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今見直す、恐竜ドキュメンタリー 『発見!恐竜の墓場』(4上)〜冠を頂いた龍

2020-05-11 00:35:29 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
 リムサウルス?はて知らない子ですね
今回は私がこの世で最も愛する恐竜、グアンロン・ウカイイ《Guanlong wucaii》を解説しようか(熱量3割増し)。


この恐竜は件の落とし穴の最上層と準最上層から見つかった成体(V14531→ホロタイプ)と亜成体(V14532→パラタイプ)の2体のみに基づいて記載された。

(↑落とし穴の論文より、上の2体がグアンロン)

「全然見つかってないじゃんw」

と言われてしまいそうだが、ところがどっこい。この2体は生体(最上層より産出)/亜成体(準最上層より産出)ともに素晴らしい完全度の持ち主なのだ。ではご覧いだだこうか、その全貌を!!

(↑落とし穴の論文より、グアンロンの産状化石の写真と図示。尻尾を除く大半が揃っている)


(↑成体(E)と亜成体(G)のグアンロンによる頭骨の比較。スケールバーは5cm)

通常ならば骨格の脆い小型恐竜は化石として残りにくく、仮に残っていたとしても骨が粉砕されているパターンも少なくない。ところがグアンロンは、その特異的な堆積経緯と堆積環境によって不可能を可能にしていた。これに匹敵する小型獣脚類は数えるほどしかいない。頭骨や四脚はもちろんのこと、外れてしまいがちな指骨や肋骨、亜成体に至っては(外傷こそあれど)頸椎でさえ関節したまま化石化していたのである。

(↑ナショナルジオグラフィックHPより、頭骨を取り外された亜成体の骨格。)

これだけの完全度を備えた化石は、そうそう見られるものではない。もちろんグアンロンでも尻尾の中腹より先端にかけては2体とも失われているため、どこかのハドロサウルス類のように全身100%が見つかっているわけではないが、それでも古脊椎動物の化石の美しさとしては中々上位に食い込む標本である(筆者の独断と偏見に基づく)。
また見つかったのが成体と亜成体ということもあって、成長に伴う身体的特徴の変化(鶏冠の拡張や四肢の比率)なども明確に記録されている。これも化石動物としてはこの上なく貴重と言えよう。


かくして骨学的に恵まれているグアンロンは、様々な観点から研究の目が向けられている。
その中でも手っ取り早く『グアンロンが何たるか』を理解するには、グアンロンの生態、とりわけ食性について探っていくのが手っ取り早い(かつ面白い)分類とか骨学とかは筆者の興味が薄いとか、面倒くさいとか、そういう訳では断じてない

忘れがちだが、「見直す」シリーズでは、元ネタのDVDとブログ内容を照らし合わせていくことを指針の一つにしている。ここでDVDにおけるグアンロンの活躍を軽くおさらいしておこう。

(↑DVD冒頭より、小型恐竜を襲う亜成体のグアンロン)

(↑DVD本編より、インロンの首を捻った成体のグアンロン)

(↑DVD本編より、亜成体のグアンロンを殺した成体のグアンロン)

仁義なき戦い 広島死闘篇も裸足で逃げ出すレベルの残虐さだろう。
これには初見の時の筆者も開いた口が塞がらなかった。リアルな動きをしているし、動きにキレもあって格好良いことには格好良いのだが、どこか必要以上にサイコパスな印象を受けざるをえない。
さて、ここで一つ問いを投げかけよう。

《問い》グアンロンは本当に凶暴な捕食者だったのだろうか?

この問いに答えを導き出すのは困難(古生物の生態は推測止まりにならざるをえない)である事を先に述べておくが、これは言い訳でもなんでもない(汗)。

「人っ子一人いない過去の真相など分かるはずもないのだ!みんな迷うしかないじゃない!!

…しかし(まぁまぁ)妥当に考える事はできるはずである。それは生物の身体的特徴から現生生物との共通点を見出したり、他の古生物と比較したりする事で確度を(多少なりとも)上げていくものだ。とりわけ最も重要かつ基本的な情報が、グアンロンの骨格から推測されるの形態や性能についてである。それではグアンロンの生態に関する詳しい解説/考察の前段階として、まずは彼らの身体能力(総合的な“戦闘力”)について解説する事にしよう。

武器①…頭部

(↑成体(E)と亜成体(G)の頭骨。全体が緩いアーチを描いている事と、鼻先に厚みがあることに注目。スケールバーは5cm)

