「山ちゃん」は立たないのではなく、立てない。

2006-03-21 16:53:17 | 異人伝
異人伝②:「山ちゃんは立たないのではなく、立てない…」

彼の仕事は加工場と呼ばれているところでの出荷物の仕分け。時刻の分からない締め切られた建物の中で高い高い天井にぶら下がる水銀灯の光が彼を監視する。ひんやりとした空気の間を飛び交う無数の言語、彼はそれを意識しない。意識したことは一度もない。手元にある加工品、その行く先の名称、それらはカタカナで表示されていて仕事の実感を遠くに運び去る。

BOO-!WOO-!とサイレンが響き渡る。休憩時間の知らせで、無数の言語が飛び交う持ち場を離れることができる。「今は一体何時なのだろう?」出荷に際して時計は手放せないものだが、その時間とこれは違う。「今日は一体何曜日なんだろう?」出荷に際して、それも頭に入っていることだが、その曜日ではない。サイレンと同時に、今までの自分が薄くなる。母国語を基調としたモードに変化していくのがわかる。

彼は持ち場を離れて、仲間が待つ一時的な休憩の場へと急ぐ。皆にご馳走する甘い缶コーヒーを買うのも忘れない。「カトさんはポカリだった…」酔っていても間違えはしないが、一応の確認は忘れない。

散り散りになった仲間は水銀灯の弱い場所に集まっていた。憔悴しきった彼らは、黙々と、しかし殆ど乱暴に古い油で揚げられた魚を口に運んでいる。20分間の休憩の中に何があるのだろう?

ミヤウチの馬鹿話が入ることは間違いない、それと雇用者の悪口もだ。これは、自分がここに来て以来、何十年も変わらない。今週末の競馬の話はどうだろう?全ては仲間の疲労度にかかるが、これも多分…出るだろう。そして、沈黙が続く。自分の持分は、以前患ったぎっくり腰の話だけだ。沈黙が続くようだったら、先週大勝ちしたパチンコの話をしてもいいかもしれない。

体力に余裕があるのか、先週から見かける若い男が話を引っ張っている。いつも思うことだが何を言っているのか、サッパリ分からない。仲間はしきりに頷いているが、何の話だかすら分かっていないだろう。ここにそんな余裕は存在しない。いつも捨てているピンクの漬物を口に運びながら、その男が発する音を意識する。「今日は何時に終わるんですか?」男の発した音は、何時の間にか自分に向けられていた。「*時には終わると思う…」そう答えながら、その時間を2時間ほど過ぎた自分がトラックを見送る情景を思い浮かべた。見送り、作業着を脱ぎ…数時間後の作業着を着る準備の為に帰って、酒を飲み、寝る。

BOO-!WOO-!休憩の終わりを告げるサイレンが鳴り響いた。「今週の休みは、アイツを競馬に誘おう、何を喋っているのか分からないが…いいだろう。そして、昼飯をご馳走してやろう」そう、何の意味もなく思い浮かべる。サイレンが切れる、音がした。ガチャ!という、分かり易い音だ。

皆は吸いかけの煙草を消し、それぞれの持ち場に戻っていく。その足取りは、何十年も変わらないひたすらに重いものだ。疲労そのものを体現したような足取りを、ただ呆然と、見送る。

何気なく、時計に目をやる…。ピンクの漬物を食べた所為で煙草を吸う時間がない…。座ったまま、手で腰をさすりながら、呟く。「大丈夫だ、もう少しだけ休める…、もう少し、休める…」



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2 コメント

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Artte打ち上げの件 (一期舎は)
2006-03-28 08:24:04
Artteしずくいしの皆様~。

田沢湖のハーブガーデン輝湖さんで打ち上げしませんかー。宿泊OKだそうです。

雫石も変な人いっぱいいるけど、田沢湖も面白い人がいるなあと発見できると思います。

やろうやろう!

あ、その打ち上げのときに魁新報さん来てくんないかなあ・・・。
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配達だったら、やるよ。 (hanamizu)
2006-03-28 16:32:26
田沢湖方面希望だけど、盛岡でもいいですよ。魁さんは上手く行くよう頼んでみます。楽しみですね。
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