季節の中

季節を感じるお話とフォト~ゆたりと流れる日時計の時

ムスカリ

2013年03月23日 | あのころ

春は いきおいあっまって
ブログに アップするのが 間に合わない
毎日 なんかしらある
お庭の片隅で
一週間遅れの開花アップ

いつか咲く今日は咲くかと願う日に
        少しおくれしムスカリの花  鳥海 昭子


ぶどうの房を逆さにしたような花をつけるところからグレープヒヤシンス ともいいます、きょうこそは咲くかと高まった期待をはぐらかすらかされ ましたが、ようやく花を開きました。


ムスカリ(グレープヒヤシンス)【英名】Muscari, Grape hyacinth【学名】Muscari armeniacum 【科名】ユリ科【属名】ムスカリ属【別名】 【原産地】地中海沿岸【園芸分類】球根性【花色】【花期】3~4月【花言葉】「寛大なる愛」【備考】日当たり大好き

 


ネコヤナギ 猫柳

2013年02月24日 | あのころ

ネコヤナギ
猫柳と 漢字で書くんだって
そうなんだと
いまさらに 思う
だから あなたは
一般常識がないというのと
言われてしまう

まあいいかと思う
僕は 理系だしと 
心の中で言い訳をしてみたりする

水ぬるむ小川の岸のネコヤナギ銀いろの穂をはじき初めたり  鳥海昭子

                小川の水のぬるむころ、岸辺に生えるネコヤナギが銀色の
                花穂を出しはじめました。雪国の春の約束は守られて、小
                川の水音も風もやわらかい季節です。


スペイン旅日記(2)

2013年01月10日 | あのころ
2012/12/24バルセロナータラゴナーアルムサフェス
 今日も目が覚めてしまった二時半です。ようやく、夜が明けたといっても、朝八時で朝焼けです。
 
バルセロナの町全体が、古いものが沢山残っている。美しく、清潔な街だ。ここが、不況真っ只中の国とは、想像しにくい。添乗員さんが言うには、バルセロナのあるカタルーニュ州(県)は、スペイン一、豊かで、スペインから独立しようとしていると。
 建築家アントニオ・ガウディの建築が、あちこちにあり、今は、世界遺産になっている建築物があちこちにのこる。
 まず、グエル公園に行く。グエル公園、何よりも東門の巨大な鉄の門、水に再利用を目的とした宙に浮いた様な広場、松の木を模した脚で支えられた緩やかな曲線を持つ道路、正門にある、タイルを貼ったトカゲなどなど。松の木を模した脚は、構造力学的な、吊り橋の構造のようなものらしく、強固であると。また、その脚の部分には、鳩が住み着くようにと石組みに穴が設けられており、ガウディ自然との調和が感じられる。漆黒の鉄を使った装飾(鉄の門、スロープの手すり)がみられる。

サグラダファミリア、建築開始から百年、今も工事中という教会、ローマ法王もいらしたそうだ。現在八本の塔があり、これが、最終的には、十六塔で完成で、あと百年はと。沢山の観光客が訪れる教会で、今日も沢山の人々が。建物は、樹木を模し、支柱が、枝分かれし、百メートル以上の塔を支える構造になっている。これも公園と同様の構造力学的構造になっている。光がステンドグラスから射し込む美しい。なによりも、信者が、森といいう自然の中で、木漏れ日を受けて、お祈りをする様に建築されたらしい。優雅な曲線の小さな学校が併設されている。工事に携わる職人さんの子弟の学校だそうだ。

ガウディ像

サクラダファミリアの歴史

日本人作家の像 東洋的顔立ち

道路がまた整然とされた碁盤目状につくられている。大きな通りは、交差点に車が、停められる様なスペースが、もうけられており、これも百年以上前に設計されたときくと、これも驚く。


街全体にプラタナスが、植えられており、丁度落葉が始まった頃、ブーゲンビリア、シュロの木、ユリオプシディジーなど、見られる。日本の十一月上旬の気候、十八度まで、日中は、気候が上がったらしい。
今日は、嬉しいことが有りました。熊谷のSさん?の奧様に、一人じゃ寂しいでしょう。バスでお近くにおいでよと誘われたこと、夕飯のテーブルで、御一緒した母娘の親子連れと親子三人組は、八王子、川崎の北とお近くですねからお話し出来た。自分も母親を連れて海外にも出来たら良かったのにと今更に思う。
そうそう、添乗員のTさんは、同郷の方だそうで、偶然は面白いなあとおもいました。

 

午後から、バルセロナから百キロ離れたタラゴナの水道橋をみる。これが、紀元前のローマ帝国のものだと聞くと感動すら思う。橋脚は、馬車が、通れる幅で組み上げられているそうだ。facebookにこの写真を載せたら、ここに行きましたと、ヨーロッパは、石の文化だねと、どうして、これが、崩れないのかのかとか、即座の反応、これが、現代の情報社会だと思う。コミニュケーションが簡単にできてしまう。これは、きっと、大事なことだと思う。一方で、取り残された人々も多い。

