昨日 無事終了退院してきたでござる
8回目のマーカーの結果
CEA → 1.1 (前回 0.9)
CA125 → 6.1 (前回 5.4)
CA19-9 → 9.9(前回 10.5)
CT検査の報告書
明らかな再発、転移の所見を指摘できません
先生とのお話
先生 「 現在はマーカーもCT上も癌が消えている状況、手術と抗癌剤が効果があったし、マーカーの数字にでやすいタイプであった、今のところ とてもいい経過です 」
私 「 手術前治る確率は30%て事でしたが 現時点ではどれくらい上がりましたか 」
先生 「 50%です、半々 厳しい話になりますが ピロコさんのリンパへの転移はこのステージでは過去(今期と言ったかは定かではない)最高レベルの多さで 体にまだ細胞レベルで残っている可能性もあります、だからといって後3回やったとしても効果は変わりません、まずは3年でちょっと、5年経って治ったと思っていいと思います 」
私 「 一番気になるのはやはり再発なんですが マーカー(CA125)が18以上になるまでは正常範囲内という事でしたが私としては二桁10を超えると 動き出しだ気がしてこの時点で心配なんですけど、画像に映らないと治療はできない とかなんでしょうか 」
先生 「 例えば10の時点で治療始めても18で始めても効果は変わりません、どの時点で画像に映るという事はわからないし
、半年後再発したら違う種類の抗癌剤を使わなければならないし、2、3年後なら今回のがよく効いたので同じものを使います 」
私 「 再発したら 何もしないと言う選択もあると思いますが 私の場合どうですか、延命効果はありますか 」
先生 「 ピロコさんの場合延命効果があります、治療受けた方がいいです 」
私 「 予後のいい人は何か特徴とか こうゆう傾向とか、食事とかありますか 」
先生 「 食事はそんなに気にしなくても。。。予後のいい人は元気な人、ちゃんとデータもあります、自分の免疫力を上げる事は大事な事です 」
私 「 そうですか。。。こんなにリンパに転移があったのに完治した記録に残るいい症例になるように頑張りますね 」 こんな優等生発言してしまった。。。心はなのに。。
先生 「 そうですね、がんばりましょう 」
と言う話合いが退院前ありました
私としては 今聞きたい事はすべてお聞きする事ができ満足ゆくものでした
なのに 何だろう、それからずっと卒業式前のような いやちょっとひっかかるというか のどに小骨のささったような状況が続き すぐ涙がでるんです、仲よしのおば様が退院した時も看護師さんから がんばったねー、長かったもねーとか言われる度に、実は先生とお話してる時も泣いてしまった、てか勝手に出ちゃうんだもん
終わった喜びもあるんだけど きっと50%の数字にひっかかったんだと思う、こんなにやってもまだ50かぁてのがね。。。
自分でも こんな事に心煩わしても何にもならん、やめ~とか思うけど ずし~んとくるんだなー
でも うちに帰って 隣のベッドのもう13年目というおば様のお言葉が蘇ります
「 再発した時が一番すごーいショックだった、今は再発するまでの期間 仕事とかもっとやっておけばよかった、あれもこれもって後悔が残ってる~」て。
そしてタイムリーというか 光母子殺人事件の木村さんのTV観ました、本当に成長が顔に出ています、そして09年に再婚していたというすごく嬉しいお話「 いつまでも下を向いているのではなく事件を考えながら前を向いて歩いていきたい。。。」
何だかふつふつ湧き上がる、私の事なんて取るに足らない、50がなんだって気になってきました
そして 出張中のやっちゃんから 初めてまともな普通のがきたのだ~(普段は下品でくだらんか、いばりんぼ的)
「 アキヒデ(兄)さんがまずはよく頑張ったとの事です、長丁場だがこれから第3ラウンド、気を引き締めて頑張ろう! 」
そして仕事帰ってきて はりきって晩ご飯作ってくれるリンガー、マーボー豆腐のようにちっこく切ったまさかのこれが湯どうふ
かっと言う湯どうふに ほっこり気分
うちに帰ってこれたんだって気持ちにさせてくれる子供達
気持ちの浮き沈みがありましたが 私はやはり さりげな~く頑張るど、死ぬまで生きるんだ
えらいな~あたしって、前向き、先生曰くの「元気な人」になってきたしょ~
そして 子供達にみせつけなければ。。。母親は太陽なのだ~
まずは身体鍛え 一から始めよっと
お友達のみなさん ありがとっ
友チョコ
病院のバレンタインランチ
病院のスノーフェスティバル。。。束の間の癒しが患者さんにもたされます
