日曜日(といっても2月19日の日曜日)はちょっと遠出して、猛暑になると必ず注目される埼玉は熊谷へ。先日ブログで書いた高校時代の友人と朝8時に日本橋で待ち合わせ、中山道(国道17号)をひたすら北上。途中休憩を挟み、およそ3時間で熊谷に到着した。

JR熊谷駅北口の駅前ロータリー中央に建つ熊谷次郎直実の像。

コカ・コーラの広告に「I LOVE Kumagaya」と書かれていたので敢えてトリミングしなかった。
敵の大将軍めがけて勢い勇んで取り押さえ、冑に隠れた顔をよく見ると薄化粧に鉄漿した若者であった。名を尋ねると敦盛、生年は十六という。直実には敦盛と同じ歳の息子がいる。敦盛を見て、息子が敦盛の立場だったらと思うと、このまま敦盛を逃がせたい心境になった。そうなるのは不思議でない。この若者の首を取っても取らなくても、源氏の勢い、平氏の衰滅は止められないのだから。しかし、もし若者に情けをかける(逃がす)姿を味方の武将に見られたとしたら・・・・・・。「君をただ今助参らせて候とも、終にはのがれさせ給ふべからず、御孝養に於ては直実よくよく仕候べし」(『平家物語』)と、泣く泣く若者・敦盛の首を掻き切った。戦いに身を投じた武将もこの一件で無常を感じ出家してしまう。この像のシーンより後のお話。
熊谷次郎直実と並ぶ坂東武者の銅像が、熊谷からそう遠くない場所に建っている。行きたかったのだが熊谷到着までに体験した凍るような寒さに気が萎え、次回に持ち越した。正午になる前に大盛がウリのパスタ屋で腹ごしらえして、デパート「八木橋」で少々暖をとった。そして次に向かったのが

東松山の「吉見百穴」。百穴は「ひゃくあな」と読ませている。吉見は「よしみ」。くどいね。
「今から約1300年前の古墳時代終末期の横穴墓群であり文献によると江戸時代の中ごろから【不思議な穴】として人々に興味を云々」(リーフレット『国指定史跡 吉見百穴 ~いまも息づく古代の香り 横穴墓群~』)。どうして、地面を掘って埋めてそこに土を盛る、ではいけなかったのか・・・・・・それを考えたら夜も眠れなくなっちゃう。

軍需工場跡。
軍需工場跡入口(2箇所ある)から百メートルも行かないあたりで通行止、奥へ行くことはできない。縦横に掘られた大きな通路はただの通路で、見るべきものはなく歩くほかなし。
外へ出て改めて、岩山によくもこれだけの大穴、小穴を掘ったものだと疑問が湧いた。穴だらけの岩山を登るうち、その疑問の答えの一つが見えてきた。この岩山、硬そうに見えて案外柔らかいのだ。岩肌を触って柔らかいと判ったわけじゃない。横穴の中のそこかしこに見物者の落書ならぬ【落彫】が見られたから。【落彫】は専門の用具でなく何か鋭利なもので名前から記号のようなものが深く刻まれていた。証拠の画像は撮らなかった。【落彫】を助長しそうなので。史跡をみだりに傷つけてはいけない。
近くで見ると、見たくないものまで見えてしまうが、脚力に自信のある方には岩山登りがオススメ。ただ一つ注意しなければならないのは

岩山の中腹にこんな警告。そんなこと初めて知ったぞい。

もしスズメバチに襲われたとしてこんな場所で迅速に対処できるとでも?どうせなら登る前に警告を。時期になったらもう少し強い警告が発せられることを信じたい。
岩山登りを終え、百穴の前の御茶屋にてしばし休憩。足の疲れが少し取れ、あとは高速道路を使って帰るばかりと思っていたところ、友人の「ここまで来たら小江戸川越に行きたい」の一言で、国道254号を南下することに。
川越市街に入ると、日曜日の午後ということもあり、目抜き通りには人やクルマで大変な混雑。右往左往してようやく見つけたバイク駐車場にバイクを置き、目抜き通りまで歩く。

川越市役所に建つ大田道灌像。この場所が川越城の跡地であることを後で知った。よく観察すれば(しなくても)、銅像の近くに「川越城大手門跡」なる石碑が目に入ったはず。それを見落としたのは、気が急いでいたから。急ぐ訳はこの画像にあり。そう道灌像の左側の時計に注目!日が暮れて寒かった前日と同じ思いは極力避けたいと思っていたのに。この時間から見て回るとなると、前日よりもむしろ遅い時間に帰宅することは必至。嗚呼。
とはいうものの、せっかく訪れたのだからその場所の空気を十二分に吸わなければ勿体無い。もう寒くなってもいいや。気を揉まなくなったらなんだか楽しくなってきた。

目抜き通りから一本入った小道に昔の風情を残すお店が並んでいる。色を抜くと「今から40年前の写真です」と言っても通りそうだな。ちょっと無理があるか。

小江戸川越の象徴「時の鐘」。モノクロにしたら風情あるだろうけど、抜けるような青空なのでママ。時の鐘の音を間近で聞きたかったのに、上の画像の通りをほっつき歩いていた時に午後4時を知らされた。
ひとしきり楽しんでバイク駐車場に戻ってからは、朝待ち合わせた日本橋へ向けてひたすら走るのみ。途中渋滞に巻き込まれながらも午後7時ちょっと過ぎには日本橋に到着でき、次回のツーリングを約束して友人と別れた。自宅に着いたのは午後8時を回っていた。ヘルメットをテーブルに置き、ダウンジャケットを脱ぎ、ふと思った。
「帰り全然寒くなかったな」