日々・ひび・ひひっ!

五行歌(一呼吸で読める長さを一行とした五行の歌)に関する話題を中心とした、稲田準子(いなだっち)の日々のこと。

おばちゃんの車にひかれた小学生(後編)

2009年03月11日 | 引っ越しな日々
私に言わせれば、
まだ素直に小学生Aが、
「いたいよー!いたいよー!」と、
騒いでくれるほうがよかった。

だが小学生Aは、
どういう事情なのか知らないが母子家庭で、
痛みを頑なに我慢するその様子から、
働いているお母さんを困らせたくはない一心で、
そうしているのが伝わってきた。

もちろん、子どもなので、
叱られたくない、という気持ちも混じってたけど、
真のところは、まるでお母さんを守るかのように、
自分の怪我をなきものにしているかのようだった。

その一途さは、おそらく喫茶店夫婦にも伝わっていただろう。

だから余計に、
不運だとは思うけど、
ドライバーのおばちゃんの、
最初に発せられる言葉は、

「大丈夫か?」であって欲しかった。

もちろん、流血しているわけでもないので、
大丈夫じゃない状況ではないけれど、
自分の都合より、小学生Aへの気遣いを最初に見せて欲しかった。

痛みを越えて、親のことを考えている子供が、
「大丈夫じゃない」と甘えたことを言うわけがない。

おばちゃんはとにかく、
「自分のせいじゃない!」というのを前面に押し出すように、
罵りだした。

「あんな急に飛び出してきたら、びっくりするやろ!死にたいんか!」

その逆ギレに、私も喫茶店夫婦も唖然とする。

「足の甲を踏まれたみたいですよ。顔も赤くなってきているし」

かろうじて私は言った。

「病院行く?行くんやったら、はよ行こ!」

やっぱり心配そうにではなく、
とてもメイワクそうにおばちゃんは言う。

Aはひたすら首を振る。
「大丈夫。痛くない」と、
今までとは明らかに違う小さな声で答える。

だめだ。何かの道を開かなければ、
私はここを立ち去れない。

私は、つとめて冷静に、

「今はそんなに痛くないかもしれへん。
そやけどな、時間が経つほど、だんだん痛くなってくるかもしれへんで。
痛くなってからでは、
お母さんの気持ちのやり場がなくなってしまうかもしれへん。
『なんでこの子がこんなに痛がってるのに、なんにもでけへんねやろ』って、
悲しくなるかもしれへん。
なんでもないんやったら、それはそれでかめへんねん。
私らかて、パッとみいでは、大丈夫なんかどうなんかわかれへん。
おばちゃんが言うてくれてんから、
病院行って、見てもらい」

小学生Aは、完全にこのオオゴトな状況に、
萎縮していた。

どちらかというと、もう、この時点では、
お母さんのことより、
この怖いおばちゃんに気持ちのポイントがシフトしていた。

小学生BCはまだ相変わらず、
チンピラな目でこの一部始終を見ていた。

「はよして!はよ決めて!大丈夫なんやね!
おばちゃんらも急いでいるんや。行くよもう!!」

だめだ!連れて行け!

「あかんやろ。行くだけ行っておいで」

お願いだから、うなづいて。

Aは、俯いて謝りたそうな口の開き方をした。
でも状況に押しつぶされて、声が出ないといった様子。

だから、最初に謝らせるきっかけを作ってあげたかったんだよ!!

喫茶店の奥さんの方が、
すでに靴下を履きなおして、
靴も履いてる足のところを見て、

「足、もう一回見せてみ」と言った。

多少嫌がっていたけれど、
奥さんに脱がしてもらってみれば、
足の甲は、さっきよりもあきらかに赤く、
丸く腫れあがっていた。

さすがにおばちゃんも、「もう行くで!」とは言わなくなった。

あとは、Aが説得に応じるかどうかなんだけど、
頑な。

もうこれだから子どもは!!めんどくせ~!!大っ嫌い!!

「あのね」

私はちょっとキレ気味に言いだした。

「お母さんは、怒れへんよ。
むしろ『よかった』って言ってくれるかもしれへん。
なんでかっていうたら、
その程度の怪我で済んでいるからや。
お母さんが一番辛いのは、
あんたが死んでしまうことや。
お母さんは絶対、大騒ぎになったことを怒れへん。
『生きててよかった』って、むしろ喜ぶはずや。
だから、『叱られたらどうしよう』とか、
『仕事の邪魔になったらどうしよう』とか、
思わなくてもいい。
今は痛いことを治すことだけを考えや」

……ったく、めんどくせー。大人の言うことを聞け!

「ちょっと待ってや」おばちゃんが、色つきメガネから、
私の方を見た。

「あんた一体、この子のなんやの?」

足元を掬われた感覚がした。

「……ただの通りすがりのモンですが」

「それやったら、入ってこんといて!」

気がつけば、必死になっていて、
心が無防備状態になっていたことに気づく。

自分でも恥ずかしくなるくらい、そのひとことに深く傷ついた。

そのやりとりを見て、
喫茶店の旦那の方が、

「じゃあ、僕が親御さんの代わりに、
おたくの住所とか聞いときますわ。
ボク(小学生Aのことね)、もしもおうちにかえって、
痛くなったら、ここ(喫茶店)に連絡しておいで。な?」

正直言って、納得しにくい妥協点ではあるが、
もう気力が出てこない。

おばちゃんはそれに同意して、
子どもらも、おばちゃんも、喫茶店の中に入って行った。

私はそれらに背を向けて、
無言でそこから立ち去った。

そして、あのAの足の甲のように、
だんだんおばちゃんの声が胸の内で腫れ上がって来て、
どうしようもなく痛くなってきていた。

家に帰って、
夫が帰ってくるまで、

「ちくしょー!!バカヤロー!!」と、

ソファーやクッションを殴ったり蹴ったりしながら、
ガーガーと泣いた。

     ★

「そんな時はまず、ケーサツを呼んだらええねん」

プリプリ怒りながら、事情を説明したら、
夫はそう言った。

「病院代を保険で支払うにも、警察の証明がいるし。
どんな状況であれ、そういう場合は車が悪いっていうことになるねんから、
手っ取り早く、警察呼んだったらよかってん」

そういう方法がよぎらなかったか?と、
自問してみると、
よぎらないわけではなかった、と、
膨弱な自答が帰ってくる。

弱弱しく思いついて、
『え?アタシが連絡するの?』
っというへっぴり腰感に、
見てみぬ振りをした感が、思い出すと……、ある。

そういう自分にもまた腹を立て。

それ以来、
時々、込み上げてくるかのように、
このことは、
しばらくの間、思い出された。

そして時々、唐突に泣き出した。

仕事をしている最中なら、
「花粉症で」と嘘をつきながら泣いた。

でも、多分、きっと、わかっていても、
私は同じ状況になったら、
同じことを繰り返しそうな気がした。

咄嗟に、警察を呼ぶ行動が出来るかどうか、
やっぱり、どうも、自信はないけれど。

……いや、どうだろう。関わろうとするかなぁ。
トラウマになってたら、ヤだな。

家を引越ししたら、
あの喫茶店に、
「あれからどうなりました?」と聞いてみたい気持ちもあるが、
立ち去った後の、
おばちゃんのことを聞くのがなんとなくためらわれたりもする。

まだ今は、心の中で、
天敵的存在として、君臨するおばちゃんの一言。

実際に、その後を聞くのかどうかは、
引越し後の自分に決めてもらうことにしている。

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