芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

戯曲 ルドルフ あるいは…父たち、男たちの夜と霧(5)

2016年01月18日 | 戯曲



   保安本部、会議室
   ヒムラー、アイヒマン、グリュックス、ヘス、他にダッハウ、ブッヒェ
   ンワルト、マウトハウゼン、ザクセンハウゼン、オラニエンブルク、グ
   ロース・ローゼン収容所等の各所長がいる。おなじみの顔ではローリッ
   ツの姿も見える。
   全員テーブルにつき、資料などを見ている。
   ヒムラーの後ろに、棒グラフと線グラフ等が描かれた大きな紙が貼って
   ある。何やら発言しているアイヒマン。

   二人の男、舞台ソデに登場。例の作者と看板男である。

  作者  「ここに初めてアイヒマンが登場するが、彼は間違いなく狂人で
      ある。私としては、私自身に迷惑をかけさえしなければ決して嫌
      いな人物ではない。川俣軍司だって片桐機長だって私に迷惑さえ
      かけなければ嫌いではない。人間なんてみんなそんなものであ
      る。
       ところでこれは余談だが、私は今※《小田実氏と小室直樹教授
      の金網デスマッチ対談を企画中である。決して最後まで人の話に
      耳をかそうとせず、すぐ人の話をさえぎる両氏の対戦は、イノキ
      とババの試合が不可能な今、最もエキサイティングで耳をおおう
      ばかりの試合となろう》」
   ※(《》はアドリブで、原則として次回公演の予告などを語る)
   看板の男、《作者談》の看板を出し、二人退場。

  アイヒマン「…以上のように、ユダヤ人問題最終解決の実施は、当初の計
      画通りに進んでおり、このグラフが示すように、カーブが上昇線
      を描いていることには満足をおぼえています。しかし、確かに全
      体の数量は達成し得たものの、この棒グラフが示すように、これ
      はアウシュヴィッツ収容所のダントツの好成績が寄与したもの
      であります。いくつかの、ノルマも達成し得なかった収容所長は
      大いに恥じ、猛省していただきたい。収容所長としては失格です
      ぞ!
      …今後、ユダヤ人問題最終解決計画は諸般の軍事的、政策的事情
      により、その完遂を目指して、いっそうスピードアップすること
      となり、したがってノルマは従来の比でなく、より高い数字を、
      厳しいものを要求していきます」

  ヒムラー「いま、アイヒマン君から全体状況の報告があったように、…確
      かに目標数は確保した。しかし、ノルマを達成し得なかった収容
      所は無論のこと、ノルマを果たした収容所も、それでほっとされ
      ては困るのである! ノルマとは達成すべき最低の目標であり、
      各々が自ら課すべき目標はより高きにおかなければならん。各人、
      各収容所は、より大きな、より高き目標を掲げ、それを達成せん
      が為に、各々一人一人、自らを厳しく律し、精励せねばならん。
       この手元の資料にあるように、またこのグラフに示されるよう
      に、数字というものは実に冷厳なものである。口でいかに立派な
      理想を吐いても、実績が、数字がともなわなければなんにもなら
      ぬ。
       理想は高いが鼻は低い女、理想は高いが実績は低い男では困る
      のだ。そんな空しい理想は八百屋の犬にでも喰わしてしまうがい
      い。
       この数字が示す実績こそが冷厳なる事実、諸君の、冷厳なる審
      判者なのである。くやしかったら数字を上昇させる以外にない。
      …いかに好ましい人物であろうとも、いかに優しい男であろうと
      も、いかに学識豊かであろうとも、冷厳なる事実、数字が上がら
      ぬ者は決して評価されることはない。それが現代の物差しだ。男
      どもは、悲しいほどに知らされる。それが現代社会というもの
      だ! そうだな、グリュックス統監」
  グリュックス「はい、全くもって閣下のおっしゃる通りです」
  アイヒマン「そう、何にせよ数字が全てを評価する!」
  ヒムラー「ウム…そうだな、ローリッツ君」
  ローリツツ「え? あ、はい。全く」
  アイヒマン「本当にわかっているのかね、ローリッツ所長」
  ローリッツ「わかっております、身にしみて。数字というものは…悲しい
      ものです」
  ヒムラー「フム、くやしかったら数字を上昇させる以外にない。ローリッ
      ツ君、君のところの先月の達成数には大いに不満を覚えているよ、
      私は」
  アイヒマン「あの数字は情けない。全くもって不満ですな。君は所長失格
      と言われても仕方ないな」
  グリュックス「まあ、まあ、アイヒマン課長。それは後ほど…」
  ヒムラー「ローリッツ所長、来月の目標数はどうかね? 
      どのぐらい、いくかね? 確実な線で」

