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私達動物の息の仕方とその歴史

水中の動物たちの呼吸 12

2022-08-28 12:00:00 | 日記
ヘモグロビンとヘモシアニンその3
美味しい無脊椎動物たち

今回は、エビ・カニ・イカ・タコなどの無脊椎動物が美味しいのは、細胞が海と戦っているから、という話をしましょう。
その前に、前回、軟体動物は「すべてHc(ヘモシアニン)を利用して、赤血球を持たない」と書きましたが、「ほとんどすべて」のまちがいでした。

海生二枚貝の赤貝は古生代オルドビス紀に発生した原始的なフネガイ目に属していて、ヘモリンパ液の中に直径約16μmの赤血球を持っています。その中にヘモグロビンに似た赤いエリスロクルオリンを持っていて開放血管系で酸素を運んでいるとのことです。

イカでもヒトでも体を構成している細胞は塩類やタンパク質を一定の濃度に保って生きています。(正確には濃度でなく、浸透圧ですが)
「水中の動物たちの呼吸2(2021/06/04)」では、海に住む魚は体から水分が海水中へ逃げていくのを防ぐため沢山海水を飲んで水を吸収し、余分な塩類は腎臓とエラにある塩類細胞を用いて捨てて、体内の濃度を一定に調節していると話しました。これを浸透調節型の動物と言い、魚から私たち哺乳類まで脊椎動物はこの調節をしています。

一方、イカ・タコ(軟体動物)や、二枚貝、エビ・カニ(甲殻類)などの無脊椎動物はこの調節機構がないので体液は海水に近い成分・濃度になっていて、それを浸透順応型動物と言います。
浸透順応型のうち、貝類やエビ・カニなどの循環系は解放循環系なので、間質液とヘモリンパ液は同一であり、成分や濃度(浸透圧)も海水とほとんど同じになります。
しかし細胞内液は海水よりも物質の濃度は薄いので、そのままであれば細胞から間質に向かって水分が出て行き、細胞は脱水・濃縮されて代謝に障害が起きます。この脱水を防ぐために塩分濃度を上げると、その過剰な塩分が代謝を阻害します。

そこで、細胞内の代謝に影響を与えない水溶性のアミノ酸やその類似物質(グリシンやグルタミン、タウリン、オクトピンなど)の濃度を上げて細胞の脱水を防いでいます。
例えば、フジツボの筋肉細胞では脱水を防ぐ力(浸透圧)の70%がアミノ酸で。その内グリシンが半分以上を占めています。

イカ・タコでは?
イカ・タコも同じように浸透順応型なので、間質液の成分や濃度はほぼ海水と同じです。
しかし、他の軟体動物と違って閉鎖循環系なので、ヘモリンパ液は海水と異なる成分を持つことができます。特に、海水にはほとんど含まれていないタンパク質が高濃度に(タコでは8~13g/100mlも!)含まれています。
ヒトでは血液中に7~8g/100ml溶けているタンパク質(主にアルブミンとグロブリン)の役割は、栄養素や免疫として働くほかに、浮腫(むくみ)をおこした組織や、間質の余分な水分を血管内に回収する働きがあります。栄養不良で血液中のタンパク質が減ると全身がむくむのはそのためです。
イカ・タコがヒトと大きく違うのは、そのタンパク質の約40~80%ほどがヘモシアニン(Hc)なのです。前回の話のようにHcはとても大きな分子です(分子量385万、ヒトアルブミンは6.9万)。その大きさのために、10g/100ml前後と高い濃度でも間質液からヘモリンパ管内に水を回収する力(浸透圧)は極めて弱くなっています。過剰な水分を吸収しないで循環液量を保てるので、閉鎖循環が可能になっているのでしょう。
細胞内液については、エビやカニ、貝類と同じように間質液へ水分が抜けていかないように、アミノ酸類を大量に持っているのは同じです。
因みに、スルメイカの筋肉(外套膜)中のアミノ酸類はプロリン、グリシン、アラニン、アルギニン、タウリン、オクトピンが全体の94%を占めています。どれも美味しいアミノ酸です。
また、一部のエビの仲間(オキアミ)では、栄養をとれない時にはHcをタンパク源として消費するという、栄養素としての役割も報告されています(Spicer 2010)

エビや貝をもっと美味しくする方法!
間質液の濃度(浸透圧)が高くなると細胞内のアミノ酸が増えるということを確認した実験がありました。生きているエビやハマグリを3日から6日間かけて徐々に海水の1.5倍の塩水に順応させると、なんとエビでもハマグリでも、旨みと甘みの成分であるグリシンとアラニンが増えていました(阿部2008)。
.図のようにエビではアラニンとグリシンが増えて、ハマグリではアラニンがすごく増えているのがわかります。つまり、更に美味しくなると言うことです。エビやハマグリには苦労をかけますが、頑張って美味しくなってほしいものです。
(生きたまま買ってきたエビや貝は少し濃いめの塩水につけた方が美味しくなると言うことです!)


参考文献
・船越 Bu1L NatL Res.Inst、Aquacult.No.29,1-103(2000
・高橋 農業と科学 4-5 H9年3月
・阿部 生化学 (2008) 80:4, 308-15
・佐藤 化学と生物 28:82-90(1990)
・ガイトン生理学書 第11版
・K.シュミット・ニールセン 動物生理学―環境への適応 2007
・https://ocw.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2012/04/2012_shigenseibutsukagakuganrion-b_05.pdf
よりダウンロード
・Spicer et al. Physiology and metabolism of Northern krill,
Advances in Marine Biology (2010) 57:91-126.
・Oellermann et al. Blue blood on ice Frontiers in Zoology (2015) 12:6