8回目のマーカーの結果
CEA → 1.1 (前回 0.9)
CA125 → 6.1 (前回 5.4)
CA19-9 → 9.9(前回 10.5)
CT検査の報告書
明らかな再発、転移の所見を指摘できません
先生とのお話
先生 「 現在はマーカーもCT上も癌が消えている状況、手術と抗癌剤が効果があったし、マーカーの数字にでやすいタイプであった、今のところ とてもいい経過です 」
私 「 手術前治る確率は30%て事でしたが 現時点ではどれくらい上がりましたか 」
先生 「 50%です、半々 厳しい話になりますが ピロコさんのリンパへの転移はこのステージでは過去(今期と言ったかは定かではない)最高レベルの多さで 体にまだ細胞レベルで残っている可能性もあります、だからといって後3回やったとしても効果は変わりません、まずは3年でちょっと、5年経って治ったと思っていいと思います 」
私 「 一番気になるのはやはり再発なんですが マーカー(CA125)が18以上になるまでは正常範囲内という事でしたが私としては二桁10を超えると 動き出しだ気がしてこの時点で心配なんですけど、画像に映らないと治療はできない とかなんでしょうか 」
先生 「 例えば10の時点で治療始めても18で始めても効果は変わりません、どの時点で画像に映るという事はわからないし
、半年後再発したら違う種類の抗癌剤を使わなければならないし、2、3年後なら今回のがよく効いたので同じものを使います 」
私 「 再発したら 何もしないと言う選択もあると思いますが 私の場合どうですか、延命効果はありますか 」
先生 「 ピロコさんの場合延命効果があります、治療受けた方がいいです 」
私 「 予後のいい人は何か特徴とか こうゆう傾向とか、食事とかありますか 」
先生 「 食事はそんなに気にしなくても。。。予後のいい人は元気な人、ちゃんとデータもあります、自分の免疫力を上げる事は大事な事です 」
私 「 そうですか。。。こんなにリンパに転移があったのに完治した記録に残るいい症例になるように頑張りますね 」 こんな優等生発言してしまった。。。心はなのに。。
先生 「 そうですね、がんばりましょう 」
と言う話合いが退院前ありました
私としては 今聞きたい事はすべてお聞きする事ができ満足ゆくものでした
なのに 何だろう、それからずっと卒業式前のような いやちょっとひっかかるというか のどに小骨のささったような状況が続き すぐ涙がでるんです、仲よしのおば様が退院した時も看護師さんから がんばったねー、長かったもねーとか言われる度に、実は先生とお話してる時も泣いてしまった、てか勝手に出ちゃうんだもん
終わった喜びもあるんだけど きっと50%の数字にひっかかったんだと思う、こんなにやってもまだ50かぁてのがね。。。
自分でも こんな事に心煩わしても何にもならん、やめ~とか思うけど ずし~んとくるんだなー
でも うちに帰って 隣のベッドのもう13年目というおば様のお言葉が蘇ります
「 再発した時が一番すごーいショックだった、今は再発するまでの期間 仕事とかもっとやっておけばよかった、あれもこれもって後悔が残ってる~」て。
そしてタイムリーというか 光母子殺人事件の木村さんのTV観ました、本当に成長が顔に出ています、そして09年に再婚していたというすごく嬉しいお話「 いつまでも下を向いているのではなく事件を考えながら前を向いて歩いていきたい。。。」
何だかふつふつ湧き上がる、私の事なんて取るに足らない、50がなんだって気になってきました
そして 出張中のやっちゃんから 初めてまともな普通のがきたのだ~(普段は下品でくだらんか、いばりんぼ的)
「 アキヒデ(兄)さんがまずはよく頑張ったとの事です、長丁場だがこれから第3ラウンド、気を引き締めて頑張ろう! 」
そして仕事帰ってきて はりきって晩ご飯作ってくれるリンガー、マーボー豆腐のようにちっこく切ったまさかのこれが湯どうふ
かっと言う湯どうふに ほっこり気分
うちに帰ってこれたんだって気持ちにさせてくれる子供達
気持ちの浮き沈みがありましたが 私はやはり さりげな~く頑張るど、死ぬまで生きるんだ
えらいな~あたしって、前向き、先生曰くの「元気な人」になってきたしょ~
そして 子供達にみせつけなければ。。。母親は太陽なのだ~
まずは身体鍛え 一から始めよっと
お友達のみなさん ありがとっ
友チョコ
病院のバレンタインランチ
病院のスノーフェスティバル。。。束の間の癒しが患者さんにもたされます