  ローリッツ「は、(あわてながら、手元の資料をさかんにめくる。資料や
       らノート、手帳が、彼の手元に山と積まれている)私共のとこ
       ろでは、ご存知のように、ただ今新たな焼却施設を建設してお
       り、しかし何分、この物資不足と予算的な問題で、もたついて
       いるんですが、えー(さかんに資料をめくる)来月半ばには、
       そのー、なんとか完成する予定ではありまして、したがって…
       えーなんとか月間…えー月間…」

  ヒムラー「資料をどっさり抱えこんで、いちいち見ないと答えられんのか
      ね! 私なんかこれだけだよ、これだけ(小さな手帳を見せびら
      かす)」
  ローリッツ「は、どうも」

  アイヒマン「(指揮棒で壁のグラフを指しながら)ローリッツ所長はこれ
      だけですよ、これだけ」
  ローリッツ「は、どうも(恐縮して)…えーなんとか月間…四千五百ぐら
      いは達成したいと…」
  ヒムラー「したい?」
  アイヒマン「したいですと?」
  ローリッツ「いえ、その、可能になると思われ…」
  ヒムラー「全くもって話しにならん問題外の外、唾棄すべき希望的観測だ。
      希望! それは抱き方によっては不潔な虫、抽象的な虫だ! 
      この虫に男どもはいつの間にか蝕まれ、何事もなさぬうちに老い
      さらばえることがある。気を付けろ、他の諸君らもだ!」

  アイヒマン「ローリッツ所長、君に欠けているのは憎悪だ。熱く煮えたぎ
      る赤い鉄塊のごとき憎悪だよ。もっと、もっと憎むのだユダヤ人
      を! 私は若い頃ユダヤ人に間違えられてリンチに合った。それ
      が今の私の原点だ。私はドイツ人だ! 誇り高きゲルマンの血が
      流れるドイツ人だ! 私はドイツが好きだ! ドイツを愛して
      いる! 私はドイツ人だ! 憎悪せよ我が敵を!」
  ヒムラー「ウン、わかったアイヒマン君、わかった、わかった。ローリッ
      ツ所長、少しはアウシユヴィッツを見習ってもらいたいものだ
      な」
  グリュックス「そうですヒムラー閣下、ヘス君の成功例を聞こうじゃあり
      ませんか」
  ヒムラー「ヘス君、諸君にアウシュヴィッツでの成功の実例を聞かしてや
      ってくれたまえ」

   他の所長、顔を寄せ合い、何やらヒソヒソ話しをする。

  ヘス  「は、私どもアウシュヴィッツ全体の処理能力は、現在一日五千
      五百体になりますが」
  ヒムラー「一日だぞ、一日!」
  アイヒマン「全くもって満足すべき素晴らしい成果です。素晴らしい、い
      や素晴らしいことだ!」
  ヘス  「これは私どもで先に完成させました新ガス室、及び第三、第四
      焼却室が、かなりの技術改良を加えた結果、炉一基当たり一日最
      高千八百体の処理が可能な性能を持ちましたことが、大きな原動
      力となっております。
       現在第五焼却炉を設計中ですが、こちらはさらに技術改良をは
      かり、処理能力も、一日四千五百と大幅に向上、しかも稼働経費
      の大幅なコストダウンもはかれる性能を持っております。
      (周りではしきりに感心、驚嘆の様子)
      この新焼却室は、来月早々着工に取りかかる予定です」
  アイヒマン「満足ゆく報告です」
  他の所長1「しかし限られた予算枠で、どうやってその建設費などを捻出
      できるのかね?」
  他の所長2「それと建設資材の確保はどうやって…」
  アイヒマン「そりゃ君」
  ヒムラー「(さえぎって)ヘス君、話したまえ」

