「拾っちゃダメ」(20)
長谷川 圭一
校長の方にももう連絡は取れていたと見えて、野上(のがみ)は来客用のソファーに腰を下ろして里見と川崎珠美を残して、残りの生徒を古賀に託した。
野上はしばらく黙っていたが、珠美の顔を見つめたままおもむろにゆっくりとした口調で言った。
「川崎さん、あなたはショーツが盗まれた日、家庭科の時間は少し遅れて来たんですね。家庭科の山崎先生のお話ですけども」
「あの日はちょっと体調が悪くて、でも欠時がやばくなっていたので、無理をして出てきたんです」
「里見先生が玄関を出られたのが、七時四十分頃、これはビデオカメラではっきりしているんですけどね。すると、里見先生がわざわざ定時制の教室へ行って、女の子のショーツを取るなどという時間は無いんじゃないかね」
「でも、五分もあったら、充分じゃないですか。帰りがけに盗ればいいことだし」
「君、馬鹿なことを言わないでくれ」、里見は怒りを爆発させた。
校長の野上は里見を宥(なだ)めて気を落ち着かせると、珠美ににこやかに言った。
「川崎さん、君は里見先生を犯人だと決め付けるからいけないんだよ」
「だって、それしか考えようがないじゃありませんか」、そう言うと、珠美は泣き出してしまった。
それ以上の話は出来なくて、戻ってきた古賀に珠美をまかせ、定時制の職員室に連れて行って貰い、授業に行かせるように指示すると、校長は困ったように里見の顔を見た。
「だけど、あの汚れは何なんでしょうか。汚れたショーツを落として、恥ずかしくて嘘をついている様にもみえませんでしたがね」
里見も、それ以上に論理が進まなくて、お手上げの体(てい)であった。
「里見先生、何か心当たりはありませんか。例えば、カバンの中の弁当の汁がこぼれたとか」
「それはありません。だって、あの日は弁当をわざわざ外に買いに行ってこんなことになったのですから」
「もう一度見てみましょうか」、野上は校長室の金庫にしまったショーツを袋の中から取り出して、テーブルの上に置いて、汚れた部分を手で広げて見た。ピンクの小さな花柄のショーツで、何かがこびりついた様な汚れがあった。明らかに、普通の汚れではなく、何か生理的な汚れに見えた。
「やっぱり、川崎さんが嘘をついているのかな」と、里見はため息をついた。
結局何等の進展も無く里見はそのまま帰る事となった。明らかになる事実は全て里見にとって不利な方向へと収斂(しゅうれん)していくようであった。電車に乗っても、降りても、里見から事件の重みが消えることは無かった。
「ショーツに汚れが付いていた」「絶対に生理か何かで川崎珠美が嘘をついているに違いないんだ」。
「絶対にそうだ」、健一は地下鉄のホームで電車を待ちながら叫びそうになった。
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ハセケイ コンポジション(151)・hasekei composition(151)