(注文していた人形の箱が到着した。やたらと大きい。大型冷蔵庫くらいある。)
原田。1/10フィギュアじゃなかったの?。
志摩。そのはずだ。ということは数が多い。
原田。まだ開けちゃだめなの?。
志摩。注文主の奈良さんが戻るまで、待っていようよ。
(私はどうしていたかというと、東京ID社内の自動人形の緊急修理用施設で、三郎の調整中だったのだ。そのとき、本部から連絡があって、もう少し三郎たちを預かって欲しい、という要望が出たので、詳しく聞いていたのだ。)
奈良。やれやれ、やっと終わった。
伊勢。長かったわね。カラスの手術は慣れていなかったとか。
奈良。そちらはいつもの作業量だったが、途中で本部から連絡が来たのだ。三郎たちをあと一ヶ月預かってほしいだと。
原田。そういえば、三郎たちは3カ月間借りていただけ。次はどこに行くの?。
奈良。それがなかなか決まらなくて、もめていたのだ。
伊勢。単に返すんじゃないの?。
奈良。E国が受け入れに名乗りを上げたのだ。
伊勢。その手の恐怖物語には事欠かない国。ぴったりだわ。
奈良。四郎と五郎が予想外だったらしい。カラスだけならすんなり話が片づいた。
伊勢。四郎と五郎は残すとか。
奈良。それならそれで、クロに操縦させるとかで決着する。決めかねているのは先方。
伊勢。つまり、三郎だけ受け入れるか、四郎と五郎とセットで受け取るか。
奈良。あるいは、別の方法か。もう一つは、先方に今いる自動人形が余る形になる。
伊勢。それをこっちによこすの?。
奈良。その話が出たので、考えさせてくれと返事した。
原田。どんな自動人形なの?。
奈良。女性型アンドロイド。原田くんとよく似た体型。顔はいかにもE国風だが、たぶん、改造する。
伊勢。他にもいるんでしょ。
奈良。E国には4機の自動人形がいる。男が3体と女性が1体。
伊勢。なんでわざわざ女性を送るのよ。
奈良。こちらと同じ。男性型が仲がいい。
伊勢。いつも3人そろってお出かけとか。
奈良。詳細は知らん。とにかく、男3人で一体だと。それで、四郎と五郎が来ると、大変なことになる。
原田。5人でいちゃいちゃ。
奈良。さしものE国でも持て余すとのことだ。
伊勢。じゃあ、その女性と三郎が交換になる。
奈良。多分、そうなる。五郎と四郎は、その女性の配下に入る。
伊勢。なんか数が合わない。なんで日本がプラス1になるのよ。本部に返せばいいじゃない。
奈良。増産分が次々にできて、そちらの調整が大変。ここ1年はこの調子だろう。
伊勢。つまり、受け入れ先を確保しながら増産している。日本ID社は緩衝地帯になっている。
奈良。結論からいうとそうなる。
伊勢。奈良さんのお人好し。
原田。いろんな自動人形を見たいから、ちょうどいいと思う。だめですか?。
伊勢。うーん、いまでも持て余し気味というのに。どうにかしてください。
奈良。長野本社で世話人を作れないか相談してみる。自動人形が増産されているのだから、コントローラを増やす話が出てきてもいい。
伊勢。じゃあ、そちらの線は進めていただくとして。当面は同じか。
奈良。今後1カ月は。
志摩。人形を見てみようよ。
伊勢。どさくさに紛れて忘れかけていた。
奈良。その冷蔵庫みたいな大きさの箱か。たしか1/10スケールの人形ではなかったのか。
伊勢。そうです。でも、いろいろ揃えると、こうなっちゃったの。
奈良。こうなっちゃったの、って、注文したのは私だ。自動人形7体と伊勢と私。
伊勢。人形はそれだけ。付属品を若干用意したの。
奈良。若干じゃないな。とにかく、見てみよう。
(志摩と鈴鹿が梱包を開く。出てきたのは、豪華ショーケース入りのフィギュアと付属品。付属品の多いこと。伊勢、説明してもらおう。)
伊勢。この、真ん中に見えるのが、自動人形たち。奈良さんとA31と私。その横に三羽烏。救護服の基本形。
志摩。顔はリアルではない。
伊勢。そう。リカちゃん人形みたいにちょっとデフォルメされている。そちらの、モノリスとピナクスと合わせたの。
原田。上段には楽器が並んでいる。本物みたいによくできている。
