ぐだぐだくらぶ

ぐだぐだと日常を過ごす同級生たちによる
目的はないが夢はあるかもしれない雑記
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灰色の鶴 1章:魔法使い

2011年03月08日 23時40分42秒 | 小説
11月も半ば。

街路樹の葉もほとんど落ちて、歩く人の服装も厚着になってきた。
季節はもうすぐ冬を迎える。

有希(あき)は家へ続く歩道を歩いていた。
歩道の端には、踏みつけられた落葉がきれいに集められている。
近所の潔癖症のおばさんがやったに違いない。
そんなことを思いながら歩き続ける。

落葉の山を散らせながら、突然前に黒猫が走りこんで来た。
目の前で立ち止まると、こちらをじっと見つめてくる。

―――・・・何よ。

有希が思ったと同時に、黒猫は走って逃げて行った。
誰も居なくなった道を、家へと急ぐ。



「ただいまー」
有希はいつも通りに家のドアを開けた。
そのままリビングを素通りし、自分の部屋に鞄を下ろす。

「ちょっと、ただいまくらい言ったらどうなの」
「・・・言ったじゃん」
「あ、そう?聞こえなかったの」
いつもこの調子なのは、嫌味のつもりなのだろうか?
有希はそろそろ呆れ始めていた。
「もう高校3年生なんだから、もう少し・・・」
ドアを閉めた。関わるのが面倒だ。

有希は親に反抗的な態度をとっているつもりはないが、
自分の親には少なからず落ち度があると考えている。
父親は前から子供には我関せずといった状態。
母親は母親で、自分が昔遊び呆けていたのを後悔しているからか
有希にしつこく勉強を押しつけ、しっかりとした大学にまで入れようとしている。
有希自身は、短大でもかまわないと思っているのだが・・・

有希は部屋に座り込んだ。
このまま親の勧めるまま、人生を歩んでいくのだろうか。

窓の外を見た。庭の木には、まだ枯れ葉が何枚かついている。
どうせならすっかり落ちてしまえばいいのに。
とうとう秋も終わってしまう。

有希は今の季節が一番嫌だった。
今年は受験が近付いているという緊張もあったのかもしれないが、
何よりテレビで「もうすぐ秋も終わりですね」と言っているのが、
「『有希』が終わり」と聞こえるのがどうにも不愉快だったのだ。



しばらくして、玄関のドアが開く音がした。
この時間に父親が帰ってくるはずはない。航大だろうか?
姉の有希よりも帰りが遅いのは珍しいことだ。

突然ドアが開いて、弟の航大が駆け込んできた。
航大と有希はずいぶん年が離れている。
航大は小学3年生ながら、どうも姉に遠慮が無いところがある。

有希は少し強い口調でたしなめた。
「ちょっと、驚かさないでよ」
「姉貴、これ見てよ」
弟はいつになく子供っぽい笑顔を浮かべている。
左手には何かを持っていた。

有希は差し出されたものを受け取ると呟いた。
「・・・何これ」

有希の右手には、白い折り紙の鶴。
その鶴には、頭と尻尾が3本ずつ付いていた。

「・・・気持ち悪い、これ航大が作ったの?」
「ううん、公園で魔法使いの人にもらった」
「魔法使い?そう言ってたの?」
「うん」
・・・何だそれは。どう考えても怪しい。

「気をつけなさいよ、世の中変な人も多いから」
「ちぇっ、もうちょっと驚くと思ってたのになー」
航大は鶴をひったくると部屋を出て行った。冷たく当たるとすぐこれだ。

有希はまた部屋に座り込んだ。
「公園か・・・」
この辺りで公園といえば、街路樹のある歩道沿いの広場のことだろう。
「・・・・・・。」
有希はあの鶴のことが無性に気になっていた。




翌日の帰り道、有希は例の歩道の辺りに差しかかった。
昨日はそれなりにまとめられていた落葉が、すっかり元の通り散らかっている。
どこからかカラスの鳴き声がする。カラスの仕業だろうか。

鳴き声のする方を見ると、公園にカラスが群がっているのが見えた。
公園と言っても、何か遊具があるわけではなく、
広場の周りにベンチと東屋があるくらいだ。
普段なら近所の小学生が遊んでいることが多いのだが、
今日は広場には一人も姿が見えない。
代わりに、何十羽というカラスが木や電線にとまっている。

