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私達動物の息の仕方とその歴史

低酸素への適応-その3

2021-01-25 00:00:00 | 日記
低酸素への適応―その3
前回では、ヒトがクジラやアザラシと同じくらい高濃度のヘモグロビン(Hb)や、ミオグロビン(Mb)を持ったとしたら、30分程度の安静無呼吸が可能と推定しました。
しかし体重100㎏程度のウエッデルアザラシでは、700mの深海で1時間以上も活動できると報告されています。
更に、大型のマッコウクジラは3000mの深海で1時間以上、南ゾウアザラシは2000mの深海で2時間活動していたとの記録があります。

このように、クジラやアザラシが深海で1時間以上も無呼吸で水中活動できる理由は体内の備蓄酸素だけでは説明できません。多くの研究がなされているので、そのいくつかを見てみましょう。

1. Mbの進化で筋肉内の酸素量は多い・・・・クジラの肉が赤黒い理由
牛肉は豚肉よりもMbが多いので赤みが強いですが、クジラの肉は更にMbの濃度が高くて牛やヒトの10倍もあるので赤黒くみえます。
ところがMbの分子は濃度が高いと互いにくっついてしまって酸素と結合できない部分が増えてしまいます。けれど、クジラやアザラシなどのMbはヒトや牛馬と違って正電気を多く持つように進化して、その電気のためにお互いが反発してくっつかないようになり、酸素と有効に結合するようになっています。
2. 脳と心臓以外に血が流れない
潜水を開始すると心拍数が著しく低下(潜水反射)して、例えばゴマフアザラシでは通常150/分の脈拍が潜水中は20/分まで低下するのが観察されています。
この心拍減少の反射がおきると、末梢動脈が細くなって体の抹消に流れる血液流量が減ります。特に腎臓や肝臓、胃、腸などの消化器官、筋肉などへの血流が著しく減ります。
しかし、心臓と脳の血管はほとんど収縮しないので、減少した循環血液は適切な血圧で心臓と脳に流れるようになります。
この潜水反射は新生児にもあって、水中に入ると呼吸を止め心拍数の減少がみられます。また、特に競技として深く長く潜水するフリーダイバーではトレーニングにより反射が強くなり低酸素耐性が大きくなることが知られています。
3. 低酸素状態への耐性については細胞内の代謝と関連して沢山の研究がなされています。ここからはそのごく1部を挙げておきます。
・低酸素誘誘導因子(2019年のノーベル医学生理学賞と関連)
細胞は低酸素状態になると低酸素誘導因子(HIF)が急速に増えて、ブドウ糖から乳酸をつくる反応が主になります。この反応では、酸素があるときに比べてブドウ糖からは1/19、グリコーゲンからは1/13のエネルギー(ATP)しか生み出せません。しかし、生成速度は約100倍にもなりエネルギーを作ると同時に細胞内に大量の乳酸が溜まります。
・乳酸による血液の酸性を防ぐ
細胞からあふれた乳酸がそのまま血液に入り全身に流れると強い酸性(アシドーシス)のために、心臓機能低下、致死的不整脈や中枢神経障害が起きるのですが、血流が少ないために少量ずつ血液にはいるので、アシドーシスにならないようです。
・肝臓での乳酸代謝
低酸素時には肝臓で乳酸をブドウ糖に戻す反応(コリ反応)がすすむので、血中の乳酸は再びブドウ糖に戻されて全身へと戻ります。
・低酸素での腎機能維持
ヒトでは血流が30分以上止まると腎臓の働きが失われますが、アザラシの腎臓は1時間血液が流れなくても機能を失うことはありません。
・脳の代謝低下
長時間の潜水により体温と血液温度が下がり、脳の温度も15分間の潜水で約3度低下するために、酸素消費量は15~20%減って、低酸素から脳を保護するのに有利です。
・クジラ類では遺伝子が変化して、低酸素状態が続くと乳酸を代謝する能力の向上がみられています。

このようにして、約5000万年の間に、ウシの祖先からクジラになり、クマの祖先からアザラシへと進化しながら、外見だけでなく代謝も循環も低酸素環境の水中生活に適するように見事に変わっていました。
さて、長時間低酸素状態にあった全身の臓器は、呼吸が再開して酸素の豊富な血流が一気に流れると、今度はその酸素による重篤な障害が生じることになりますが、それは次回にします。

参考文献
Scott M. SCIENCE VOL 340:14 2013、 Kaitlin N. A. Front Physiol. 10: 1199, 2019(総説)
Arnoldus S.B. JEB 221 2018(総説)、 Suhara, T. PNAS, 112: 11642-7. 2015.
Halasz. JEB 227 1331-5. 1974、  MURPHY, B. JAP 48: 596-605, 1980.
Odden et al. Acta Physiol. 166: 77-8, 1999

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