ID物語

書きなぐりSF小説

第4話。魔女っ娘来襲。9. ID本部航空部門工場

2009-02-22 | Weblog
 (翌朝、現地時間7時。ホテルの食堂に行く。普通のバイキング形式。英米流の定番の品に加えて、ご当地客用の品揃えがある。具体的には各種蜂蜜とちょっと変わったナチュラルチーズ。パンにも特色がある。伊勢はこうした趣向が大好きなようで、ニコニコして味わっている。ふと思い出して、昨晩のリリの行動について尋ねる。)

伊勢。そうね、不思議だわ。私も撫でたのに、奈良さんのところに行ったのよ。別に怒っているようにも見えなかったし。

奈良。怒っているとも何とも言わなかったし、怒っているようには見えなかった。

伊勢。リリだけじゃない、A31だって同じ。必ず奈良さんのところに確かめに行く。

奈良。正直に言うが、何も思い当たる点はない。それに、作戦行動時にはむしろ君の傘下に入るのを好んでいるようだ。

伊勢。多分、私は答えを知っている。説明はできないけど。

奈良。なんだそれは。君らしくない発言だな。

伊勢。あら、奈良さんが一番感じていたと思っていた。

奈良。いや、感じるという点では同感だが、説明できない点も同感だ。感じとしては、「血は水よりも濃い」というやつだが、リリやA31とは親戚でもなんでもない。

伊勢。そうね、リリやA31はロボットだから、必ず対応する具体的な行動があるはず。それって何なんだろう。

奈良。ふむ…。申し訳ないが、保留だ。見当もつかない。

 (動物行動学的には明らかに、親子と他人とは行動が異なる。このつながり感覚は説明しがたいもので、動物ならば匂いや味だとか、感覚である程度説明可能な気がする。
 しかし、自動人形はロボットだから、そうは行かない。自分で「動物の心」を作ったのに説明できないとは歯がゆいが、分からないものは分からない。)

伊勢。考える時間ならたっぷりあるしね。

 (リリとエスは、いつものように純エタノールを飲んでいる。こちらの会話を楽しそうに眺めている。自動人形は、相手の心に敏感に反応する。こちらがリラックスしていると、自分たちも安心するのだ。)

 (午前8時、主任と部下が来た。荷物を持ってクルマへ。ID本社に寄ってリリとエスの箱や付属品を積み、工場へ出発。
 高速道路を延々2時間。アルプスに近いので、山々がよく見える。田舎だ。広大な敷地で、自動車用のテストコースや飛行機用の滑走路まで揃っている。工場の建物は大きいのがまばらに存在している。
 ID社の主力商品は計測機で、航空部門はその陸海空の運搬手段を設計、製造する部門だ。だから受注は多くない。しかし、ここは世界中から注文や大きな修理が来るのだから、結構忙しそうで、ひっきりなしに運搬車などが往来している。
 責任者にあいさつしてから、まずは大まかな見学。パンフレットでしか見たことのない機体もあり、それらの組み立て工場に案内される。私も伊勢もこちらの専門でないから、主任にあれはなんだ、これはなんだと質問しっぱなしとなる。主任も主任で、飽きることなく説明してくれるし、分からなかったら担当者に連絡して解説してもらう。リリとエスには意味は分からないが、とにかく、2機ともおとなしく付いてきてくれた。広い工場にはびっくりしていたようだ。
 リリのオートジャイロもリリ専用なので、リリの計測も行われた。こちらはアンドロイドの計測なので、すぐに済んだ。
 あっというまに、昼になった。社員食堂に案内され、食事。午後はオートジャイロの講習を受けてから、実際に乗ってみるという。リリとエスは探索。工場に入るときに、ゲスト用の名札をくれたので、エスにはベストにそれを付ける。ヘビロボットが来ることと、探索行動は周知されていたらしく、連絡は何回か来たが、騒ぎにはならなかったようだ。)

 (午後、講習を受ける。リリにも操縦させるし、主客はエスだから、結局2人と2機が生徒。本日は我々の行動を観察したいらしく、主任はつきっきりだ。
 オートジャイロはスポーツになっているくらいだから、操縦そのものは難しくないらしい。安定性が高く、機動性に優れている。簡単な講習だった。
 オートジャイロは工場敷地内の滑走路を使うのではなく、近くの空港にあるらしい。その前に、昨日急遽搭載が決まった進行波ジェットエンジンの模型とやらを見に行く。
 外見は筒のような形で、長さ50cm、直径10cmほどである。台に固定されていて、各種の計測に使われたらしい。主任が担当者に命じて、動作させる。たしかに送風機だ。ゴーっとたしかに風切り音はするが、あとは静かな燃焼音が聞こえるのみ。ところが、エスとリリが落ち着かない。伊勢がいち早く気づいたようだ。)

伊勢。どうしたの、何かあったの。

リリ。うるさい。何とかならないの、この音。

 (リリとエスの聴覚機構は人間のそれとはまるで異なる。軍が設計した聴覚センサー、つまり一種のマイクで、人間の可聴域をはるかに超えた音波の分析が可能である。
 IDセンサーも反応しているはずだから、アナライザーでざっと分析、200KHz付近の純音に近い騒音が発生しているようだ。人間の聴覚域のざっと10倍の高さの超音波だ。無害と判断されてしまったので、アナライザーからは報告がなかったのだ。)

