太古の世界 〜マニアックな古生物を求めて〜

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今見直す、恐竜ドキュメンタリー 『プラネットダイナソー』小人の国の狩人(1)

2020-02-24 19:35:15 | 今見直す、恐竜ドキュメンタリー
 『鉄は熱いうちに打て』と言うではないか。という訳で筆者の意欲が続いているのを良いことに、別記事を書く。(エエッ)


今回は『プラネットダイナソー』第6話より、『ハツェグ島の小型獣脚類』について取り上げようと思う。
“ハツェグ島”と聞いて迷わずヨーロッパ(ルーマニア)を思い出せた方は、かなり熟練の古生物クラスタだろう。島名を聞いてから慌ててグーグルマップを開いた読者へ一言。それは無駄である。(ムジョウ)
というのもハツェグ島は氷河期の訪れと共に、今のユーラシア大陸の一部となってしまったため、今後数百万年は見られないのだ。それに引き換え白亜紀の地球は温暖だったため、ヨーロッパの広い地域が水没して島となっていた。その一つがハツェグ島である。
ハツェグ島の(とりわけ生物の)概要は、ドキュメンタリー本編や日本人イラストレーターの川崎悟司氏のブログを見てもらえると話が早い。
(↑についてリンクの使用を即日で快諾していただいた川崎氏へ、この場で厚くお礼を申し上げる。)

要点だけを羅列すると、以下となる。

・島内の恐竜(テルマトサウルスやマジャーロサウルス)は他の地域より小型。
・キリン並に成長する翼竜(ハツェゴプテリクス)が生息していた。
・現状ティラノサウルス類のような大型肉食恐竜が発見されていない。

前2つは置いておくとして、問題は『大型肉食恐竜の不在』だ。

当時の地球上では大型肉食恐竜が最上位の捕食者として君臨していた。これに疑いの余地はない。
だが島という特殊な環境によってかハツェグ島では、現在まで明確なティラノサウルス類やアベリサウルス類(例としてはカルノタウルス)が発見されていないのだ。
そのため大抵の場合ハツェグ島を取り上げた作品では、巨大翼竜ハツェゴプテリクスが恐竜を押し退けて最上位の捕食者と描かれている。
(↑本編より、マジャーロサウルスの子供を襲うハツェゴプテリクス)

なおハツェゴプテリクスの真の食性については、別個で記事を立てる予定なので、今回は深入りしないこととする。



ただし現時点でもハツェグ島から獣脚類(肉食恐竜?)そのものは産出しているのだ。それも2種類。4本の鉤爪を持ったバラウルと、謎めいたブラディクネメである。どちらも推定全長は1〜2m程度と小型。前者はドロマエオサウルス類か初期の鳥類、後者はアルヴァレスサウルス類かトロオドン類と見られている。
そして『プラネットダイナソー』第6話では、ブラディクネメがハツェゴプテリクスの引き立て役(いわば噛ませ犬)として登場した。見事トカゲを捕獲したと思いきや、上空のハツェゴプテリクスを発見して脱兎のごとく逃げ出したり、せっかく見つけた恐竜の死骸を安々と奪い取られたり…。と散々な描写が見受けられる。
たしかにハツェゴプテリクスとブラディクネメでは大きさに激しい差があった。想像してほしい。自分の5倍もの身長ながら自由自在に空飛んで餌を探す生物を…。しかも相手の口には自分を2〜3体咥えられるサイズの嘴があるのだ。間違いなく勝てないと思うし、出会ったら3秒以内に逃げ出したいだろう。(私だって御免だ)

これだけ聞いていれば、「翼竜が最上位の捕食者で良いのでは?」と思うのではないだろうか?
だが私の答え(持論)を述べてしまおう。

それは「NO」だ。


これは荒唐無稽な話ではない。現に小型獣脚類と大型翼竜の間で、捕食/被食の関係があった証拠が見つかっている。この報告によると、ハツェゴプテリクスに極めて近いアズダルコ類の翼竜(ケツァルコアトルスの可能性がある)の化石から、小型獣脚類のサウロルニトレステスの歯型が見つかっている。明らかに大型翼竜が小型獣脚類の献立に組み込まれていたのだ(ヴェロキラプトルから同じような報告が挙がっている)。
厳密にはサウロルニトレステスはバラウルに近縁(ドロマエオサウルス類に属する。)とされているため、「これをブラディクネメにも当てはめて良いのか?」と聞かれたら、私は渋い顔をせざるをえない。それに上記の報告では、犠牲となった翼竜が幼体だった事も分かっている。(大人vs子供で比較とかサイテー!!)
だがそれでも、推定された子供のサイズはサウロルニトレステスを軽く上回っていたようだ。少なくとも小型獣脚類が常に蹴散らされるだけの存在ではないことは、これで分かってもらえるだろうか?