  ヘス  「はい、アウシュヴィッツでは、ガス室、焼却炉は言うに及ばず、
      各部署で経費削減目標を掲げ、そのために様々な努力、技術改良、
      事務処理の改善、工夫をはかっております。一例ですが、特別に
      訓練した猛犬、これは軍用犬ですが、一五〇頭を収容所内に配置
      しております。もちろん彼らは囚人の看視の任務についているの
      です(一同笑う)。この犬一頭で看守二人分の経費が削減できる
      のです。また、こうやって省かれた人材は、レンガ、ブロック等
      の建設資材の内製化に投入しております」
  ヒムラー「うん、うん。焼却室の具体的改良点について説明してくれない
      か」
  ヘス  「は、えーそれでは、私どもアウシュヴィッツでは、焼却室のど
      こを技術改良したかと申しますと…(図面などを広げ、指で示す
      など何やら話し始めるが、俳優は口をぱくぱくさせるだけでよい。
      アイヒマン、グリュックス、ヒムラー等は時折うなづきながら、
      満足そうに聞いており、質問などもする様子)…」

  他の所長1「ふん、あのゴマスリめが。ろくな経歴もないくせに…」
  他の所長2「しー、声が大きい。見ろ、あのグリュックス統監のうれしそ
      うな顔。一の子分が誉められるのは、自分が誉められているよう
      なものだからな」
  他の所長3「なにせ統監も出世病患者だからな」
  他の所長1「ヘスは実にうまく立ち回っている。ヒムラー閣下に完全に取
      り入ったね」
  ローリッツ「例によって裏でいろいろ画策しているんだろうさ」
  他の所長2「近く、功績が認められてヒットラー総統の山荘に招かれるっ
      て噂だ」
  他の所長3「そのうちベルリンにでも栄転、特進するんだろう」
  他の所長1「そんな話しが出ているのかい?」
  他の所長2「また進級するのか?」
  ローリッツ「いやだねえ、あくせくあくせく出世病患者は」
  他の所長3「鬼のアイヒマンとも仲がいいらしいから、いまや怖いもの知
      らずだろう」
  他の所長1「鬼なんてものじゃない。狂人だよ、一種の…」
  他の所長2「二人とも?」
  他の所長3「一人は要領がいいだけだろ」
  ローリッツ「一人は間違いなく狂人だ」
  他の所長1「優秀な狂人だということは認めるがね」
  他の所長2「その彼と仲良くやっていけるのは、あいつぐらいなものさ」
  他の所長3「きっと気が合うのさ」
  他の所長1「人間の皮をかぶった冷血漢だからね、二人とも」
  他の所長2「爬虫類だね」
  ローリッツ「じゃあ直に冬眠するさ」
  他の所長3「冬眠しない爬虫類もいるがね」
  他の所長1「二人とも、たまには眠り続けて欲しいものさ」
  他の所長2「そう、いっしょに走らされるこっちの身が持たない」
  ローリッツ「全くだ。ウサギもカメも眠るものだ」
  他の所長3「何のことだ?」
  ローリッツ「ウサギとカメの話しさ」

  ヘス  「…アウシュヴィッツ強制収容所では以上のことを完全に実行し、
      成果を上げております」

   ヒムラー、アイヒマンなど大いに満足そう

  ローリッツ「いやあ、さすが! 非常に勉強になりました、ホント。
      ねえ、みなさん」
  他の所長1「いや、全く」
  他の所長2「我々も負けてはいられません。早速にでもヘス所長のアイデ
      アを取り入れますよ」
  アイヒマン「実に素晴らしいアイデアだ! アイデアの連発だね、ヘス所
      長。さすがだ」
  ヒムラー「うん、成績の良い者は皆、それなりの努力、創意工夫を怠らぬ
      ものだ」
  他の所長3「そう、創意工夫、技術の革新ですな」
  他の所長1「うちでもすぐ取りかかってみよう」
  ローリッツ「私の努力不足がつくづくわかりました。ヒムラー閣下、私も
      頑張りますよ、これからは。金を注がず情熱注げ」
  グリュックス「それだよ、ローリッツ所長。ヘス君の所へ、他の収容所長
      を早速にでも視察にやる必要がありますな、ヒムラー閣下」
  アイヒマン「徹底的にアウシュヴィツツの良いところを学んで欲しいもの
      ですな」

