ぽかぽかyukotan

台湾生活を終え、2013年に結婚出産。二人の子育てに奮闘中!!日々のこと、台湾・香港・たまに中国の思い出旅日記。

台湾に着いた日のこと

2020-05-21 14:25:00 | 台湾思い出日記
台湾の国立台湾師範大学に中文を学びに行ったのは、今から約10年程前。
台湾に興味を持った最初の最初のきっかけは、私のおじいちゃんが台湾が日本時代に台湾の総督府に勤務していたから。
それで、いろいろ調べているうちに台湾の魅力にはまって行った。因に中国語は大学時代の授業&語学学校のみ。通じるかもわからない中国語!!

台北に着いたその日、その日から入居するマンション目指し台北駅から重いスーツケースを持ち、タクシーで公館駅前まで行く。朝日本を出発、台湾に着いた時には外は真っ暗。この時、公館駅出口の場所を間違えたのか、なかなか留学仲介者の日本人女性と会えなかった。タクシーの運転手のオジサンも、一生懸命に探してくれて、台湾人の優しさを感じたのを覚えている。

さて、無事に日本人女性と会うことができ、マンションに到着。ん?私はあることに気付く。マンション入り口に並んだポスト。私の部屋の番号が無い。聞くと、実は私の部屋は、マンション屋上に後から作った部屋。だから、ポストは無く、郵便物はマンション管理人に渡されるというわけ。

なるほどというか‥‥違法な作り?の場所に私は住むのか?ちょっと不安になりながらも、8階の部屋から見える隣にある市民プールの賑やかさ、聞こえてくる台湾ポップスに癒され、これからどんな台湾生活が始まるのかと、心ウキウキしていた。

私の住んだマンションは7階までが本当のマンション。私の部屋はその屋上に作られた6部屋くらいある中の一室。7階まではエレベーターで上がり、そこから上は階段で行く。こういう部屋を「鐵皮加蓋」と言うらしい。もちろん洗濯機も屋上に何機か並んでおり、小銭を入れると動く。

入り口の扉を開けると両脇に部屋が三部屋ずつ並んでいる。隣の部屋が多分台湾大学の男子学生さんで、いつも友達が遊びに来ていて大声が聞こえていた。

私の部屋は、かなり広く、正方形。9~10畳はあったかな?キッチンも付いていたけど、初日にキッチンの扉を開けた瞬間ゴキブリ君と目が合ってしまったからか、自炊したい気持ちが無くなってしまった。棚には、前に住んでいたという日本人が置いていってくれた食器があった。

ベッドはさすが台湾。でかい!!ダブルベッド。しかも、ビニールカバー付き。暑い台湾では蒸れる蒸れる。でも、文句言ってられない、ある物で生きなければと、この時勉強したのかも。

あとは、シャワールームにトイレと、大きなクローゼットと机。そして冷蔵庫の上にはテレビ。あとは電子レンジと、いたって普通の部屋。机とクローゼットが暗めの色で、ちょっと私好みでは無かったけど、ガマンガマン。

そういえば、この部屋のオーナーさんは若夫婦で部屋を幾つも持っているお金持ち‥‥に見えた。

因みに、無収入の私にとっては、どこかで節約しなければと思い、洗濯は徐々に手洗いになっていった。

今思えば、よく1人で行ったな私!!やっぱり両親は心配しただろうな。




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