企画に参加した人たちも、作業そのものを楽しんで取り組んでいたことを思い出す。

 ようはこうした作業参加の機会を増やすことができれば、和紙づくりの魅力そのもので興味や関心を持つ人を増やし、担い手としての参加を促し、和紙作りひいては遠野和紙の伝統を継承することにつながるのではないか。そんなことを感じることができたのは、今回の本当に大きな成果だったと思う。

 3つ目に、今回の体験が、彼女たち(来市した学生は全員女性、同校の先生も全員女性だった)のこれからの学習や人生にどのようにで生きてくるのかは分からないにしても、少なくとも和紙や遠野和紙という日本の伝統産業や遠野やいわき市に対するプラスの地域認識を育むことによって、小さいながらも今後に何らかの好影響をもたらすのではないかと思える点だ。

 ミドルベリー大学は、本校がアメリカ合衆国バーモント州にあり、リベラル・アーツ・カレッジ(※)では米国最古、またリベラル・アーツ・カレッジのランキングでは毎年トップ1%に入る難関校で、総合で4位とする評価もある大学だという。アフリカ系アメリカ人に初めて学位を与えた大学としても知られているそうだ。その日本校の生徒達が遠野で和紙を体験したことになる。

 遠野和紙の国内の認知度は大きくはないにしろ、存在している程度には認知されている。その産地が、国内の認知にとどまらず海外の人にも認知を広げる端緒を開いたのが、今回の体験の受け入れということにもなるだろう。

 そして加えて思うのが、今回の体験が参加された学生のみなさんのこれからの学びや人生に何らかの形で活きて役立ち、その事を通じてさらに多くの人たちや地域に遠野和紙の認識が広がればいいなと思う。あらためて遠野和紙の体験に訪れてくれたミドルベリー大学日本校のみなさんに御礼を申し上げたいと思う。

 今回の体験受け入れのメニューは、受け入れが決まった直後にほぼ決めたが、体験のために必要な楮の繊維等の準備は1日からの水洗い、2日の煮熟を経て、4日、5日と塵取りと打解をして準備された。それなりに時間と手はかかるのだが、今週1週間の多くの時間は、ミドルベリー大学の体験受け入れといわき湯本高校遠野校舎の卒業予定生の卒業証書用紙の紙漉き体験などに使った。まあ、そのことで喜んでいる人たちがいることを考えれば、良い時間の使い方と思う。


塵取り前の白皮(奥)と塵取り後の白皮(手前)


 でも、ちょっと疲労感が漂うの年を重ねたからか・・。


準備作業をしていたらホソヒラタアブらしきアブが飛んできた


※リベラルアーツ=個人の能力を開花させ、困難や多様性、変化へ対応する力を身につけさせ、科学や文化、社会などの幅広い知識とともに、より深い専門知識を習得させるための学習方法(米国カレッジ・大学協会による定義)、現代では「一般教養科目」や「学芸,文芸」や「人文科学」をさすという。


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