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今見直す、恐竜ドキュメンタリー 『発見!恐竜の墓場』(3上)〜異端だらけの鳥モドキ

2020-05-12 19:52:00 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
 前回は堆積経緯の説明を“軽く”書き連ねた(あくまで“軽く”である)。これで墓場ないし落とし穴の仕組みについてはご理解いただけたと判断したため、今回はそこに埋没していた恐竜を解説/考察していく。


今回取り上げるのは(前回でも触れた)リムサウルス《Limusaurus》だ。

(↑ウィキメディア・コモンズより、リムサウルスの生体復元図。)

作中での描写を含む)概要は(1)で説明済みであるため、ここ(3)ではリムサウルスの詳しい生態に焦点を当てよう。

※生態について深く突っ込んだ記事は今回が初めてだが、新企画概要に書いてあるとおり根拠は提示しておくため、読んだ後に各々で反芻してほしい。くれぐれも内容を鵜呑みにしないようにセンセイトノヤクソクダゾ!!


(↑落とし穴の論文より、産出した獣脚類の一覧。リムサウルスは下層の2体だが、シルエットの外見が正確ではない)

くどいようだが、リムサウルスは獣脚類において異端とされる存在だ。たしかにテリジノサウルス《Therizinosaurus》やオヴィラプトル《Oviraptor》など、ここ数年は雑食〜植物食獣脚類が認知されつつある。

(↑植物食獣脚類の論文より、様々な(菜食主義の)コエルロサウルス類の頭骨。A,現生鳥類 B,オルニトミムス C,シェンゾウサウルス D,インキシヴォサウルス E,カエナグナトゥス)

しかし彼らは九分九厘コエルロサウルス類に属していた。感覚的な話だが、こうしたコエルロサウルス類は鳥類と密接な繋がりが認められている。そのため…

「まぁ、鳥っぽい輩だったら自然っちゃ自然だよね?」

という謎理論により、それらの発見で波風が立つ事はなかった(オルニトミモサウルス類が古くから知られていた影響も少なくない)。

『だがしかし… リムサウルスはそんなに甘くなかった!!』

そう、(1)の分類欄で示したように、本種リムサウルスは初期の獣脚類グループであるケラトサウルス類に堂々の所属を果たしていた。もちろん大まかな分類は当初〜2020年現在まで変更されていない。
それまでのケラトサウルス類には、ディズニー映画「ダイナソー」に登場した暴れん坊カルノタウルス《Carnotaurus》やドラゴンを彷彿とさせる風貌のケラトサウルス《Ceratosaurus》といった強面の“肉食恐竜”によって構成されていた。――エラフロサウルスのように怪しい種はいたにせよ―― その中に全長2mを割ったモヤシっ子の植物食恐竜が追加されたのだからたまらない。

(↑リムサウルスのホロタイプ。見た目だけも“肉食恐竜”とは程遠い。)

(↑デルタドロメウスの最新復元。ツッコミは少し待ってもらおう。)

…このリムサウルスの発見により、デルタドロメウスやエラフロサウルスに付き纏っていた謎に薄い光が当てられるようになったのは、また別の話。


さて発見当初は鳥類と恐竜の繋がりを象徴する存在として一躍脚光を浴びたリムサウルスだったが、その栄光は長く続かなかった。というのも後の研究からリムサウルス自体は鳥類との関係が薄いことが判明したからである。
しかしリムサウルスは黙って時の流れに沈黙する恐竜ではなかった。彼らには古生物学会を再び震え上がらせる奥の手があったのだ。それは次の2体を見比べてもらえば自ずと分かるだろう。

(↑CNNニュースHPより成体(左)と幼体(右)の頭骨の比較。幼体の口先に注目)

