いいと聞いて、猫にヨーグルトを少しずつ上げることにしました。
もちろん、無糖のやつね。猫は腎臓が弱いらしいから、その辺は十分気を付けて。
ものすごく喜んで食べますよ。というか、舐めますよ。 ヨーグルト。おいしいのかな。
スプーンの四分の一ぐらい、一センチ角ぐらいだけどね、一瞬で舐め終わります。
十分健康を気遣ってやらないと、すでに猫は私の人生プランの一部になっているのだから。
私の年齢から逆算して、猫の寿命が15年から20年として、もし今の猫が天寿を全うして天国に行っても、もうその後に飼う時間が、私の方にない。
だから最後の猫。二匹飼うことはできるかもしれない。あと五年ぐらいしてもう一匹、時間差攻撃。そんな感じで調節するか。
でもなぁ……、結局世話をしているのは妻だし、妻も当然、年を取るし、結構大変そうなんだよな、トイレの世話とか、重いネコ砂買ってきたり……。あぁあ、なんだか朝から年より臭い話になった。
え!? 健康に気を遣うのはじじくさいのか?
でも今の若い人は私の若いころよりもずっと健康に気を使っているように思われますよ。もし私の若いころに、今の若い人のようなことを言ってたら変な宗教にでも入信しているのかと疑われることでしょう。タバコは吸わない、酒は飲まない、異性とは面倒くさいから付き合わない、将来のためにお金を貯める、趣味はない……。
私の若いころといえば、たばこは吸う、酒は飲む、飲酒運転はする、ギャンブルはする、人は騙す、バイトはバックレる、物は盗む、借金はする、でも返さない、そしてひそかに引っ越して、音信不通……。
とにかく無茶苦茶する、それが若さだ! みたいなとこ、ありましたもんね。全然違うよ。ただの犯罪者。
だからね、もっともっと、身体面でも、精神面でもケアする、気を遣う。今の若い人は敗戦ショックの裏返しである、無意味なド根性論の束縛からようやく冷静に判断できる状況になれたのかもしれませんね。今の若い奴らの方が、断然正しい!
何だったんでしょうね、ド根性論。
ド根性論は、根性という言葉を一番歪曲解釈したモノかもしれませんね。
息子にも言ってるんです、気合入れろ!とか、根性出せ! とか、そういう言葉を真に受けちゃいけないよ、と。とにかくよく考えることが大切だ、とね。そして独断せず、仲間と一緒に考えて判断する。それが一番大事。
でもね、した約束は守らないといけないよ。布団を敷くという、お母さんとした約束は守らないでゲームやってちゃ、そりゃ叱られるよ。
叱られて半泣きで寝た息子へ。父より。