伊勢。音も出る。演奏は無理だけど。人形の方は、実際に関節を曲げて、構えることもできるのよ。
奈良。こっちはオートジャイロ。クロ用だ。
鈴鹿。そして、社用車2台。旧車両と新車両。
奈良。クローゼットにタンス。着替えか。
伊勢。そうよ。
(鈴鹿とケイマが確認する。ちょっとしたコレクションだ。ついでに、志摩、鈴鹿、ケイマの分まである感じがするのは気のせいか。)
原田。うわあ。楽しそう。ねえ、展開していい?。
奈良。その下の扉は何だ。
伊勢。ジオラマ用の小道具。
奈良。1/10スケールのジオラマだと。
伊勢。単に人形運ぶ列車が走るだけよ。
原田。知ってる。おとぎの世界に行って、着ぐるみになるの(註: ブーフーウー)。
奈良。…。とにかく、展開しろ。話はそれからだ。
(部下3人とケイマはテーブルをくっつけて、きゃっきゃいいながら人形を展開する。うむ、関節は単に針金で曲がるのではない、ちゃんとヒンジになっている。凝っている。作る方も真剣に作ったに違いない。)
伊勢。まずは楽器演奏。
奈良。楽しそうだな。
原田。楽しい。よかった。奈良さん、ありがとう。
奈良。なぜ礼を言う。
原田。分かっているわよ。でも、これくらいしないと、単なる置物。アイデアも何も出てこない。
奈良。理屈か。
伊勢。自動人形の予算を使うんですもの。少しは学術的雰囲気を出さないと。
奈良。学術的…。たしかに、製作したのは建築などの産業用精密モデルを作る部門だ。
伊勢。そうよ。真剣に作られている。
原田。こんな精密な人形見たの、初めて。さすがにID社。
奈良。いや、専門メーカーまで含めたらいろいろあると思う。
伊勢。でも、そんなところに頼んだら、芸術的完成度はずっと高いけど、実用性はいまいち。これは産業用品質。話がよく通じた。
奈良。ううむ、かなり作り込んだな。
伊勢。ええ、何度も尻たたいたわ。
(もはや想像をはるかに超えた逸品だ。伊勢に任せることにする。)
伊勢。できた。演奏会の隊形。
奈良。これを今度の演奏会でも展示する。
伊勢。そのつもり。ID社の技術誇示にもなる。
原田。いろいろやってみようよ。
志摩。記録しておくよ。アレンジ例として残そう。
伊勢。じゃあ、次は情報収集部の出撃態勢。
(どうやら、女ども、子供のころを思い出して悦に入っているらしい。ちょうどいいので、自動人形全員を呼んで見学させる。)
ジロ。伊勢さん方、たのしそうです。
タロ。人形で遊んでいるのか。
奈良。そうだ。人形遊び。
アン。救護所で見たことある。小さな女の子。人形にポーズさせて、お話を聞かせていた。
奈良。それと同じ。
クロ。ネコの人形であんなに精密なのは珍しいはずだ。
奈良。普通はあそこまで凝らない。伊勢が私の獣医の解剖学の本を参考にしたようだ。
ジロ。何の目的のものですか。
奈良。通常は遊ぶだけなのだが、作戦上のアイデアを得るのが目的らしい。
ジロ。シミュレーション。
奈良。シミュレーションのための模型を作っている部門が製作した。
ジロ。なるほど、そのように見えます。普通の人形としては異常によくできている。
奈良。いや、納得してもらっても困る。例によって、伊勢のいたずらだ。
アン。奈良さんをからかっている。
奈良。よく分かる。その通りだ。
(どうやら、自動人形は精密な装置にはある程度反応するようだ。目的が作戦と関係ないことが分かって、ほっとしている。)
アン。あれ、私の人形。実物よりかわいい。
奈良。人形だからな。そのように見えるように少し変えたのだ。現実のアンはそのままの方がいい。
アン。奈良さんの人形もかわいい。
奈良。そうか。
アン。ご不満なの?。
奈良。いや、どう言っていいか。不満はないが、満足でもない。
アン。ほどほど。
奈良。たぶん、そう。
(出撃態勢は、伊勢がよく組むパターンで、志摩が旧車両を運転して、伊勢が助手席で、アンとクロが後ろに座る。私は鈴鹿のクルマに、タロとジロに挟まれて座る。助手席には、とりあえずケイマ。)
伊勢。フィギュアはよくできているけど、細かいポーズは無理。
