見えざる声

感じたこと・思ったこと・追想、思うままに書きなぐった文章の
羅列を目指し・・。

古~い雑誌、発見

2006年12月14日 | 音楽雑記
我々は現在のロック・ジャーナリズムに対して
一切の希望をもたないし、直対応的な怒りも持たない。
ただあるのは冷たく醒めた視点だけである。
四十数ページのオフセット印刷のこの小雑誌が、
その醒めた視点のささやかな結果であり、
一つの我々が投げうる石つぶてである。

これはこの雑誌、創刊に当たっての前文なのだろう。
(見開きの最初に書かれていたもの)
三十数年の歳月が過ぎてみれば、文章の受け止め方も
多少、いやだいぶ変わってくる。
大上段に構えた文章も良いが、果たして志を貫けた
のだろうか?。
ちなみにこの雑誌とは、「ロッキング・オン」
という雑誌で、既存の音楽雑誌を批判するところから
始まり、より良い書物を発刊するんだの意志は
伝わってくるのだが、気負いすぎた文章が
多すぎて、その当時もまともに読まなかったのを
記憶している。
今でも存続しているのかしら?
いるとしたらあの当時のまま、音楽批評を続けている
のか書店にとんと足を運ばないし、音楽情報にも疎く
なった年齢から、あの当時のままならたいしたものだと
褒めてやりたい。
七十年代初期は、アカデミックなものへの憧れ、
そして反体制が若者の文化のようで、私もこの雑誌を
購入したのは新宿御苑近くの左翼系書店だったと記憶
している。
時代は変わると歌ったのは、ボブ・ディランだったと
思うが、時代は変わったのだろうか。
年齢を重ねていって、「今の若者は」と無意識に口走る
同年代の人々に微笑み、
何だか自分達も言われていたのを思い出し、
良くなったのか、悪くなったのか・・。
私から言わせれば、時代は巡るだ。
そう中島みゆきが歌うように・・。
だからこそ回帰現象のように、昭和の時代がメデイアに
取り上げられ、日本の原風景みたいな取り上げ方を
するのだろう。
積み重ねる年齢で、見えてくるものがある。
この雑誌に文章を書いた人々は、私と同年代だろう
今、自分の書いた文章を読み返し、赤面するようなら
古来からの日本人にほかならないわけで、
私なんかはほっとする。
「恥を知る」が忘れかけられた現代社会において
日本の美徳の最大のものだから・・。

まぁ、批判しているのでなく、私も当時は
文章に共感する部分は多々あったし、ロックがあの
頃は生活のすべて(学生はこんなもの)だったのだから・・。
懐かしいものが出てきたので、ちょいと書いてみたくなった。






最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。