グアンロンの頭部で万人が真っ先に目を引かれるのは、その名の由来にもなった一枚の鶏冠だろう(実際綺麗だ)。
しかし鶏冠の厚みは数mmのため、外見に似合わずブレードのような役目は果たさなかった。…ガイガンじゃあるまいし。

(↑DVD本編より、前を向くグアンロン。ここでは鶏冠に角質を上乗せしている)

実際に武器として機能するのは、緩いアーチを描いた全長35cmの顎と、そこに並んだ鋭い歯列だったと考えられる。

(↑ナショナルジオグラフィックHPより、グアンロンの口先。短い歯が揃った長さで続いているのが特徴)

歯列はドロマエオサウルス科と酷似しており、『サーベルのような歯で獲物を軽い力で噛み裂き、ジワジワと出血死を狙う。』という典型的な獣脚類の狩りではなく、『ダガーナイフのような歯で獲物を突き刺し、咥えて離さないでおく。』ような狩りを行っていた事を示している(長い顎も“当たり判定”の拡大に一役買っていたらしい)。
それを後押しする話が顎の形状による次の推測から立てられるのだ。
写真を見れば分かるように、グアンロンの顎は緩い上向きのアーチを描いている。これは珍しい特徴で、他の獣脚類に見られない。強いて挙げるならばノアサウルス類の顎に似ているが、それとは曲がり具合と歯の様子が異なる。

「この特徴的なアーチは何故あるのか?」

この問いは筆者を散々苦しめてくれた。いくら考えても答えが見当たらず悶々とした日々を送っていた頃、偶然手に取った2冊の書籍に答えはあった。

(↑手持ちのワタリガラスの写真。問題があれば差し替えます。)

その「カラスの教科書」(および「〃補習授業」)という本には、次のような推測が載せられていたのだ。

「カラスの特徴的な嘴には、効率的に力を加え、餌を噛み締めておく効果があるのではないだろうか?(要約)」

なるほど…。と思った瞬間だった。
要はペンチに似た働きをするのだ。ワタリガラスは肉を積極的に食べるとはいえ、その肉は生きたままの動物よりも、オオカミやワシが食べ残したものが多い。そのため表皮を「切り裂く」必要がなく、代わりに肉を「噛み締めて」を取り落とさない事や、ライバルとの奪い合いに負けない事が肝要なのだろう。
そしてグアンロンにも同じことが言える。後述するがグアンロンは、どちらかといえば噛み裂かずとも仕留められる獲物を狙う捕食者だと考えられている。この際に重要となるのが、『如何にして弱い咬合力で獲物を逃さないでおくか?」』である(小型という成約上、咬合力の強化には限界が見えやすい)。これに対する解は大きく分けて2つ。一つはコエロフィシス《Coelophysis》のように口先にフックを発達させ、そこに獲物を引っ掛けて留めておく方法である。

(↑コエロフィシスの頭骨模型。口先の括れに注目)

これは現代の魚類(例ハモ)が択った戦略で、滑りやすい獲物や小さな獲物を確実に捕える上で非常に便利だ。
しかし欠点が一つ存在してしまう。それは一目瞭然だろう。鼻先が貧弱になってしまうのだ。これはグアンロンにとって由々しき問題である。というのも鶏冠を持つグアンロンは、それを支えるために頭骨の華奢化には限界がある(事実後のシオングアンロンは鶏冠を退化させ、鼻骨の厚みを増している)と推測できる。鶏冠と括れを両立させた恐竜もいるが、それは顎自体が大きい。かくなる上は採れる選択肢は一つしかないだろう。
それが『小細工による咬合力の底上げ』だった。幸い鶏冠のおかげか、はたまた(小型にしては)頑丈な体格のおかげか、頭骨は細長くとも強度のある箱型をしていた。それは口先で特に顕著である。つまり藻掻く獲物を力任せに抑え込むポテンシャルはあったらしい(この辺りは流石ティラノサウルスの一族だなぁ、と感じさせてくれる)。

(↑プロケラトサウルスの頭骨。顎が緩いアーチを描いている事と、グアンロンよりも口先の歯が小さいことに注目)

こうした“箱型アーチ”は他のプロケラトサウルス科にも見られるため、おそらく科全体の共有派生形質だと考えられる。

多少話が逸れた(←悪い癖)が、グアンロンは獣脚類としては少々異端な存在なので仕方がない(←開き直り)。ともかくグアンロンは獲物を噛み裂くのではなく、噛み締める戦略を採っていた可能性が高い。この辺は読者の方々にも意見をいただきたいところだ(←コメ稼ぎ乙)。