幼体の口元に﹆のような粒が見えるはずだ。これはリムサウルスの歯だが、何度見ても成体には歯らしい物が見当たらない。錯覚だろか…?いや違う。

『なんとリムサウルスには成長に伴い歯が消失する特徴があったのだ!!』

「???」おそらく大半の読者は意味が分からないあまり困惑しているはずだ。そりゃそうだろう。皆様は歯がどれだけ便利な代物か熟知しているからだ。硬い煎餅をバリッと砕き、手が塞がった時には臨時の保持器として、そして発声の補助機としても、歯の用途は計り知れない。そんな歯を(誕生時は持ち合わせておきながら)わざわざ捨て去るなど愚の骨頂に思えるだろう。

筆者「そんな歯抜けの口で大丈夫か?」


リムサウルスは自信を持って答えるだろう。決して強がりではない。彼らには彼らなりの生存戦略があったのだ。そんな不可思議極まりない生存戦略を説明するには、まずは成体と幼体の食性から説明しなければならない。

〜幼体〜

(↑ウィキメディア・コモンズより、リムサウルス(幼体)の頭骨。下部の黒いスケールバーは差し渡し5cm)

(↑ウィキメディア・コモンズより、コンプソグナトゥスの頭骨スケッチ。)

幼体の頭骨にこれといった特徴はない。小型獣脚類の基本に則った先細りの口先、そして無数の鋭い歯が並んでいた。これはコンプソグナトゥスとの比較でも顕著だろう。コンプソグナトゥスは虫やトカゲなどの小動物を食べた事が判明しており、幼体も同じような高カロリーの餌を好んでいたと考えられている。

(↑日刊電工新聞HPより、小動物を食べるリムサウルス(幼体)のイラスト)

その頭部は箸やピンセットに近い働きをこなしていた。つまり逃げる小動物を素早く摘み取るのに適していたのだ。これは現代のトカゲや小鳥、そして他の小型獣脚類()にも共通している。

〜成体〜
問題は老人会が総ギックリ腰を起こしかねない顎をした成体だ。身体は2m近くに成長になるのに対し、頭部は殆ど成長していない。もはや8頭身とか言ってはいられない究極の小顔竜、それがリムサウルスの正体なのであるそれに比べりゃ前肢なんてクシャポイしても変わらない

(↑ナショナルジオグラフィックHPより、リムサウルス(成体)の頭骨。)

こうした特異的な頭部は類縁種でも滅多に発見例がない。それでは本当に植物食だったのか確かめようがないように思えるが、実はそうでもない。というのもリムサウルスの頭部は、まるで予想外の動物と酷似していたのだ。それはXmasにお世話となる“アイツ”。
世界全体で200億羽を超えるとされる世界最多の家畜。…ニワトリに他ならない。
ではニワトリとリムサウルス(成体)の頭部を筆者と共に比較してみよう。すると次のような点を見つけられるはずだ。

(↑手持ちのニワトリの頭骨。問題があれば削除/差し替えを行います。)

·『歯が1本も生えていない』
·『先端以外は一定の厚みを保っている』
·『顎が緩いアーチ描いている』
·『顎関節の付け根が低い』
※眼窩の大きさも似ているが、食性と密接ではないため省略する。

目敏い読者は「!?」と思ったはずだ。本記事冒頭で見せた画像の中にも瓜二つの頭部をした獣脚類がいた。それでは一旦ブログ上方へ戻って「植物食獣脚類の画像」を見直してきてもらいたい。そうすれば“B,オルニトミムス”と示された頭骨を見られる。念ため、ここで再びオルニトミムスの頭骨画像を貼っておこう。

(↑ウィキメディア・コモンズより、オルニトミムスの頭骨。)

すると先程挙げ連ねた条件にピタリと当てはまる事が分かるはずだ。そして冒頭のとおりオルニトミムス(類)は以前から概ね植物食の恐竜だと考えられてきた。

(↑プレヒストリックパークより、木立で食事中のオルニトミムス。)

加えてリムサウルスの化石に含まれた同位体の研究からも、成体は主に植物を食べていた事が示されている。

(↑リムサウルスの論文(成長)より、同位体の比較研究。赤が肉食、青が植物食となっている。)