ここから三百キロ離れたアルムサフェスのホテルについたのは、十九時半、これから、結婚式場の様なホテルのレストランで、チキンのパエリアを戴く。パエリアは、直径八十センチ位の焼き皿で一挙に焼かれ、まるで結婚式場でのケーキカットの写真を撮るようだ。


秋の陽射し

2012年10月11日 | あのころ

朝の陽射しを受けて

         輝きを増す紫陽花の葉に

                    シジミ蝶が羽根を 休めている

そんな長閑な時

                         秋が深まる

 

 

 


女郎花

2012年08月21日 | あのころ

万葉草花苑に行くと
暑い暑い陽射しの中
男郎花(オトコエシ)女郎花(オミナエシ)が 
風に揺れていた
心の揺れの様

山の家の人訪ねゆく車窓よりオトコエシ雪のように咲く見ゆ  鳥海昭子

        黄色のおみなえし(女郎花)に似ていますが、オトコエシ(男郎花)は
        白くてたくましい感じがします。友人を訪ねるバスの車窓から、真っ白
        に咲いているのが見えました。 鳥海昭子


儚くて深い思いのオミナエシ花の黄色の揺れ止まぬなり  鳥海昭子

「をみなへし」の名前の由来は、おみな(女)とへし(圧し)で圧倒する説と、黄色い花を粟ご飯に、オトコエシ(男朗花)の白い花を白飯に例える説があるようだ。男尊女卑の時代の名残のような考え方だが。。他に説もあると言う。(山渓社「野草の名前」より)

オミナエシ(女郎花) オミナエシ科オミナエシ属秋に七草の一つで、草地や林縁に生育しますが、近年は少なくなっています。粟ご飯を女飯(おみなめし)と言った時代があり、オミナエシの黄色い花が粟ご飯を連想させることが名前の由来。草丈:60~100cm 花径:4mm一方オトコエシ(男郎花)は白米は男性が食べるのでオトコメシ(男飯)なんとなく面白い花の由来でした。いつもお対でいてほしいので、勝手に花言葉は、「めおと」


ネモフィラ

2012年03月30日 | あのころ

此花 大好きな空色
 そして
 毎年 こぼれ種から
 咲いてくれる
 うれしいやつ

 

ネモフィラ【学名】Nemophila menziesiiNemophila insignisネモフィラはギリシア語のネモス(林)とフィロス(好き)【科名】ハゼリソウ科 【属名】ネモフィラ属【別名】ルリカラクサ コモンカラクサ 【原産地】カリフォルニア州【園芸分類】秋蒔き1年草【花色】白、青、あいいろ【花期】3月~5月 【備考】インシグニスブルー(青地の中央に白)スノーストーム(白地に黒い小さなそばかすのような斑点)ペニーブラック(黒色に白い縁取りが入る)マキュラータ(花びらの端っこにちょこんと青い斑点のはいる)


萩~「迎える」

2011年09月16日 | あのころ

萩~「迎える」

ちょうど萩が一輪に輪と咲き始めた。亡くなった父を思い出す。大正10年の生まれだから、1921年生まれで、ちょうど、90歳だ。子育てを終え、晩年は、成人学校で合唱をしたり、懐かしい戦友会の世話をしたりしていた。その父が、危篤だ、至急、田舎に帰れと電話が入ったのは、会議中だった。会議もそこそこにし、田舎に帰った数日後に父親が亡くなった。七回忌を終えたばかりだ。お盆、お彼岸と必ず、お墓詣りに行くように努めている。

咲き始めし あずき色した 萩の花 父親の 在りし日の顔(はなはな)

咲き初めしハギ叢を縫うしじみ蝶ひとつふたつもの想いあり  鳥海昭子

秋の七草の代表格で、「万葉集」にも多くうたわれています。 ハギのまわりを
たわむれるように飛び交うシジミチョウは、浮かんでは消える自分の小さな想い
でもありました。 鳥海昭子



花名 萩 (はぎ)(宮城の萩(みやぎのはぎ)、山萩、など)【学名】【科名】豆(まめ)科【属名】【別名】【原産地】【園芸分類】【花色】【花期】6~10月】【別名】庭見草」(にわみぐさ)、「野守草」(のもりぐさ)、「初見草」(はつみぐさ【花言葉】「思案」「思い」「柔軟な精神」【勝手に花言葉】「迎える」【備考】
【これまでのアップ】2010年09月13日はぎ~「迎える」


あの頃チャンネル(2010年08月15日~2010年08月21日)

2011年08月16日 | あのころ

あの頃チャンネル(2010年08月15日~2010年08月21日)

去年さえ懐かしい。庭に咲く草花 好きな空色の草花 そして日本海への旅立ち。南小谷(大糸線)から日本海の糸魚川まで峠を越え、ひたすら歩く。かって、背負いこの50Kgの塩を背負い歩いたという日本海から塩尻に通じる街道、今は、もう、道らしく道もなく埋もれる。それを見護ってきたお地蔵様の優しきお顔