自作の俳句

長谷川圭雲

0809健太郎日記健太郎の創作ー拾っちゃダメ(21) 長谷川圭一

2014-09-24 09:40:26 | インポート

「拾っちゃダメ」(21)

            長谷川 圭一

帰宅時の通勤電車の中は、朝と違って殺伐(さつばつ)な張り詰めた緊張感は無く、家路に帰る開放感が漂い、健一もその中にどっぷりと漬かるのだが、今はその雰囲気すらが、健一には重苦しいものに思えた。

 それから数日何事も無く過ぎた。事が大きく動き出したのはその次の週の水曜日の朝からであった。

 学校に対して、マスコミからの取材申し込みがあった。

誰かが意図的に漏らしたのか、あるいは、インターネットへの書き込みがあったのか、あるいはマスコミが何かを鋭く嗅ぎつけたのか、いずれにせよ、事は公になったのだ。

最初、取材を拒否していた校長の野上(のがみ)は、都の教育庁とも連絡を取りながら、結局取材を受け入れる事にした。

健一は授業で生徒の浮かない顔に接しながら、「平静」を自分に言い聞かせ、授業を続けた。ぎこちなさは誰の目にも明らかで、それが却(かえ)ってクラスの中に普段と違う静けさをもたらしていた。

生徒の中には既に、取材を慎むようにとの学校の意向を無視した記者の取材を受けた者もあった。

里見健一の評判と、事件への生徒の反応を探るための生徒への取材であった。

三時限目の空き時間に、健一は校長室に呼ばれた。五、六名の雑誌社と新聞社の記者が待ち構えていた。

入って来た健一に記者たちはうさんくさそうな視線を投げ、鋭い値踏みを始めた。校長からの説明で事のあらましは分かっていたが、それでも、記者たちは待ち受けた獲物を舐(な)めずる様に校長から得た情報をもとに健一に質問を始めた。

まだ、駆け出しのような黒縁の眼鏡をかけた若い女の記者が質問の口火を切った。

「今、校長先生からお聞きした所、定時制の女子生徒の下着盗難があったのは、えーと、十月十一日の火曜日、午後七時三十分過ぎ、つまり、定時制の三時限目の授業、が既に始まっていたんですよね。それで生徒さんは一旦自分の教室に行き、そこに荷物を置いて、そのまま家庭科室に行かれた、それが校長先生の御説明でしたよね。家庭科の授業が終わって、教室に生徒さんがお帰りになり、そこで下着が鞄の中からなくなっているのに気付かれたわけですね。

 校長先生のお話によると、里見先生は七時四十分にお帰りになった。生徒さんの下着の盗難は、生徒さんが下着を鞄にいれたまま、家庭科の授業で家庭科室に行かれた、つまり七時三十分以降ということになりますね。

 そして里見先生がその下着を発見なされたのが、七時四十分ということでよろしいですか」

「十一日の火曜日の事ですが、放課後、修学旅行関係の仕事と生徒に提出させた英作文の点検があり、ちょっと遅くまで仕事をして、私が最後だったのですが、英語科を出たのが、七時四十分前だった思います。玄関に取り付けたビデオカメラで確認されたのが七時四十分ですから。正門まで歩いて行く時に、正門のすぐ近くでその下着が落ちていたのを見つけて、ものがものだけに、生徒に、男子生徒ですが、拾われて変ないたずらでもされたらいけないと思って、すぐ、戻って、定時制の先生に渡せば良かったんですが、ものがものだけにちょっと恥ずかしい気がしたのと、戻るのが面倒くさかったせいもありますが、次の日に、生徒部の先生に渡せばいいだろうと軽く考えて、まあ、それが失敗だったんですが、そのままカバンに入れて自宅に持って帰ったわけです」

「それでその下着はどうなさったんですか」、別の、今度はキャジュアルな紺のジャケットを着た中年の男がとぼけた表情で聞いた。

「そんなものをいちいち出したりはしませんよ。そのまま入れて、そのまま持ってきました」

「でも、一度くらいは出したでしょう」、太い濃い眉の若い男がいかにも声高に聞いた。

「出しませんよ。生徒が見つけるまで私自身も忘れて居たぐらいですから」

「でも、見つけた女子生徒さんはショックだったでしょうね。信頼していた先生のカバンから女の子の下着が出てきたわけですからね」、若い記者は質問するでもなく意図的に口にした。

「その事情も、その子には説明してあります」

「下着を盗んだ生徒が、その下着を門の近くに捨てたとは考えられませんか」、さらにその記者は里見の表情を窺いながら尋ねた。

「私もそれを考えたんですが、それは分かりません」

「でも、時間的に言ってどうなんですか、つまり、先生が拾った時間と、盗まれた生徒さんが登校した時間ですが、大体十分の差がありますね。その間、誰か落ちているのを見た人は居ないんですか。学校だから、結構人の出入りもあるだろうし」、紺のジャケットの男が里見に助け舟でも出してやるかのように口を出した。

「そういった人が居たら、こんな事にはなりませんよ」、健太郎は苦虫を噛み潰したように答えた。

「里見先生が帰られたのが七時四十分で、その生徒が登校して、家庭科の教室に行ったのが大体、七時三十分位になります」と、校長の野上が事実を確認した。

「そうすると、誰か生徒がいたずらして、そこに捨てたということは可能性としては低い、という事ですね」と、若い黒縁眼鏡の女が念を押した。

校長も、里見も余分な事は付け加えなかった。

「それでその下着の状況はどうだったんですか」、それまで黙っていた中年の、競馬のダフ屋風の男が聞いた。

「と、おっっしゃいますと?」、里見はその男に嫌な予感がした。

***

ハセケイ コンポジション(152)・hasekei composition(152)

022


最新の画像もっと見る