こうした情報からリムサウルスが植物食だった事はほぼ確実と言って良いだろうこの説は敗北を知りたいらしい


…リムサウルスは概ね植物食だった。だが植物を主食にするのは構わないが植物を自らの血肉へと還元できたかどうかは別問題である。というのも植物という食物は非常に消化しにくいのだ。枝葉なんて序の口も序の口。それを乗り越えた先に立ち塞がるのは、大量の繊維質や細胞壁である。それらは中身の栄養分を強固に守ろうとし、また消化作用を頑なに受け付けようとしない。そのせいもあって古くから植物食動物は(多少の差はあれど)皆デブであった。これは現代の牛や馬を観察してもらえると更に分かりやすい。こうしたビール腹の中には、膨大な消化器官(複数の胃や全長の10数倍の腸)が収められており、とにかく時間をかける事で地道に植物を消化している。

(↑「istock」より、正面を向く乳牛。)

ところが、リムサウルスは胴体が横長気味とはいえ、デブとは程遠い体型だった。この問題は小型獣脚類のトロオドン科でも抱えていたと容易に想像できる。これについては別記事で解説済みなので今回は割愛する ――恥骨が後方へ変形しているのは興味深いが。
しかしリムサウルスが同じ戦略を採ろうとしても、それに必要不可欠な物が殆ど手に入らなかった。…無い物ねだりをしても仕方あるまi...a"a"a"a"a"(発狂)


いっそ清々しい程の圧倒的「無」。これじゃ「みんな餓死するしかないじゃ


Question①
こんな三重苦を抱えた植物食動物など本当に存在しえたのだろうか?

①Answer
実は可能だったのである。

コールド負け寸前で一発逆転の光明を差し込んだのは、彼らの体内に隠されていた秘密兵器であった。その名も胃石砂嚢(砂肝)。概要はリンク先のWikiを読んでもらえば分かるだろうが、言ってしまえば「石臼」と「撹拌機」による伝統的なコンボ技だ。

(↑リムサウルスの論文(手指)より、ホロタイプ標本の化石と図。足先の密集した粒々が溢れた胃石である。スケールバーは2cm)

まず嘴で千切り取られた植物片が食道を通って胃(砂嚢)に運ばれてくる。そこにで待っているのが胃石だ。もちろん胃石は自力で動いて植物を擦り潰すのではなく、筋肉質な砂嚢自体が蠕動運動に近い動きする過程で、中身は何かれ構わず手当たりに揉み混ぜられる。

(↑「ウォーキングwithモンスター」より、胃石と植物が詰まった胃袋の中身。)

すると首尾よく胃石が植物片を押し潰してくれる。同時に胃液(もしかすると協力的なバクテリア)が植物の傷から中へ侵入して本格的な消化を開始するのだ。

そして実はニワトリを含む鳥類やオルニトミムス科も同様の消化戦略を採っていたと考えられている。前者ならホームセンターに行くと鉱物飼料が売っているから、怪しいと思うなら読者自らで確かめてみると良いstayhome?。そしてオルニトミムス科についても、多くの種(基盤的な種も、派生的な種も)が胃石を備えていた事は周知の事実。

(↑ナショナルジオグラフィックHPより、胃石を持つ獣脚類(シノルニトミムス)。)

それにしたってリムサウルスの体格で植物食を貫くのは容易ならざる生き方だったはずだ。彼らは不足しがちなエネルギーを補うべく、四六時中チマチマと餌を摘んでいたのだろう ――そうした生き方もニワトリと似ている。
ジュラ紀のジュンガル盆地では、そうした風景が日常茶飯事だったはずだ。


ならリムサウルスが啄んでいたのは、果たしてどんな植物なのだろうか?それは(3下)にて解説/考察する。乞うご期待!



