「拾っちゃダメ」(16)
長谷川 圭一
甲斐(かい)が出て行くと野上と川崎親子はチラリと里見の表情を、嘘発見器の波の変化を読み取るように眺めた。
里見の顔には微塵の動揺もなくむしろかすかな笑みさえ見て取れた。
間もなく甲斐が戻って来てビデオをセットすると、里見の帰りの時間に合わせた。帰りの時間、つまり、里見が玄関のドアを開けて、外に出たのは七時四十分で珠美の出ていた三時限目の家庭科が始まって十分経った時間であった。皆の目がその次へと息を潜めるように瞬きを停止したままビデオに注がれた。
「あれっ、門の所が映ってない」と、里見が思わず声を上げた。呆然としたかのような里見の表情に、珠美の母の直美が薄笑いを浮かべて、腰を上げて言った。
「良かったですわね、映ってなくて」
ビデオには玄関から大分離れた門の所までは映ってなくて、玄関と事務受付窓口付近しか映っていなかった。
「では、帰るよ、珠美。お前のショーツも持ってきなさい」
犯人も分らぬままに引き上げようとする母に珠美は幾分不服そうであったが、潮時と思ったのか、B4の封筒から自分のピンクのショーツを取り出した。
「いやだあぁ」、珠美が口を大きく開けて、ショーツを指でつまんで自分の身から大きく離した。
「変なのが付いてる」
確かに、そのショーツには誰の目にもはっきりと分る液体で汚れたようなしみがついていた。里見の顔から血の気が引いた。帰りに拾って、そのまま持ってきたという里見の言い分が根底から崩れるのだ。そしてそれ以上の妄想さえも呼び起こすものであった。
収まりかけていた空気が一変した。
「何ですか、これは。里見先生が仰(おっしゃ)った、持って帰って、そのまま持ってきたって、言うことと全然違うじゃないですか」
気色ばんだ珠美の母に、野上は更に事情を里見から聞き、事実関係を詳しく調べる旨を確約して、川崎親子に引き取ってもらった。
野上は里見に、事の顛末(てんまつ)を報告書の形で整理して提出するように求め、その場を散会した。
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ハセケイ コンポジション(148)・hasekei composition(148)