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回顧と展望

思いついたことや趣味の写真などを備忘録風に

待つ

2020年06月19日 13時35分09秒 | 日記

待たせるよりも待つ方がいい、というのは多くの人に共通していると思う。個人的には待つのはあまり苦にならない。それよりも待たせることになったときのほうが辛い。特に待ち合わせの時間に遅れそうになると、焦燥感を強く感じてしまうのは生まれつきの性格なのかもしれない。

待たせる、待つということでは苦い記憶がある。かつて銀座の画廊で開かれた展覧会に昔からの知人に招待された時のこと。久しぶりに出品したので良ければ見ていただけませんか。午後8時の終了間近だと割合空いているし、その日は展覧会場に張り付いていますのでご案内します、ということだった。その日はちょうど出張から帰ってくる日だったので、7時半過ぎには銀座に到着できるようにと予定を組んだ。羽田までは順調だったものの、電車では銀座までの乗り換えに時間がかかるかもしれないと思って乗ったタクシーが誤算だった。はじめタクシーの運転手に聞くと今日はあまり混雑していないようだ、ということだったのに、大井を過ぎたあたりで首都高速が激しい渋滞。時間は刻々と過ぎる。携帯電話の無い時代、高速道路だから公衆電話をかけることもできない、じりじりしているうちにとうとう午後8時を過ぎ、目指す松屋通りに面した画廊の前に着いたのは15分も過ぎた後だった。その時タクシーのカーラジオから流れていたのはラベルのボレロだった。あの畳みかける旋律が切迫感を一層盛り上げてくれた!!

急いでタクシーを降りてみると、もう画廊が暗がりの中で明かりを落としている。やむなく本人の家に電話を入れてお詫びしようとした。何度か電話を入れて、やっと9時ころ相手が出てきた。お待ちしてましたが来ていただけなくて残念でした。あの後食事でもと思ってそばのレストランを予約してあったのですが、それも無駄になってしまいました、と、落ち込んだ声で。こうなってはもうどうしようもない。あんなにきついスケジュールを組んだ自分に非がある。もっと余裕を持つか、あるいは間に合わないかもしれない、と予め言うべきだった、と後悔の念が沸き上がってきた。

それで、お詫びになるかどうかわからないが、都合のつく時に食事でも、と申し入れると、では明日なら、との返事。その日は特に予定がなかったので、それではどこで、と訊くと、その前に新橋で仕事があるので有楽町の「そごう」の入り口に午後6時ではいかがでしょう、と。それまで「そごう」に行ったことがなかったので、日比谷のレストランを予約しておいて、余裕をもって向かったら10分以上前に着いてしまった。入り口のあたりにはざっと見て10人以上が人待ち顔で立っている。ほとんどが若い女性で同性を待っているような雰囲気で、自分のような風体の人間はほかにあまりいない。非常に気まずい思いをしていると、午後6時きっかりに知人が現れた。早く着きすぎてずいぶん間の抜けた顔をして待っていたのだと思う。意地悪をしたのではないと思うが、あのような場所では・・・そのあとの食事では出品した絵のことを話したと思うが、この二日間のことでなんとも気詰まりなものになってしまった。結局、その絵を見ることはなかった。

待ち合わせ場所では、待つ人がそれぞれの表情で待っている。待ち合わせ相手が現れた時の反応も千差万別、そこは人間模様、人生の悲喜が凝縮されたところだ。会った瞬間の表情で、人間関係がはっきりと浮かび上がってくる。ただ、携帯電話が普及した現在、待つ、待たせるという感覚も随分変わってきて、相手に連絡をしておけば、かつてのようなすれ違いや罪悪感は感じないで済むに違いない。今はない有楽町の「そごう」で待ち合わせたのはこれが最初で最後だった。

今朝咲いた庭の薔薇をいくつか。

イントリーグ

ティネケ

ブライダルピンク

コメント
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