次は数日以内に投稿する…(ヨテイ)


※5/15追記
獣脚類かどうかを問わず、胃石は数多くの古生物〜現生動物で報告されている。中には消化とは全く関係のない目的で石を飲み込む種類や、採食時の誤飲や二次嚥下といったケースも存在する。そのため今回は『リムサウルス=植物食』の根拠を頭部の形態などへ求め、胃石については、ニワトリやオルニトミムスでの使い方を参考にしつつ、『胃石=食物破砕の道具』としての位置づけに留めた。


《参考文献》

・落とし穴についての論文(有料)
https://pubs.geoscienceworld.org/sepm/palaios/article-abstract/25/2/112/146116
・リムサウルスについての論文(手指)
http://doc.rero.ch/record/209594/files/PAL_E4066.pdf
・リムサウルスについての論文(成長)
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(16)31269-6?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0960982216312696%3Fshowall%3Dtrue
・歯の退化についての論文
https://www.researchgate.net/profile/Shuo_Wang35/publication/320025128_Heterochronic_truncation_of_odontogenesis_in_theropod_dinosaurs_provides_insight_into_the_macroevolution_of_avian_beaks/links/59c999e345851556e97a718a/Heterochronic-truncation-of-odontogenesis-in-theropod-dinosaurs-provides-insight-into-the-macroevolution-of-avian-beaks.pdf
・ジュンガル盆地についての報告
http://english.ivpp.cas.cn/rh/as/201012/P020101207393794242194.pdf
・植物食性獣脚類についての論文
https://www.pnas.org/content/108/1/232.short
・消化方法の比較についての論文
https://www.zora.uzh.ch/id/eprint/49678/5/rev_fritz_10031.pdf
・植生についての論文
https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs12549-010-0036-y
・ジュンガル盆地の環境についての論文
http://en.cnki.com.cn/Article_en/CJFDTotal-SYYT200802013.htm
・デルタドロメウスの記載論文
https://eurekamag.com/pdf/009/009226569.pdf
・エラフロサウルスについての論文
https://academic.oup.com/zoolinnean/article-abstract/178/3/546/2667468
・マシアカサウルスについての論文
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/02724634.2013.743898
・ノアサウルス科の系統についての論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4943716
石樹溝層に共存した獣脚類についての論文
https://www.researchgate.net/profile/Jonah_Choiniere/publication/254314299_Theropod_Teeth_from_the_Middle-Upper_Jurassic_Shishugou_Formation_of_Northwest_Xinjiang_China/links/567004d908ae4d9a4259890e/Theropod-Teeth-from-the-Middle-Upper-Jurassic-Shishugou-Formation-of-Northwest-Xinjiang-China.pdf
・ストルティオミムスについての論文
http://digitallibrary.amnh.org/bitstream/handle/2246/1334/v2/dspace/ingest/pdfSource/bul/B035a43.pdf?sequence=1&isAllowed=y
・疑惑の恐竜についての記事
https://petitcarnetpaleo.blogspot.com/2017/08/un-squelette-complet-de-mimo.html?m=1
・ナショナルジオグラフィックHP(写真)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0808/feature02/gallery/10.shtml
・ナショナルジオグラフィックHP(解説)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2178/?ST=m_news
・ナショナルジオグラフィックHP(特集)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0907/feature01/gallery/03.shtml
・ナショジオHP(チレサウルス)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/043000081/?ST=m_news
・AFPニュースの記事(リムサウルス)
https://www.afpbb.com/articles/-/3112278?cx_amp=all&act=all
・CNNニュースの記事(リムサウルス)
https://www.cnn.co.jp/fringe/35094338.html
・中国の落とし穴のニュース記事
http://www.yidianzixun.com/article/0Hl0aUdO/amp
・ホルツ博士の最新恐竜事典
・肉食恐竜事典
・恐竜の教科書
・恐竜探偵足跡を追う
・恐竜博2016
・恐竜博2011
・現生哺乳類/鳥類の図鑑

《協力》

「古世界の住人」川崎悟司(著)
https://ameblo.jp/oldworld/entry-10304682310.html


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