ちなみにプロケラトサウルスとグアンロンとでは、前上顎骨歯(前歯)の大きさが明確に異なっている(グアンロンのほうが大きい)。現在知られているプロケラトサウルスは亜成体とされているため、本当のところは分からないのが正直なところだが、これは両者の生きた環境や狙う獲物の違いを感じさせてくれる。
どちらにせよグアンロンは横に長い長方形をした頭骨と短刀を思わせる歯、そしてカラスのような独特の顎を武器として振るっていた。

武器②…前肢


(↑リムサウルスの論文より、リムサウルス(上段)、ディロフォサウルス(左)、グアンロン(中)、デイノニクス(右)の前手)

こちらは長々と説明する必要もあるまい。見ての通りグアンロンの前手はデイノニクスの前手と酷似しており、3本の長い指の先にはタカ顔負けの鉤爪が備わっている(手全体の長さは頭部と同等)。ただマニラプトル形類のような手根骨(手首の骨)を持ち合わていなかった。そのため手首の可動域は限定される。それでも両手で拍手に近い動かし方をすることで、至近距離の獲物を掴み取ったり、しばき倒していたらしい。――もっとも前肢より先に頭部が獲物へ到達するため、前肢は補助的な役割が強かっただろう(もしくは武士にとっての脇差にあたる予備の武器だろうか?)。

武器③…後ろ脚
後ろ脚は筋肉質でいて非常に細長かった。子孫筋のティラノサウルスに見られるアークトメタターサル(衝撃吸収構造)こそ未発達だが、膝上と膝下(特に脛)を比較すると膝下が圧倒的に長い。こうした脚は歩幅を広く取れたため、必然的にグアンロンは電光石火の如き俊足の持ち主だったと考えられる。――かねてより小型獣脚類は多くが俊足(時速40km以上)だと考えられてきた。―― さらにグアンロンが身軽(体重100kg)な事も考慮すれば、彼らも疾風を思わせる動きで当時のジュンガル盆地を駆け巡り、あちこちで稲妻のような騒ぎを起こしていた事は確実だろう。
当然そんな後ろ脚から繰り出された蹴りを喰らえば、悶絶どころでは済むまい。現在のヒクイドリがキックだけで成人男性を始末した事例を考慮すれば、グアンロンもライバルの小型獣脚類やワニ類と会敵した際に自身の安全(頭部は最大の武器でもあり、同時に最大の弱点でもある)を考えて遠距離から狙撃よろしく蹴りで応戦した可能性もあるだろう ――邪魔する奴は蹴り1発でダウンさ

武器④…体格
グアンロンは体高が73cm(肉付けすると75cm?)と推定されている。これは殆どの鳥類よりも高く、一部の肉食性鳥類が頭上の理を得た攻撃 ――具体的には獲物を頭上に振り上げてから猛スピードで地面へ叩きつける。衝撃×質量=破壊力の法則に則って獲物の五臓六腑は破裂の憂き目に遭う―― を行う事から、グアンロンも同様の搦め手を繰り出しかもしれない。

武器⑤…感覚器
現在までにグアンロンの脳や感覚を調べた研究はない。それでもディロングティムールレンギアといった基盤的なティラノサウルス上科の研究から、おおよその検討を付けられる。それらによると彼らは(恐竜の中だと)大きめの大脳を持ち、三半規管や視葉といった感覚器を司る部位もそれなりに発達していたようだ――安易な知能の推測は個人的に躊躇われるが、おそらくオオトカゲ以上の優れた認識能力や思考能力はあっただろう――。ただ嗅覚のみは例外だったらしく、嗅球の比較から嗅覚は後のティラノサウルス科より未発達だった事が分かっている。


〜まとめ〜

(ウィキメディア・コモンズより、グアンロン(成体)の頭部と前肢。)

たしかにグアンロンは恐竜の中では小型で、体重も軽いと推測されているが、その実態は正真正銘の殺し屋だった。しかもそれが乱舞の如き華麗な身のこなしで獲物へ躍りかかれば。――もし現代でグアンロンと鉢合わせになってしまったら…。潔くハイクを詠んでカイシャクを待とう。彼らは到底ヒトがステゴロで戦って敵う相手ではない。


と・は・い・え…。
グアンロンが普段狙っていたのは十中八九人間よりもずっと小さな獲物 ――小型のトカゲやカメや子ワニ、単弓類(哺乳類とその親戚)といった小動物(ネズミ程度では腹が膨れないため、おそらくウサギ大?)―― だったと考えられている。DVD内でも軽く触れられたユアンノテリウムYuanotherium》などは格好の標的だったはずだ。