見ると、広場の端にある東屋に子供たちが集まっている。
もしかして、昨日航大が言っていたのはあれか。
有希は広場の外から回りこんで、東屋の近くへ行った。

輪の中から、「すっげー」「何これー」という声が聞こえる。
有希は遠くから背伸びをして覗き込んだ。
輪の中心には、灰色の大きなフードをかぶった男が座っていた。
フードの付いた上着はくすんでいて、
明らかに怪しい雰囲気を醸し出している。
なるほど、この風貌なら魔法使いと言ってもおかしくない。

有希は携帯電話を取り出した。
こんな時は、こうするのが一番だろう。
有希は番号を入力すると、話し始めた。

「あの、広場に不審な人がいるんですけど・・・」




数日が経った。
このまま気温が下がって冬が訪れると思われていたが、
9月並みの陽気が戻り、人々は振り回されるばかりだった。
ただ、ここ2日の強い風で街路樹はすっかり枝だけになってしまった。

有希はいつも通り街路樹のある歩道を歩いていた。
少し前まで幅を利かせていたカラスの群れもどこかへ行ってしまい、
枯れ葉も風に飛ばされて散り散りになっている。
あのフード男もあれから一度も見ていない。

この道は車の通りもそれほどないにもかかわらず、
景観を良くするためにと数年前にこんな歩道まで作られた。
当時は無駄ではないかと叩かれたものだったが、
今では枯れ葉が飛んでくること以外には近所から苦情が出ることはない。
有希はふと、学校の生徒でこの辺りに家があるのは
自分だけだということに今更ながら気付いた。


そんなことをぼんやりと考える有希の前に、黒猫が飛び出してきた。
何日か前、この歩道で見た黒猫だ。
またこちらをじっと見て動こうとしない。
黒猫が横切ると幸運だとか不幸だとか聞いたことがあるけれども、
結局どちらが正しいんだっけ?

黒猫に気を取られていたその時、
突然どこからともなく無数のカラスが有希の周りに集まってきた。
「な、何?」
けたたましい鳴き声を上げるカラスを振り払うと、
灰色のフードをかぶった男が目の前に立っていた。

「あなたですか、私を警察に突き出したのは」
有希は身の危険を感じ、鞄を前に抱え込んだ。
「見てたの?」
「こいつらが見てたそうで」
フードの男は有希の周りのカラス達を指差した。
「何それ?」
「カラスって結構頭いいんですよ」
「答えになってませんけど」
男の足元に、さっきの黒猫が寄り添っていた。
この猫も、フード男の猫なのか。

どこからともなく鋭い鳴き声が聞こえ、カラス達は落ち着きを取り戻した。
しばらくすると、近くの電線から白い鳥が飛んできて、
フードの男の頭に止まった。

「コノ女ダゼ、コソコソ電話シテヤガッタノハ」
フード男ではない誰かの声に、有希は辺りを見回した。
「俺ダッテンダヨ、耳イカレテンノカ?」
フード男の頭の上の鳥が嘴をパクパクさせている。
やけに大きい鳥だな、と思ってよく見ると、姿形はカラスそのものだった。
ただ他のカラスと決定的に違うのは、、全身真っ白で、目が真っ赤なことだ。

「・・・喋ってる?」
「あ、こいつですか。どうにも口が悪くて」
「口ガ悪イノハ仕方無イッテ言ッテルジャネエカ、ぐれーサンヨ」
「わかってる、わかってるからそこから下りてくれ、重い」
白いカラスは羽を広げ、フード男の頭から飛び降りた。
話すだけでなく、人間の言葉も理解しているかのようだ。


フードの男は、有希に視線を戻すと呆れた様子で溜息をついた。
「全く、あなたのおかげで面倒なことになりましたよ。
何とか言いくるめたから良かったものの、拘留一歩手前ですよ」
「・・・はあ」
「ナンダソノ反応、謝ルッテコトモデキネーノカ」
「・・・すいません」
カラスに怒られる人間なんて、他に居るのだろうか。
フード男の足元の黒猫も、こちらを睨んでいるかのように感じる。

「いいんですよ、子供に囲まれて浮き足立った自分も悪いんですから」
フード男は肩を落とした。ちらりと見えた目は、寂しそうに見えた。
この人は自分が思うような不審者ではないと、有希は確信した。

