
10月9日は同窓会でした。
場所は両国です。
今年の同窓会は、主人が幹事でした。
毎年持ち回りで幹事をすることになっています。
主人は、あれやこれや一人でやっていたようです。
私は、主人とは学年が違うので、無関係を決め込んで何も手伝いませんでした。
毎日家にいるので、暇つぶしになったことでしょう(笑)
当日、主人は一人で早めに出かけて行きました。
駅までは、私が送りました。
私の事は、娘が、駅まで送ってくれました。
私の出かける時間に合わせて、わざわざ来てくれました。
家を出る前にツブはリュックに色々なものを詰め込み背負ってきました。
途中の車の中の会話で、どうやらツブは、自分も私と一緒に、電車に乗って出かけるつもりでいるというのがわかりました。
「それで、リュックを用意していたのね。違うのよ、出かけるのは、ババだけ。ツブは、お見送り。」
とママから言われて、怒って大泣きしました。
やっと泣き止んで落ち着いた頃、車は駅に着き、私が車から下りると、再びツブは泣き出し、車を降りてからも、ツブのギャンギャン泣く声が聞こえていました。
かわいそうだけど、連れて行くわけにいかないので、仕方ありません。
私の家から両国までは、とても遠かった。
私は、東京の下町出身なのですが、両国に行ったのははじめてでした。
両国と言えばお相撲です。
お相撲さんの姿をみられるかなと思いましたが、残念ながら、それはありませんでした。
最初に希望者だけで、江戸東京博物館を見学しました。
みんなから離れて、一人でのんびり館内を回り、写真もたくさん撮ってきました。
歴史に弱い私なので、色々勉強になりました。
見学時間が1時間半くらいしかなかったので、全部見きれなかったのが残念です。
サークルの同窓会は今年で4回目です。
主人は4回とも出席していますが、私は2回目です。
卒業後、北は北海道から南は沖縄までに散らばった人たちが一堂に会しました。
30人位のメンバーになりました。
抽選で席を決めるのですが、私はラッキーにも同級生たちのそばに座る事ができて、ホントに良かった!
しかも、隣の席は偶然にも主人で、リラックスできました。
私は、社交的ではないので、知らない先輩のそばの席だと、何を話したら良いか分からず、きっとこの会もつまらないものになってしまったと思います。
集まったのは、昭和40年卒業の大先輩から昭和47年卒業の私たちまで、8世代に渡る人達です。
自己紹介の話題はやはり、3.11の大地震とその後の津波や原発のことが多く、先輩たちの中には岩手出身の人や、現在福島在住の人もいて、震災の被害の悲惨さを改めて感じました。
3.11の前に起きたニュージーランド地震で娘さんを亡くした同級生も来ていました。
彼は、偶然にも私の隣の席になりましたが、そんなことがあったなんて、全く想像できないほど、いつものように明るく元気に振舞っていました。
奥さんはお医者さんなので、娘さんの悲しみが癒えない時期に被災地へ出向き、ボランティア活動をされていたようです。
頭が下がる思いでした。
2時間、旧交を暖め、私は二次会には出席せずに帰りました。
クマが散歩を待っていると思うと気が気でなかった。
最近のクマは、おしっこの我慢ができない時があるので、焦りました。
でも、セーフでした。
クマも勘九郎も私の顔を見て、いつものように大喜びをしていました。
主人は地方から出てきた人たちと、二次会、三次会とおつきあいをし、帰ってきたのは夜中に近かったみたいです。
年に一度開かれる同窓会。
来年は私たちの年代が幹事になります。
先頭に立ってやってくれる人がいるので、私はお任せです。
どんな同窓会になるのか、今から楽しみです。

