ID物語

書きなぐりSF小説

第33話。夏立つ頃。4. トースター1号

2010-11-20 | Weblog
 (午後2時。高橋小鹿氏とその門下の主だった連中、会社のスタッフなどが来た。東京からも、大江山教授とサイボーグ研のメンバーが来た。永田と関もいっしょ。フルメンバー勢ぞろい。互いに紹介して行く。大江山教授、さっそく小鹿氏をよいしょする。)

大江山。あなたが有名な高橋小鹿さん。お会いできてうれしいです。

高橋。帝都の大学の教授なんて、初めて見ました。こちらこそ、光栄ですわ。

大江山。プロの芸が見られるなんて、最高です。

高橋。おほほ、ほめすぎですわ。単なる上方の芸。庶民の娯楽に過ぎません。

大江山。こちらの研究も、世の中に広まらなければ意味がない。

高橋。さすがですわ。楽しみに拝聴いたします。

 (予想通り、全然かみ合ってない。ライバル意識もろ出しだ。とにかく、小鹿氏はVIPだ。まずは、展示会のリハーサルを一通りやって、見てもらうことにした。といっても、技術解説は簡単に済ませる。自動人形と、サイボーグ研のデモンストレーションだ。海原博士が小鹿氏に説明する。)

高橋。すばらしい。サーカスを見ているよう。

海原。左様。技術の誇示です。

高橋。どんな方が来られるのかしら。

海原。東京でやったときは、技術に関心のある高校生や大学生が多かった。もちろん、関係する企業や、外国からの調査団もいた。

高橋。技術動向を見に。

海原。少しでも情報をつかんで、出し抜こうとする連中。

高橋。生き馬の目を抜く。さすがお江戸。

海原。ここでも同じじゃ。

高橋。受けなきゃ意味ありません。そうね、ちょっと気取りすぎかしら。

海原。挨拶じゃ。思いっ切り気取るのじゃ。仁義に六方、何でもあり。

高橋。あらあ、先生とは意見が合いそう。楽しみ。

 (小鹿氏の歌は、即席で港氏が作詞、猫山氏が曲をさっさと作ってしまった。自動人形総出の上に、火本が透明ピアノ、水本が電子バイオリン、亜有が普通のバイオリン、土本が三味線。猫山氏が自ら指揮して、合わせてみる。小鹿氏、さすがにプロ。歌手ではないので音量とか音質はまずまずなのに、聞かせどころはばっちり。)

加藤。芸人の歌だ。下手なりにサービスたっぷり。

海原。これまたはっきりした物言いじゃの。

加藤。猫山さんは、こんなのが大好きなんですよ。プロの歌手だったらしかり飛ばしているところだけど、ほら、ニコニコして楽しんでいる。

海原。芸術は難解だぞい。

加藤。お客のウケが楽しみだ。どう反応するか。

 (ID社でも、東京から来た連中はムスッとしているけど、大阪支社から来た若い技術者などはやんやの拍手している。子鹿ー、などと声援が飛んだりする。
 寸劇の練習。港氏が脂汗かいて、必死になって指導。と言うのも、子鹿氏以外は全員素人。団員を使うと、費用が発生するからだ。自動人形がきちんと動くまで、コントローラも付きっ切りだ。ほんの5分の劇なのに、入念に位置や動作を指定して行く。
 配役は、情けない御曹司が火本、自主を説得する女友達が水本と土本、大番頭が海原博士。たまたま事故現場に通りがかってレスキューするのがA31。事件後、瓦版を読んでひどい奴だとうわさするのが鈴鹿、亜有、虎之介。怪盗一味が小鹿氏とイチとレイ。怪盗捕縛に情熱を上げている幕府の役人がエレキとマグネ。私(奈良)が怪盗のおかげて破産してしまった問屋の主人。といっても、舞台でうなだれているだけ。志摩が状況を説明する。
 息子は反省もせぬまま、貧相な芸人に身をやつして全国行脚に。どこが人情かというと、先妻に先立たれていた私が、以前に求婚されたのに先伸ばししていた伊勢とめでたく結ばれて、ささやかながらも幸せな庶民生活を送ることになるのだと。うむ、あからさまに取って付けたような陳腐なプロットだ。こんなの受けるのか。)

芦屋。くさい芝居。

志摩。それがいいんだ。誰でもどこで泣けばいいか、すぐに分かる。

清水。関東ならさんざんよ。何も解決してないし、旦那も破産して、ちっともハッピーじゃないじゃない。怪盗なんか最悪。事故に便乗して、自分は私腹を肥やし、義賊に祀り立てられる。見ていて、むかつく。

志摩。単なるお芝居だよ。

清水。でも、受けてるみたい。拍手が来たもん。

芦屋。一部の連中、というか、地元の社員らしい。

清水。加藤さんや猫山さんまで、ストーリは全然気にしてないみたい。

志摩。確かに、気にし出したら大変だ。

清水。関さん、思わず発砲したりして。

芦屋。永田といっしょに、殴り込みに行きそうだ。まあだから、エレキとマグネを出して、お上を執り成しているんだろうけど

清水。いずれ捕まって、裁きを受けるという伏線か。つじつま合わせ。

志摩。それで納得した方がいいよ。腹が立たずに済む。

清水。ふむ。巧妙だわ。

志摩。大阪なりの庶民の知恵だろう。

清水。あなた、うまく言う。

伊勢。みんな来てー、衣装合わせに行くって。

清水。今から。

志摩。今しかないよ。

 (小鹿氏は、すっかりトースター1号が気に入ってしまったらしい。鈴鹿に運転させてご満悦。いくらかと聞いている。これは模型の0号と違って、高価だ。実費でも1000万円はする。それに、乗り心地は普通の乗用車ベースの0号と違って、いかにも武骨。オフロード性能はあるけど。大江山教授が相手している。)

大江山。ですから、高橋さん、これは試作中のクルマです。オフロード用だから、乗り心地も武骨。

高橋。どうしても売れないと。

大江山。お売りできますけど、ご満足いただけるか。

高橋。鈴鹿さん、このクルマ、どうなの?。

鈴鹿。完成しているように見える。乗り心地もジープみたいで快適。好きな人は、病みつきになりそう。大江山教授、これをベースに、ロボットカーにするって意味でしょう?。

大江山。その意味では完成品だ。モグ班が自慢していた。

高橋。それ見なさい。これが気に入った。買う。

大江山。高価です。金に糸目をつけずに作った。

高橋。いくらなのよ。

大江山。実費だけで1000万円。売価はもう少し高いはず。

高橋。ロールスロイスより、ずっと安い。

大江山。当然ですよ。あんな途方もない高級車。乗ったことないけど。

高橋。私には分かる。丹精込めた一品よ。そうでしょ、鈴鹿さん。

鈴鹿。ええ。こいつは役立ってくれそう。

高橋。アフターサービスはあるんでしょ?。

大江山。我が国の名だたる大自動車メーカーの作品です。その点は安心。

高橋。じゃあ、言うこと無し。買う。話をつけてちょうだい。

大江山。モグ班に連絡します。

高橋。話が決まるまで、乗っていていいでしょ?。

大江山。今回の展示会の用事以外はご自由に。

高橋。決まりだわ。鈴鹿さん、デパートに行こう。

鈴鹿。出発します。

 (猫山氏は1号を見ても、0号の方がいいと判断したようで、こちらもご満悦で乗っている。志摩が運転している。)


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