「あのー・・・あなたはどういう方で?」
抱えた鞄を下ろしながら、有希は恐る恐る訊いた。
「どういう、というと?」
「いや、どういうことをしてる方なのかな、と思って・・・」
電柱に止まったカラスの一匹が鳴き声を上げた。有希はビクッとして固まった。
フード男は困ったように口元を歪ませた。
「何をしてると訊かれると、答えにくいですね。警察にも言われましたけれども」
有希は気まずくなって下を向いた。
「いや、嫌味のつもりで言ったわけではないですよ。
そうですね、今はこの辺りを徘徊してる、というところでしょうか。
仕事についておっしゃっているなら、無職みたいなものです」
黒猫がこちらに寄ってきた。意味ありげにこちらを見上げてくる。
フードの男の口元がニヤッとした。悪意というよりも、自虐からきたものだろうか。
「平たく言えば、ホームレスですよ。しがない乞食です」
その割にはこざっぱりして、愛想がいいように見える。
「子供達は、魔法使い、なんて呼んでくれますけどね。こんな格好だからなのか」
男はフードを指でぴんと弾いた。初めて顔がはっきりと見えた。
声は落ち着いてはいるが、顔を見る限りかなり若いらしい。

「名前は?」
有希は再び口を開いた。緊張感はほとんど消えていた。
灰色フードの男は、また困った顔をした。
「名前・・・ですか。また答えにくい質問ですね」
「フルネームがダメなら、苗字だけでも」
「そうですねえ・・・グレイ、と呼んでいただければ結構です」
「グレイ?英語でいう灰色の、あれですか?」
「ええ。一応その名前で通っているので、そう呼んでいただくのが一番やりやすいです」
ホームレスの間での通り名みたいなものだろうか。
そう考えると、目の前の男がまた得体の知れない者に見えてきた。

有希が不安そうな顔をしていると、グレイは有希の足元を指差した。
「その猫、私の連れです。ケイって呼んでます」
「ケー・・・アルファベットのKですか?」
「いや、ケ・イ、です。ちなみにメスです」
ケイと呼ばれた黒猫は、有希と目を合わせたまま動こうとしない。
猫の目が帯びた不思議な威圧感に、有希は思わず目を逸らした。
「結構図太いですから、付き合いにくいかもしれないですね」
グレイの言葉を合図にしたように、猫はベンチの下へ走っていった。

ケイがもぐりこんだベンチの上で、あの白いカラスがグレイと有希を交互に見ている。
「コノ流レデ自己紹介シロ、ッテカ?」
カラスはまた喋り出した。普通のカラスの騒がしい声と違って、
まるで活発な子供が喋っているかのような、甲高くてはきはきした声だ。
子供にしては、可愛げの無い口調ではあるが。
「このやかましいのがQっていいます」
「キュー?」
「こっちはアルファベットのQです。ややこしくてすみません」
「何デ謝ル、何カ悪イコトデモシタッテノカ?
ヤヤコシイノハオマエガけーナンテ名前付ケタセイダロウガ」
ベンチの下にいたケイが立ち上がってQを見上げた。
「このカラス・・・Qは、日本語が喋れるんですか?」
有希はずっと気になっていたことを口にした。
「Qサン、ト呼ベ」
「・・・Qさんは、人間の言葉が分かるんですかね?」
「そうですね、小学生程度の会話はできます。
カラスも九官鳥みたいに声真似は出来るそうですからね」
「カラスって、そんなに頭いいんですか?」
「ソコラノ野良猫ヨリカハイイト思ウゼ」
ケイがQを見上げながらニャーと呻いた。
調子になるな、とでも言いたげな鋭い目つきに、
ずっときょろきょろしていたQの動きがピタリと止まった。
「・・・チェッ」
猫と鳥という立場上、ケイには頭が上がらないということだろうか。


「ところで、あなたは?」
「え?」
有希は、自分が名前を尋ねられているということにすぐには気付かなかった。
「あ・・・アキ、です。有名の有に、希望の希」
「有希さん、ですか。覚えておきます。
しばらくはこの辺りにいるつもりので、また顔を合わせるかと思います。
子供をたぶらかす様な怪しい者ではございませんので、
また通報することの無きよう、くれぐれもよろしくお願いします。
その事をお伝えしておきたかっただけです。失礼しました」
「あ、あのー」
踵を返して立ち去ろうとするグレイを呼び止めた。
「何か?」
「あんなに子供を集めて、何をしてたんですか?」
「ああ、これのことですか?」
グレイは、灰色の上着のポケットから何かを取り出した。
航大が持っていた、あの頭と尻尾が3本ある折り紙の鶴だ。
「よろしければ、差し上げましょうか?」
「あ、いや・・・いいです」
有希ははぐらかすように引きつった笑みを浮かべた。この不気味な鶴はどうにも苦手だ。
「女性はあまり好まないでしょうね。それなら、こちらはどうです?」
グレイは、上着の内側に手を入れ、前に差し出した。
男の手のひらに置かれたものを、有希はまじまじと見つめた。

それは、今まで見たこともないほどに凛々しくしなやかな姿をした、
灰色の紙で折られた鶴だった。




2章へ続く