鈴鹿。産業模型じゃないからね。ゲームの絵を描くためのもの。
志摩。せっかく大きさや外見の印象を合わせたのに、惜しかった。
(人形の伊勢には背中の傷がないから、自分でちょっと大胆な格好をさせて感慨にふけっている。)
原田。伊勢さん、ご自分の姿にうっとり。
伊勢。いや、そういうわけでも。私、右肩から腰までの大きな皮膚の損傷があるの。他人に見せられない醜い傷。
原田。ごめんなさい。うきうきしていた私が悪いの。
伊勢。あなたには言ってなかったもの、無理もない。
原田。この人形は、鏡の国の伊勢さん。
伊勢。そうね。幸せな家庭を持って、こんな活動していないかも。奈良さんにもA31にも、あなたにも会うことはなかった。きっと遠い人たち。
原田。こちらの国の伊勢さんは。
伊勢。奈良さんやあなたに会えて幸せ。取り替えたいとは思わない。傷は消えて欲しいけど。
原田。うん。
(ケイマはお嬢様で、つらい経験はない。でも、歴史や世界情勢には関心があるから、伝聞ではさまざまな人の境遇を知っている。伊勢が特につらそうだ、というわけでもない。個人的な出来事だ。
この1/10スケールの模型は、演奏会の際に、モノリスたちといっしょに入り口付近に飾られた。ID社の模型制作部による、この精巧な模型は注意を引いてしまい、A31の演奏姿は例としてID社のカタログを飾ることになった。そして、信じ難い高価格なのに、何セットか売れたそうだ。
ゲームメーカーのモノリスとピナクスの模型も負けていなかった。こちらは多少高価とは言え、一般個人でも買えないほどではない。主にオタクの間で評判となり、多分、正太郎とサクラのおかけで、自動人形の存在は知れ渡ることになった。商品としても、売れたと言うほどには売れたそうだ。かろうじてA31も追加になったが、その後は架空の世界に入ってしまい、発散したようだ。それらは、あり得ない自動人形な訳だが、世間の理解とはそのようなものだろう。悲しいことに、ID社としては全く実害がないので、すき放題させることとした。)
原田。1/10フィギュアじゃなかったの?。
志摩。そのはずだ。ということは数が多い。
原田。まだ開けちゃだめなの?。
志摩。注文主の奈良さんが戻るまで、待っていようよ。
(私はどうしていたかというと、東京ID社内の自動人形の緊急修理用施設で、三郎の調整中だったのだ。そのとき、本部から連絡があって、もう少し三郎たちを預かって欲しい、という要望が出たので、詳しく聞いていたのだ。)
奈良。やれやれ、やっと終わった。
伊勢。長かったわね。カラスの手術は慣れていなかったとか。
奈良。そちらはいつもの作業量だったが、途中で本部から連絡が来たのだ。三郎たちをあと一ヶ月預かってほしいだと。
原田。そういえば、三郎たちは3カ月間借りていただけ。次はどこに行くの?。
奈良。それがなかなか決まらなくて、もめていたのだ。
伊勢。単に返すんじゃないの?。
奈良。E国が受け入れに名乗りを上げたのだ。
伊勢。その手の恐怖物語には事欠かない国。ぴったりだわ。
奈良。四郎と五郎が予想外だったらしい。カラスだけならすんなり話が片づいた。
伊勢。四郎と五郎は残すとか。
奈良。それならそれで、クロに操縦させるとかで決着する。決めかねているのは先方。
伊勢。つまり、三郎だけ受け入れるか、四郎と五郎とセットで受け取るか。
奈良。あるいは、別の方法か。もう一つは、先方に今いる自動人形が余る形になる。
伊勢。それをこっちによこすの?。
奈良。その話が出たので、考えさせてくれと返事した。
原田。どんな自動人形なの?。
奈良。女性型アンドロイド。原田くんとよく似た体型。顔はいかにもE国風だが、たぶん、改造する。
伊勢。他にもいるんでしょ。
奈良。E国には4機の自動人形がいる。男が3体と女性が1体。
伊勢。なんでわざわざ女性を送るのよ。
奈良。こちらと同じ。男性型が仲がいい。
伊勢。いつも3人そろってお出かけとか。
奈良。詳細は知らん。とにかく、男3人で一体だと。それで、四郎と五郎が来ると、大変なことになる。