  ヒムラー「うむ。他の収容所にも、惜しむことなく技術指導、運営指導を
      してやってくれたまえ。素晴らしく加速度的に改良されていく技
      術。
       しかし、かってヒットラー総統が喝破されたように、技術とい
      うものは痴呆的でさえある。したがって我々は、確固たる目標と
      哲学を持たねばならんのだ。そうだ、全ては作業能率向上を目指
      した生産性の哲学だ!」
  アイヒマン「はい、効率のアップ、生産性のアップ」
  ヒムラー「これこそが現代的な有用性というものだ」
  アイヒマン「これからの世界は、効率性、生産性の高さこそが、正義とも
      なり神ともなる時代となりますぞ。私は断言してもよい!」
  ヒムラー「うん、ドイツのあらゆる分野での生産性向上のために、財団法
      人ドイツ能率協会でもつくろうかね。《能率手帳》なんていうの
      も作ってね。(全員笑う)」
  ローリッツ「ドイツ生産性本部なんてのもいかがでしょう(二、三の者笑
      う)」
   険しい表情にもどっているヒムラー

  ヒムラー「諸君…実のところ、ユダヤ人問題最終解決計画は大いに急がね
      ばならん。…諸君もうすうす知ってはいよう。諸般の情勢は予断
      を許さぬのだ。
       急いで、可能な限り急いで、全ヨーロッパのユダヤ人を殲滅す
      るのだ。ユダヤ人を全て煙突送りにせねばならぬ。もはやユダヤ
      人どもは、煙突による救い以外に出口はないのだ!」

   手をふるい甲高い声を張り上げるアイヒマン
  アイヒマン「そうだ! 屋根裏部屋に潜み隠れるアンネ・フランクだろう
      がユニチャーム・フランクだろうが逃がしはしない! 容赦なく
      引きずり出せ! ドイツのためだ! ナチスのためだ! 死刑
      だ!」
  ヒムラー「諸君、たとえ…たとえドイツが崩壊しても、これだけは達成せ
      ねばならぬ」
  アイヒマン「(立ち上がり、激して)たとえドイツが崩壊しても、これだ
      けは達成しなければならぬ! ヨーロッパからユダヤ人という
      ユダヤ人を引きずりだせ! ユダヤ人を根絶するのだ!」

   全員立ち上がり、こぶしを上げ

  全員  「全ユダヤ人を煙突送りにするのだ!」
  全員  「もはやユダヤ人どもは、煙突による救い以外に出口はない!」
  ヒムラー「気おくれは総統への裏切り。限りなき栄光への道か底なし地獄
      への失墜か、不断の上昇か転落か、その時代の運命を生きて滅び
      る我々には、恐るるものなどなにもない」
  アイヒマン「手にとどく限りのユダヤ人を一人残らず抹殺するのだ。仮借
      なく、できるだけ早く、容赦することはどんな些細なことであろ
      うとも、全て後になって手厳しい仕返しを受けるだろう。全ユダ
      ヤ人を煙突送りにするのだ!」
  全員  「もはやユダヤ人どもは、煙突による救い以外に出口はない!」

  ヒムラー「(まるで観客に向かって言うように)そう…煙突による救い以
      外に出口はないぞ」

   アイヒマン、舞台上を憑かれたように歩み出し、つぶやくように
  アイヒマン「みな殺しだ、みな殺しだ…みな殺しにしてやる…幾百万、幾
      千万人のユダヤ人の、累々たる死体を思い浮かべれば…(ニタリ
      と笑い)いざという時私は、笑いながら自分の墓にとびこんでみ
      せる」
   爆発的に哄笑するアイヒマン
   彼の笑い声に阿鼻叫喚の入り混じった不気味な音楽が重なり、舞台は完
   全な闇となる。

                       (暗転)
 

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