主任。パラメータを少しずつ変えてくれるか。

 (と、主任が担当者に注文する。周波数分析器が持ってこられて、騒音を測定しながら各種の設定を変えて行く。少しずつ騒音も変化して行くがなかなか静かになってくれない。)

主任。うーん、軍用センサーで容易に検出できるのなら、作戦行動には使えません。どうしますかね。

伊勢。設計図を見せていただけますか。騒音の発生要因を探りましょう。

 (思い出したが、伊勢は音響工学を表向きの専門としている。つまり騒音には詳しいはずだ。主任にその旨伝えて、資料を用意してもらう。会議室に移動。
 伊勢は図面をもらってうんうん考えている。見た瞬間に原因は分かったらしいが、その解決法が思いつかないようだ。しかたがないので、このエンジンに詳しい技術者を呼び、伊勢が説明する。
 どうやら、その技術者は前からその騒音が気になっていたらしい。しかし、模型なのだからと、そのままにしていたとのこと。主任が改良は可能かと聞くと、すぐに調整してみる、ただし、変更個所が多岐に渡るので、まる一日かかる、とのこと。主任は、さっそく作業に移るよう指示する。
 主任は、なぜ伊勢が要注意人物なのかに気づき始めたようだ。幸い、今回は自分の得意分野でないと認識したから、途中で譲ったが、私からみても、明らかに魔物に憑りつかれたような感じだった。それに、伊勢は過度に緊張すると、微笑んだような表情になるのだ。いまは、ふっと緊張が取れ、いつものモモさん状態に戻っている。)

 (主任に案内され、近くの小さな空港へ。整備が済んだオートジャイロ2台が用意されていた。前後二人乗りの小さなヘリコプターのような外見で、風防は前方だけのオートバイのような感じ。ローターが目立つが、最初にある程度の回転を与えるだけで、後は自然に回っているだけ。これで揚力が生まれるのだ。背中の部分に推進用のエンジンとプロベラがついていて、さらに後方に飛行機みたいな尾翼がある。
 主任が飛行計画等を確認し、こちらへ来る。まず自分が飛ぶから、後からついてきて欲しいと。至れり尽くせりだ。まず私が単独で乗り込む。飛行機のような操舵装置だ。風はほとんどない。
 主任がロータを回し出した。私も回す。主任が発進、私もついて行く。ほんの一周して着陸。緊張したが難しくはなかった。伊勢も同様に一周。リリにも指示する。結構うまく操縦する。飛行できたので喜んでいる。
 少しずつ高度な操縦を取り入れて行く。私は、エスを乗せて操縦。伊勢は、機械を操るのは面白いらしく、楽しんでいる。技が複雑になるとアンドロイドの方が有利で、主任が指示したとおりにリリは操縦して複雑な飛行を行う。遊んでいるのではない、開発するオートジャイロの諸特性を考えているのだ。途中からリリの膝にエスを乗せることにした。私にはできない技をエスに観察させるためだ。
 リリがあまりに素早く上達したので、主任はやることがなくなったようだ。エス付きのリリと、伊勢とに編隊を組ませて遠出させることにした。急遽飛行コースを組み立て、伊勢に渡す。アルプスの見学コースらしい。ちと、うらやましい。
 2機のオートジャイロにモニター用のカメラを取り付け、発進させる。私と主任はモニターのある部屋に移動。)

主任。私が計画していた事項はすべてこなしました。考えていたより数倍速かったです。残りの滞在期間、どうされます。

 (一週間、こちらにいるつもりだった。それがわずか2日で用件が終わってしまったのだ。後はオートジャイロができてから、リリとエスを乗せて最終調整。2週間後なので、改めて来るつもりだ。付き添いは私か伊勢か、どちらか一人で十分だろう。
 このメンバーで観光旅行しても面白くない、などと考えていたら、リリから通信機に連絡が入る。)

リリ。山の斜面にけが人のような人が見えます。こちらに手を振っています。

奈良。近くに着陸できるのか。

主任。モニタを向けてもらえますか。

伊勢。こうですか。

主任。ありがとう。何とか着陸できそうですけど、一機だけです。

伊勢。では、リリとエスを着陸させます。要領を教えてやってください。

主任。了解。

 (主任の誘導で、けが人近くにリリとエスが着陸。応急手当てしたが、滑落したらしく、とても動けないらしい。オートジャイロの後席で運ぶのは無理そうなので、ヘリコプターを要請することにした。すぐに主任が連絡。伊勢は上空で旋回して待機。
 15分でヘリコプターが来た。もともと高速道路での事故に対応のためのドクターヘリのようだ。リリとエスは発進。代わりにヘリコプターが降りる。無事収容を確認してから、伊勢とリリは現場を離れる。)

主任。機動救護班でした。当方も欲しいくらいです。

奈良。今回、オートジャイロの威力を初めて知りました。大変便利な航空機と思います。よい体験になりました。いろいろありがとうございます。

主任。お役に立てましたか。残りの期間については、部門長と相談してみます。

 (主任が部門長に連絡する。部門長は、考える、後で連絡する、といったらしい。
 暇になったので、外に出て散歩。のどかな空港周辺、遠方に威容を放つ山々。伊勢とアンドロイドとロボットヘビが飛行中。ごく自然な風景なんだろうな、きっと。)