原田。5人でいちゃいちゃ。
奈良。さしものE国でも持て余すとのことだ。
伊勢。じゃあ、その女性と三郎が交換になる。
奈良。多分、そうなる。五郎と四郎は、その女性の配下に入る。
伊勢。なんか数が合わない。なんで日本がプラス1になるのよ。本部に返せばいいじゃない。
奈良。増産分が次々にできて、そちらの調整が大変。ここ1年はこの調子だろう。
伊勢。つまり、受け入れ先を確保しながら増産している。日本ID社は緩衝地帯になっている。
奈良。結論からいうとそうなる。
伊勢。奈良さんのお人好し。
原田。いろんな自動人形を見たいから、ちょうどいいと思う。だめですか?。
伊勢。うーん、いまでも持て余し気味というのに。どうにかしてください。
奈良。長野本社で世話人を作れないか相談してみる。自動人形が増産されているのだから、コントローラを増やす話が出てきてもいい。
伊勢。じゃあ、そちらの線は進めていただくとして。当面は同じか。
奈良。今後1カ月は。
志摩。人形を見てみようよ。
伊勢。どさくさに紛れて忘れかけていた。
奈良。その冷蔵庫みたいな大きさの箱か。たしか1/10スケールの人形ではなかったのか。
伊勢。そうです。でも、いろいろ揃えると、こうなっちゃったの。
奈良。こうなっちゃったの、って、注文したのは私だ。自動人形7体と伊勢と私。
伊勢。人形はそれだけ。付属品を若干用意したの。
奈良。若干じゃないな。とにかく、見てみよう。
(志摩と鈴鹿が梱包を開く。出てきたのは、豪華ショーケース入りのフィギュアと付属品。付属品の多いこと。伊勢、説明してもらおう。)
伊勢。この、真ん中に見えるのが、自動人形たち。奈良さんとA31と私。その横に三羽烏。救護服の基本形。
志摩。顔はリアルではない。
伊勢。そう。リカちゃん人形みたいにちょっとデフォルメされている。そちらの、モノリスとピナクスと合わせたの。
原田。上段には楽器が並んでいる。本物みたいによくできている。
伊勢。音も出る。演奏は無理だけど。人形の方は、実際に関節を曲げて、構えることもできるのよ。
奈良。こっちはオートジャイロ。クロ用だ。
鈴鹿。そして、社用車2台。旧車両と新車両。
奈良。クローゼットにタンス。着替えか。
伊勢。そうよ。
(鈴鹿とケイマが確認する。ちょっとしたコレクションだ。ついでに、志摩、鈴鹿、ケイマの分まである感じがするのは気のせいか。)
原田。うわあ。楽しそう。ねえ、展開していい?。
奈良。その下の扉は何だ。
伊勢。ジオラマ用の小道具。
奈良。1/10スケールのジオラマだと。
伊勢。単に人形運ぶ列車が走るだけよ。
原田。知ってる。おとぎの世界に行って、着ぐるみになるの(註: ブーフーウー)。
奈良。…。とにかく、展開しろ。話はそれからだ。
(部下3人とケイマはテーブルをくっつけて、きゃっきゃいいながら人形を展開する。うむ、関節は単に針金で曲がるのではない、ちゃんとヒンジになっている。凝っている。作る方も真剣に作ったに違いない。)
伊勢。まずは楽器演奏。
奈良。楽しそうだな。
原田。楽しい。よかった。奈良さん、ありがとう。
奈良。なぜ礼を言う。
原田。分かっているわよ。でも、これくらいしないと、単なる置物。アイデアも何も出てこない。
奈良。理屈か。
伊勢。自動人形の予算を使うんですもの。少しは学術的雰囲気を出さないと。
奈良。学術的…。たしかに、製作したのは建築などの産業用精密モデルを作る部門だ。
伊勢。そうよ。真剣に作られている。
原田。こんな精密な人形見たの、初めて。さすがにID社。
奈良。いや、専門メーカーまで含めたらいろいろあると思う。
伊勢。でも、そんなところに頼んだら、芸術的完成度はずっと高いけど、実用性はいまいち。これは産業用品質。話がよく通じた。
奈良。ううむ、かなり作り込んだな。
伊勢。ええ、何度も尻たたいたわ。
(もはや想像をはるかに超えた逸品だ。伊勢に任せることにする。)
伊勢。できた。演奏会の隊形。
奈良。これを今度の演奏会でも展示する。