(↑DVD本編より、ユアンノテリウムと思しき獣弓類。本編では“哺乳類に似た小型の爬虫類”と呼称されていた。)


――トリティロドン類が獣脚類に捕食されていた証拠も見つかっている。洋書の『dinosaurs, the encyclopedia, supplement 1. 』によれば、南極から発掘されたクリオロフォサウルスからの報告で、腹部にトリティロドン類の残骸が残されていたらしい。―― さらにグアンロンの生息地に広大な湿地があった事や、前歯の断面がD字で丸みを帯びている事、そして頭部が細長い事から、ひょっとしたら水中の魚や両生類なども積極的に標的としていたかもしれない(小型獣脚類が魚を食べた痕跡も既に報告されて久しい)。
万が一気が違ったとしても、大型恐竜を相手取って真っ向から喧嘩を売るような真似はしなかったはずだ。

(↑NHKスペシャルより、無謀な突撃を敢行するグアンロン。このシーンの製作者を小一時間ほど問い詰めてやりたい)

それもそのはず、グアンロンにはティラノサウルスやドロマエオサウルス科のような馬鹿デカい顎やシックルクローは備わっていない。仮に身体が小さかろうと、武器さえ強力であれば往々にしてハンターは体重の5〜10倍の大物さえ狙う(好例はヴェロキラプトルや“サーベルタイガー”)が、グアンロンにそれは期待できそうもない。――いくら日本刀が優れていようと、戦車には勝てっこない。

だ が 侮 る な か れ。
他の獣脚類との比較を踏まえると、グアンロンにとっての“小動物”は、ウサギ大に収まらなかった可能性が高いと思われるのだ!!


というわけで2万文字の大台が見え始めたのを合図として、(4上)グアンロン解説回は一区切りつけるとして残りは(4下)に引き継ごうと思う。それでは即刻(4下)にて会おう!


(4下)に続くから早う読め!


《参考文献》

・落とし穴の論文(有料)
https://pubs.geoscienceworld.org/sepm/palaios/article-abstract/25/2/112/146116
・グアンロンの記載論文
https://www.nature.com/articles/nature04511
・ジュラ紀のティラノサウルス類についての論文
http://31.186.81.235:8080/api/files/view/66188.pdf
・シオングアンロンの記載論文
https://royalsocietypublishing.org/doi/full/10.1098/rspb.2009.0249
・獣脚類の手首についての論文
https://royalsocietypublishing.org/doi/abs/10.1098/rspb.2009.2281
・獣脚類の前肢の用途についての論文
https://link.springer.com/article/10.1007/BF03043773
・小型獣脚類の前肢についての論文
http://digitallibrary.amnh.org/bitstream/handle/2246/1334/v2/dspace/ingest/pdfSource/bul/B035a43.pdf?sequence=1&isAllowed=y
・リムサウルスの論文
http://doc.rero.ch/record/209594/files/PAL_E4066.pdf
・獣脚類の走行性能についての論文
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0223698
・恐竜全体の走行能力についての論文
https://www.researchgate.net/publication/6127793_Estimating_maximum_running_speeds_using_evolutionary_robotics
・ヒクイドリによる死亡事故
https://www.huffingtonpost.jp/entry/cassowary-florida_jp_5cb3dadce4b082aab0877fb2
・ティラノサウルス上科の脳の論文
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/08912963.2018.1518442?journalCode=ghbi20
・ティムールレンギアこCNNニュース
https://www.cnn.co.jp/fringe/35079619.html
・魚食についての論文
https://www.academia.edu/29170615/Scipionyx_samniticus_Theropoda_Compsognathidae_from_the_Lower_Cretaceous_of_Italy._Osteology_ontogenetic_assessment_phylogeny_soft_tissue_anatomy_taphonomy_and_palaeobiology
・ナショナルジオグラフィックHP(解説)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2178/?ST=m_news
・ナショナルジオグラフィックHP(写真)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0808/feature02/gallery/10.shtml
・中国の落とし穴を報じたニュース記事
http://www.yidianzixun.com/article/0Hl0aUdO/amp
ホルツ博士の最新恐竜事典
・愛しのブロントサウルス
・恐竜探偵 足跡を追う
・肉食恐竜事典
・恐竜の世界史
・カラスの教科書
・カラスの補習授業

《元ネタ》
・発見!恐竜の墓場

・筆者の気力(!?)




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