シャガールの展覧会のあったほぼ同じ時期、ロンドンのウォータールー駅の近く、テムズ川の南にあるHayward Galleryで開催されたルノアール展を見に行った。ルノアールと言えば、明るく暖色系の色使いで無邪気な少女や豊満な女性の姿を美しく描いた幸せな画家という印象があるが、実際、彼の絵を年代順にみてゆくとそう単純ではなさそうだ。1860年代から創作を開始し、10年ごとに作風も大きく変わっている。この展覧会はそんなルノアールの変貌を丹念に追いかけていて充実したものだった。
ところで、今やどこへ行っても禁煙。したがって煙草に火をつけるマッチを置いているところもどんどん減っている(に違いない)。たばこを吸わないのだからマッチもいらないのは当たり前だ。しかし、かつて、喫茶店と煙草は切っても切れない関係にあった。したがってどの喫茶店にもテーブルの上に灰皿とマッチは必ず置いてあった。
一時期、喫茶店に行って、帰りに支払いを済ませた後、レジ横に置いてあったマッチを持って帰ったことがあった。なんとなく、記念になるかもしれないと思い。そうして集まったマッチがずいぶん沢山あったのだが引っ越しなどの整理の際に処分してしまい、今はもうほとんど残っていない。わずかに残ったマッチの一つが喫茶室(喫茶店と言わないところに何か矜持のようなものを感じる)「ルノアール」のマッチだ。喫茶室「ルノアール」は銀座で働いていた時分、同僚と昼食後によく通った。このマッチ箱の絵はルノアールが1888年に描いた「Little Girl Carrying Flowers(花を抱えた少女、サンパウロ美術館所蔵)」。この絵はルノアールの画風が変わった転換点と言える一作で、コローや18世紀のフランス画壇、1870年代の印象派や当時最新のセザンヌの作品まで、多様な影響を見る向きもある。
一方で、自分にとっていつの間にか喫茶店でコーヒーを飲むという習慣はなくなってしまった。イギリスではコーヒーはあくまで食後の飲み物の選択肢としての一つであり、それだけのために場所をかえるということは考えられなかった。スターバックスや、ネロといったコーヒー店はあるが、それはPCで仕事をしたりスマホをいじるためのものだ。喫茶店では商談のような機微に触れることは話しずらいし、誰が聞いているかわからない。
入ったとしても、コーヒーだけというのは物足りないと感じるし、暖かいコーヒーなら15分もあれば飲み終えてしまう。飲み終えてしまったら、何だか居候でもしているようで、いつまでも席に残っているのは居心地が悪い。その点、イタリアのように、立ち飲みのバルで濃いエスプレッソを小さなカップに、健康には良くないが後で澱の残るほどたっぷりと砂糖を入れて飲むのなら、すんなりと行けるのだが。
コロナで短縮営業していた喫茶室「ルノアール」が15日から通常営業に戻ったという。学生時代や若い頃はあれほど足繁く通ったのに。会いたい人がいて話したいことがあったあの時代にはもう戻れない。これが喫茶店から足が遠ざかった本当の原因だ。考えてみればもう何年も喫茶店に入ったことがない。それは喫茶店やコーヒーを飲むということに問題があるのではなく、話すべき相手と、話すべき事柄を喪失してしまった自分にこそ原因がある。ましてや、イギリス風の生活習慣に染まってしまったからでもない。
マッチ箱の絵をHayward Gallary で買った画集の絵と比べてみた。喫茶室「ルノアール」のマッチ箱の絵は、背景も手に持っている花も割愛されている。そこにルノアールのこの年の変化がうかがえるのだが。それにしても、この喫茶室「ルノアール」のマッチは、だれと、いつ、どんな話をしたときに持って帰ったものだろう。このマッチ箱だけが知っているかも(などということはないか・・・)
喫茶室ルノアールのマッチ箱と1888年から1889年にかけての画家ルノアールの絵をいくつか。