場所は両国です。
今年の同窓会は、主人が幹事でした。
毎年持ち回りで幹事をすることになっています。
主人は、あれやこれや一人でやっていたようです。
私は、主人とは学年が違うので、無関係を決め込んで何も手伝いませんでした。
毎日家にいるので、暇つぶしになったことでしょう(笑)
当日、主人は一人で早めに出かけて行きました。
駅までは、私が送りました。
私の事は、娘が、駅まで送ってくれました。
私の出かける時間に合わせて、わざわざ来てくれました。
家を出る前にツブはリュックに色々なものを詰め込み背負ってきました。
途中の車の中の会話で、どうやらツブは、自分も私と一緒に、電車に乗って出かけるつもりでいるというのがわかりました。
「それで、リュックを用意していたのね。違うのよ、出かけるのは、ババだけ。ツブは、お見送り。」
とママから言われて、怒って大泣きしました。
やっと泣き止んで落ち着いた頃、車は駅に着き、私が車から下りると、再びツブは泣き出し、車を降りてからも、ツブのギャンギャン泣く声が聞こえていました。
かわいそうだけど、連れて行くわけにいかないので、仕方ありません。
私の家から両国までは、とても遠かった。
私は、東京の下町出身なのですが、両国に行ったのははじめてでした。
両国と言えばお相撲です。
お相撲さんの姿をみられるかなと思いましたが、残念ながら、それはありませんでした。
最初に希望者だけで、江戸東京博物館を見学しました。
急な長いスロープのエスカレーターです。

常設の江戸博物館は、建物の5階と6階部分にあります。
日本橋です。

当時の木製の橋を再現しているようです。
江戸の町のさまざまなジオラマが展示されていました。


会場は資料の保存のために敢えて暗くしているらしく、写真を撮るのは難しかったです。
写真はフラッシュをたかなければOKでした。


常設の江戸博物館は、建物の5階と6階部分にあります。
日本橋です。

当時の木製の橋を再現しているようです。
江戸の町のさまざまなジオラマが展示されていました。


会場は資料の保存のために敢えて暗くしているらしく、写真を撮るのは難しかったです。
写真はフラッシュをたかなければOKでした。

みんなから離れて、一人でのんびり館内を回り、写真もたくさん撮ってきました。
歴史に弱い私なので、色々勉強になりました。
見学時間が1時間半くらいしかなかったので、全部見きれなかったのが残念です。
会場は、駅のそばのちゃんこの店です。


サークルの同窓会は今年で4回目です。
主人は4回とも出席していますが、私は2回目です。
卒業後、北は北海道から南は沖縄までに散らばった人たちが一堂に会しました。
30人位のメンバーになりました。
抽選で席を決めるのですが、私はラッキーにも同級生たちのそばに座る事ができて、ホントに良かった!
しかも、隣の席は偶然にも主人で、リラックスできました。
私は、社交的ではないので、知らない先輩のそばの席だと、何を話したら良いか分からず、きっとこの会もつまらないものになってしまったと思います。
名前のわからない先輩もたくさんいました。


集まったのは、昭和40年卒業の大先輩から昭和47年卒業の私たちまで、8世代に渡る人達です。
自己紹介の話題はやはり、3.11の大地震とその後の津波や原発のことが多く、先輩たちの中には岩手出身の人や、現在福島在住の人もいて、震災の被害の悲惨さを改めて感じました。
3.11の前に起きたニュージーランド地震で娘さんを亡くした同級生も来ていました。
彼は、偶然にも私の隣の席になりましたが、そんなことがあったなんて、全く想像できないほど、いつものように明るく元気に振舞っていました。
奥さんはお医者さんなので、娘さんの悲しみが癒えない時期に被災地へ出向き、ボランティア活動をされていたようです。
頭が下がる思いでした。
2時間、旧交を暖め、私は二次会には出席せずに帰りました。
クマが散歩を待っていると思うと気が気でなかった。
最近のクマは、おしっこの我慢ができない時があるので、焦りました。
でも、セーフでした。
クマも勘九郎も私の顔を見て、いつものように大喜びをしていました。
主人は地方から出てきた人たちと、二次会、三次会とおつきあいをし、帰ってきたのは夜中に近かったみたいです。
年に一度開かれる同窓会。
来年は私たちの年代が幹事になります。
先頭に立ってやってくれる人がいるので、私はお任せです。
どんな同窓会になるのか、今から楽しみです。

