萩原玲二が『弁天さま』を漫画化したのは、“財団ひとり”(!)ならぬ、“編集ひとり”(?)であるところの、実業之日本社A木氏の采配によります。
自分に決定権があったら、以前筒井先生にも直接「先生はい!(挙手)漫画化したいです!」と進言した『エンガッツィオ司令塔』を選んだかもしれませんが、20ページという制約ではむつかしいかしら‥‥‥
『弁天さま』は、ようするに弁財天に逆ナン(!)されてセックスする話です。
そして、その肝心の性交の場面が、すべて××××××××××××××××××××××××××××××××と、伏字になっているという、いわば官憲の検閲を揶揄したような作品であります。
そういう意味では、巷間話題の非実在なんちゃらに関連した、時宜にかなった選定といえましょう(?)。
しかし、この揶揄―――「パロディ」といってもいいと思いますが、つまるところ「官憲」とか「体制」とかいう、拠って立つものが存在してはじめて成立するアンチで、当然そこに限界があります。
しかし、油断できないのは「パロディ」はときに原典を凌駕する化学変化をおこすことで、わたくし、すぐ連想されるのが、山中貞雄の『丹下左膳余話 百万両の壷』〔1935〕と、宮崎駿の『ルパン三世 カリオストロの城』〔1979〕なのであります。
この2作の類似については、そのうちうだうだひとりごちてみたいものです。
と、脱線しつつ、つづく。