伊勢。そのつもり。ID社の技術誇示にもなる。
原田。いろいろやってみようよ。
志摩。記録しておくよ。アレンジ例として残そう。
伊勢。じゃあ、次は情報収集部の出撃態勢。
(どうやら、女ども、子供のころを思い出して悦に入っているらしい。ちょうどいいので、自動人形全員を呼んで見学させる。)
ジロ。伊勢さん方、たのしそうです。
タロ。人形で遊んでいるのか。
奈良。そうだ。人形遊び。
アン。救護所で見たことある。小さな女の子。人形にポーズさせて、お話を聞かせていた。
奈良。それと同じ。
クロ。ネコの人形であんなに精密なのは珍しいはずだ。
奈良。普通はあそこまで凝らない。伊勢が私の獣医の解剖学の本を参考にしたようだ。
ジロ。何の目的のものですか。
奈良。通常は遊ぶだけなのだが、作戦上のアイデアを得るのが目的らしい。
ジロ。シミュレーション。
奈良。シミュレーションのための模型を作っている部門が製作した。
ジロ。なるほど、そのように見えます。普通の人形としては異常によくできている。
奈良。いや、納得してもらっても困る。例によって、伊勢のいたずらだ。
アン。奈良さんをからかっている。
奈良。よく分かる。その通りだ。
(どうやら、自動人形は精密な装置にはある程度反応するようだ。目的が作戦と関係ないことが分かって、ほっとしている。)
アン。あれ、私の人形。実物よりかわいい。
奈良。人形だからな。そのように見えるように少し変えたのだ。現実のアンはそのままの方がいい。
アン。奈良さんの人形もかわいい。
奈良。そうか。
アン。ご不満なの?。
奈良。いや、どう言っていいか。不満はないが、満足でもない。
アン。ほどほど。
奈良。たぶん、そう。
(出撃態勢は、伊勢がよく組むパターンで、志摩が旧車両を運転して、伊勢が助手席で、アンとクロが後ろに座る。私は鈴鹿のクルマに、タロとジロに挟まれて座る。助手席には、とりあえずケイマ。)
伊勢。フィギュアはよくできているけど、細かいポーズは無理。
鈴鹿。産業模型じゃないからね。ゲームの絵を描くためのもの。
志摩。せっかく大きさや外見の印象を合わせたのに、惜しかった。
(人形の伊勢には背中の傷がないから、自分でちょっと大胆な格好をさせて感慨にふけっている。)
原田。伊勢さん、ご自分の姿にうっとり。
伊勢。いや、そういうわけでも。私、右肩から腰までの大きな皮膚の損傷があるの。他人に見せられない醜い傷。
原田。ごめんなさい。うきうきしていた私が悪いの。
伊勢。あなたには言ってなかったもの、無理もない。
原田。この人形は、鏡の国の伊勢さん。
伊勢。そうね。幸せな家庭を持って、こんな活動していないかも。奈良さんにもA31にも、あなたにも会うことはなかった。きっと遠い人たち。
原田。こちらの国の伊勢さんは。
伊勢。奈良さんやあなたに会えて幸せ。取り替えたいとは思わない。傷は消えて欲しいけど。
原田。うん。
(ケイマはお嬢様で、つらい経験はない。でも、歴史や世界情勢には関心があるから、伝聞ではさまざまな人の境遇を知っている。伊勢が特につらそうだ、というわけでもない。個人的な出来事だ。
この1/10スケールの模型は、演奏会の際に、モノリスたちといっしょに入り口付近に飾られた。ID社の模型制作部による、この精巧な模型は注意を引いてしまい、A31の演奏姿は例としてID社のカタログを飾ることになった。そして、信じ難い高価格なのに、何セットか売れたそうだ。
ゲームメーカーのモノリスとピナクスの模型も負けていなかった。こちらは多少高価とは言え、一般個人でも買えないほどではない。主にオタクの間で評判となり、多分、正太郎とサクラのおかけで、自動人形の存在は知れ渡ることになった。商品としても、売れたと言うほどには売れたそうだ。かろうじてA31も追加になったが、その後は架空の世界に入ってしまい、発散したようだ。それらは、あり得ない自動人形な訳だが、世間の理解とはそのようなものだろう。悲しいことに、ID社としては全く実害がないので、すき放題させることとした。)