立川の踊る中幸年ブログ

立川自身の人生経験から色んな気付きをシェアして

私とまわりの人の幸せを追求して共に進化していきたいのです

愛する父と最後の一週間

2014-09-24 00:12:26 | 日記

立川です

私の父は2年前に他界しました。

私には厳しかったけど、本当に多くの人に愛され、

別に地元の名士でもないのに、葬儀場には人が入り切れず

エントランスにも参列下さった方で溢れていて、

その人達は、葬儀の様子をライブビデオで見ていました。

主人公はもちろん父ですが、準主役は喪主の私でした。

生前はとても元気が良かったので、皆さん驚きを

隠せなかったようです。


父が入退院を繰り返し、食べ物を

口にしなくなったと妹から報告を受け

私は全ての最優先を「最後まで父のそばにいること」 

にしました。


絶対に絶対に何があっても最後の日は

最愛の父と一緒にいたかったのです。

いつ東京に戻れるのか分からなかったけど

取り敢えず一週間分ぐらいの荷造りをして、

田舎の病院へ乗り込みました。

個室だったので、簡易ベッドを父のそばに置いてもらい、

それから、私の最初で最後の密着完全介護がはじまりました。

 

父は半年前より2まわりぐらい小さくなった印象。

人間は気の量で大きく見えたり、

小さく見えたりするのかもしれませんね。

 

とにかく体の何処かで次々に小爆発を起こしているようで、

毎日新たな症状が出てきては、苦しんでいました。

頭はしっかりしていたので、余計に辛かったのでしょう。


新たな症状が出るたびに医者は新たな薬を出しました。

でも、父も私も、そしておそらく医者も、もう無駄だと解っていたのです。

優しい父はこんなになっても、医者や看護師に気を遣い、

処置をしてもらう度に声を絞り出して、ありがと、すんません。

という感謝の言葉を最後まで忘れたことはなかったですね。



水か氷以外何も口にしないのに下痢状の便が直ぐに出るので

オムツの取り替えが大変でした。

基本、看護師さんがやるのですが手伝う時に父の下半身も目に入り

退化して赤ちゃんのように小さくなったオチンチンにびっくり


一日中体をさすってあげたり、体の向きを変えてあげたり、

妹と一緒に少しでも痛みから楽にしてあげたくて献身的に尽くしました。



とても痛がってはいたけど、話は出来ました。

と言うか、私達が話すことは全て理解出来ていたので、

私は、けっこう色んな話をしたんですよ。

その中で、父に死ぬって怖い?って聞いてみました。すると一言

「全然。」

「なんか思い残したことはある?」父は「ない!」と即答でした。

お金にはきっちりしていたので

入院費とか保険金とかの話になった時も一言 「 もうなんもいらん!」

完全に死を覚悟していました。



父より9年前に亡くなった父の最愛の存在だった母が

時々夢に出てくるみたいでした。父は本当に母を愛していましたから。

それで「お母さんが迎えに来てる気がするの?」

と聞くと「そやなー」と言っていました。



それからある時、父が突然私にははっきり聞き取れる声で

一言「ありがと。」と言ってくれました。

私は涙が溢れて手を握り、ずっと言いたかった

「お父さんの子で良かった。ありがとう。」

でも言おうとすればするほど言葉ではなく

涙しか出てこなくてどうやってもうまく言えなくて、

ついに泣き崩れてしまいました。

結局心の中でしか言えなかった。



他界する3日前の夜中、カタン!と言う音に驚いて目を覚ますと、

ベッドの下になんと入れ歯が落ちていたのです。

痩せて、口の筋肉もなくなり、入れ歯も支えられなくなったのです。

翌日はあまりにも痛がり、もはや

何処が痛いとかこちらも分からなくて、医者と相談して

弱い痛み止めを打つことにしました。


父にそれを伝えると、一生懸命に拒否したのです。

でも私も痛そうで見ていられないので、

寿命を縮めることは解っていたけど、

父に少し楽になるから。と言って説得したら、

父は観念して、首を縦にふりました。

そのあとは直ぐにとても穏やかな顔になり、

すべてを受け入れているようでした。

そして注射を打ってもらい、深い眠りに入りました。

しかし、2度と目を覚ますことなく、静かにあの世に

旅立って行ってしまったのです。

妹がまだ到着していなかったので、必死にまだ行かないで!

優子が来るまで待って!と泣き叫んだけれど

それは叶いませんでした。

 

そして暫くして気づいたのです。

母の命日は12月14日。父が亡くなったのは前日の12月13日。

そうです。母は自分の命日に父を向かえに来たかったのです。

そして父もそれが分かっていたから、

あの痛みに耐え14日を待ちたかったのだと。

私は自分の判断を間違えたのです。

何度も天に向かってごめんなさいと謝りました。

勿論優しい両親だから許してくれています。



本当の意味で死はありません。肉体を脱ぎ捨て新たな旅立ちなのです。

人間の二大スペクタクル誕生と死。

その最高に崇高な瞬間に立ち会うことは実は最高の喜びでもあります

私は母の時も父の時もその感動を味わったのです。

人間の魂が抜けて行く瞬間、人間から物になる瞬間

時空を越える瞬間を共有できたのです。

それって素晴らしいことだと思いませんか?

私も自分が死ぬときには、大切な人とその瞬間を

共有したいと思っているんですよ。


両親の人生はとても充実していたし、きっと満足していることでしょう。

次の人生も私は二人の娘でいたいな。妹もきっと同じ気持ちだと思います。

改めて、お父さんお母さんありがとう。心から愛しています。

 

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