昨日宅配業者が受け付けてくれなかった支援物資を直接石巻かほく商工会へ届けてきました。
高清水→田尻→小牛田へ
↓ 小牛田のホーマックは営業していませんでした。店舗のガラスが破損したようです。
↓ 小牛田から涌谷を通って
途中偶然前を走っていたのは涌谷の滝川部長。
青年部の黄色の見守り隊のシートをつけていたのですぐ気付きました。忙しいそうでした。
↓ ここも青年部がいる事業所。主張発表宮城県代表の佐藤さん。
気になったので車を停めました。
↓ そして河南桃生商工会へ到着。もちろん日曜日なので閉まっていました。
支援物資はここを拠点に女川商工会、石巻市牡鹿商工会、石巻市稲井商工会へと届けられます。
↓ 石巻かほく商工会
ここを拠点に支援物資は石巻市北上商工会、雄勝商工会へと届けられます。
誰にも会えませんでしたが、目的の支援物資を置いて次の場所へ移動しました。
↓ 追波川公園には自衛隊の皆さんが野営していました。
かなりの人数です。今まで見たことがないくらいの輸送車、バイク、テント。
↓ 雄勝支所は津波の被害で形はあるものの使えない状態でした。
↓ 女川町立病院から見た女川の街
女川商工会は見つけられませんでした。
↓ 4・5階あるビルの屋上にもがれきが引っ掛かっていました。
15mくらいはあるんじゃないかな。
↓ 女川町立病院の駐車場のフェンスがなくなっている。
ここはかなり高い場所にあるのに、この高さまで津波が来たんだろう。
↓ 次にむかったのが石巻の稲井商工会。
途中 稲井公民館を通りました。ここも避難所になっています。
↓ 石巻大橋付近。
↓ 石巻市内の交差点。ここにもまだ泥が残っています。
営業しているお店はほとんどありません。
次にむかったのが東松島(矢本)の大森理事のところ。
営業再開にむけて準備をしていました。
7日の余震で折角直したばかりの壁などまたやられたと言っていました。
東松島は約6割が冠水。幹線道路脇はがれきが沢山ありました。
↓ 野蒜駅も津波の影響で使えない状態に。
そして最後に大学時代の松島の友人宅を見て戻ってきました。
被害の範囲があまりにも広すぎる。道路は凹凸。電柱は曲がり。瓦礫の山。
避難所の仮設トイレを2か所利用させていただきましたが、
かなり汚れていて衛生状態がよくありませんでした。
消石灰やクレゾール、アルコール、ジアゾ塩素などの支援物資がまだ必要かもしれません。