さらにダメ押しとして、人間が闘鶏に襲われて死ぬ事例が報告されている。流石に鶏と人間のサイズ比は、いちいち説明せずとも良いだろう。このケースでは闘鶏の脚にあった小刃(闘鶏用の道具)が、男性の首に刺さって出血多量を引き起こしたようだ。そして実際にバラウルでは、脚に4本の鈎爪(シックルクロー)が発達していた。

(↑バラウルのニュース記事より。これは片脚で、上2本がシックルクロー)

このシックルクローは自前の刃とも言うべき武器で、彼らのような小型のドロマエオサウルス類にとって、『一撃必殺』の武器だったことが研究によって示されている。このシックルクローの威力については、次回以降のバラウルの解説の際に詳しく説明する予定だ。一口に説明しておくと、自身の十数倍の体重を持つ相手を仕留められた可能性がある…。と考えていたが、諸事情によりシックルクローの解説は別記事で行うことにした。そのため詳しくは別記事を参照。
ちなみにブラディクネメについては分類が錯綜しているため、鈎爪の有無については不明である。もしもアルヴァレスサウルス類だとすれば、彼らに目立った武器(大きな爪や歯)はなかっただろう。一方でトロオドン類だとするならば、バラウルよりも小さなシックルクローを持っていたと推測されている。(これについても次回以降、順番に詳しく解説する予定だ。)
ただしシックルクローが小さいにせよ、類縁の可能性があるトロオドン類が、比較的大型の獲物を食べていた証拠は見つかっているらしい(他種の恐竜にトロオドン類の歯型が残されていたのだとか)。
死骸を漁ったにせよ、生きている相手を襲ったにせよ、彼らは決して非力なトカゲハンターではなかったと考えられる。大人のハツェゴプテリクスまでは襲わずとも、子供や卵を狙って巣に侵入したり、死骸を巡って小競り合いを繰り返していたはずだ。――ちょうどハゲワシとジャッカルがするように。
(↑「恐竜たちの大移動」より、死骸を漁るケツァルコアトルス)

(↑「恐竜たちの大移動」より、死骸を漁るトロオドン科)


ところが上記の研究とは180°異なり、「バラウルやブラディクネメが大人しい小動物だったのでは?」という研究もある。それによると四刀流の使い手バラウルは植物や虫を主食とする穏健派で、ブラディクネメは小昆虫の専門家とされているのだ。
(これらの異説についても個別の解説に絡めて解説する予定である。)



…開幕から早速とんでもない話を書き連ねてきたわけだが、実は上記の話を根底から揺るがしかねない研究も挙がっている。単刀直入に言ってしまおう。
『現在ドロマエオサウルス類とされている恐竜の中に、実はティラノサウルス類が混ざっているのでは?』という話だ。

「!?」

と思われた方へ…今度は安心してほしい。私も全く同じである。(ボーゼン)
毎度のように次ヶ回以降で解説(もとい考察)する予定なので、気長に待っていてほしい。



唐突ではあるが、今回も解説に一段落がついたため、『ハツェグ島の小型獣脚類について』(1)は、ここまでとさせてもらう。
それでは読者の皆様、また次回!



(2)へ続く…(ゼッタイ)



《参考文献》

福井県立恐竜博物館2014年度特別展 図録『スペイン 奇跡の恐竜たち』

・ティラノサウルス類とドロマエオサウルス類の混同について
https://academic.oup.com/zoolinnean/article/158/1/155/2732041
・ハツェグ島の獣脚類について
Csiki, G. & Grigorescu, D. (1998): Small theropods from the Late Cretaceous of the Hateg Basin (western Romania) - an unexpected diversity at the top of the food chain. Oryctos 1: 87-104.
・バラウルのニュース記事
https://www.bbc.com/news/science-environment-11137905
・闘鶏の死亡事故
https://twitter.com/livedoornews/status/1220212921935908865?s=19
・バラウルは植物食なのか…
Balaur: More than just a "Double-Sickle-Clawed Raptor"
・ヴェロキラプトルの胃内容物
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0031018212000946
・ヴェロキラプトルの捕食方法について
https://www.livescience.com/17485-velociraptors-killer-claws.html
・トロオドン類は雑食性なのか…
Holtz、Thomas R.、Brinkman、Daniel L.、Chandler、Chistine L.

《ネタ元》

・『プラネットダイナソー』第6話『驚異の生き残り作戦』

・私の気力(!?)