私に言わせれば、
まだ素直に小学生Aが、
「いたいよー!いたいよー!」と、
騒いでくれるほうがよかった。
だが小学生Aは、
どういう事情なのか知らないが母子家庭で、
痛みを頑なに我慢するその様子から、
働いているお母さんを困らせたくはない一心で、
そうしているのが伝わってきた。
もちろん、子どもなので、
叱られたくない、という気持ちも混じってたけど、
真のところは、まるでお母さんを守るかのように、
自分の怪我をなきものにしているかのようだった。
その一途さは、おそらく喫茶店夫婦にも伝わっていただろう。
だから余計に、
不運だとは思うけど、
ドライバーのおばちゃんの、
最初に発せられる言葉は、
「大丈夫か?」であって欲しかった。
もちろん、流血しているわけでもないので、
大丈夫じゃない状況ではないけれど、
自分の都合より、小学生Aへの気遣いを最初に見せて欲しかった。
痛みを越えて、親のことを考えている子供が、
「大丈夫じゃない」と甘えたことを言うわけがない。
おばちゃんはとにかく、
「自分のせいじゃない!」というのを前面に押し出すように、
罵りだした。
「あんな急に飛び出してきたら、びっくりするやろ!死にたいんか!」
その逆ギレに、私も喫茶店夫婦も唖然とする。
「足の甲を踏まれたみたいですよ。顔も赤くなってきているし」
かろうじて私は言った。
「病院行く?行くんやったら、はよ行こ!」
やっぱり心配そうにではなく、
とてもメイワクそうにおばちゃんは言う。
Aはひたすら首を振る。
「大丈夫。痛くない」と、
今までとは明らかに違う小さな声で答える。
だめだ。何かの道を開かなければ、
私はここを立ち去れない。
私は、つとめて冷静に、
「今はそんなに痛くないかもしれへん。
そやけどな、時間が経つほど、だんだん痛くなってくるかもしれへんで。
痛くなってからでは、
お母さんの気持ちのやり場がなくなってしまうかもしれへん。
『なんでこの子がこんなに痛がってるのに、なんにもでけへんねやろ』って、
悲しくなるかもしれへん。
なんでもないんやったら、それはそれでかめへんねん。
私らかて、パッとみいでは、大丈夫なんかどうなんかわかれへん。
おばちゃんが言うてくれてんから、
病院行って、見てもらい」
小学生Aは、完全にこのオオゴトな状況に、
萎縮していた。
どちらかというと、もう、この時点では、
お母さんのことより、
この怖いおばちゃんに気持ちのポイントがシフトしていた。
小学生BCはまだ相変わらず、
チンピラな目でこの一部始終を見ていた。
「はよして!はよ決めて!大丈夫なんやね!
おばちゃんらも急いでいるんや。行くよもう!!」
だめだ!連れて行け!
「あかんやろ。行くだけ行っておいで」
お願いだから、うなづいて。
Aは、俯いて謝りたそうな口の開き方をした。
でも状況に押しつぶされて、声が出ないといった様子。
だから、最初に謝らせるきっかけを作ってあげたかったんだよ!!
喫茶店の奥さんの方が、
すでに靴下を履きなおして、
靴も履いてる足のところを見て、
「足、もう一回見せてみ」と言った。
多少嫌がっていたけれど、
奥さんに脱がしてもらってみれば、
足の甲は、さっきよりもあきらかに赤く、
丸く腫れあがっていた。
さすがにおばちゃんも、「もう行くで!」とは言わなくなった。
あとは、Aが説得に応じるかどうかなんだけど、
頑な。
もうこれだから子どもは!!めんどくせ~!!大っ嫌い!!
「あのね」
私はちょっとキレ気味に言いだした。
「お母さんは、怒れへんよ。
むしろ『よかった』って言ってくれるかもしれへん。
なんでかっていうたら、
その程度の怪我で済んでいるからや。
お母さんが一番辛いのは、
あんたが死んでしまうことや。
お母さんは絶対、大騒ぎになったことを怒れへん。
『生きててよかった』って、むしろ喜ぶはずや。
だから、『叱られたらどうしよう』とか、
『仕事の邪魔になったらどうしよう』とか、
思わなくてもいい。
今は痛いことを治すことだけを考えや」
……ったく、めんどくせー。大人の言うことを聞け!
「ちょっと待ってや」おばちゃんが、色つきメガネから、
私の方を見た。
「あんた一体、この子のなんやの?」
足元を掬われた感覚がした。
「……ただの通りすがりのモンですが」
「それやったら、入ってこんといて!」
気がつけば、必死になっていて、
心が無防備状態になっていたことに気づく。
自分でも恥ずかしくなるくらい、そのひとことに深く傷ついた。
そのやりとりを見て、
喫茶店の旦那の方が、
「じゃあ、僕が親御さんの代わりに、
おたくの住所とか聞いときますわ。
ボク(小学生Aのことね)、もしもおうちにかえって、
痛くなったら、ここ(喫茶店)に連絡しておいで。な?」
正直言って、納得しにくい妥協点ではあるが、
もう気力が出てこない。
おばちゃんはそれに同意して、
子どもらも、おばちゃんも、喫茶店の中に入って行った。
私はそれらに背を向けて、
無言でそこから立ち去った。
そして、あのAの足の甲のように、
だんだんおばちゃんの声が胸の内で腫れ上がって来て、
どうしようもなく痛くなってきていた。
家に帰って、
夫が帰ってくるまで、
「ちくしょー!!バカヤロー!!」と、
ソファーやクッションを殴ったり蹴ったりしながら、
ガーガーと泣いた。
★
「そんな時はまず、ケーサツを呼んだらええねん」
プリプリ怒りながら、事情を説明したら、
夫はそう言った。
「病院代を保険で支払うにも、警察の証明がいるし。
どんな状況であれ、そういう場合は車が悪いっていうことになるねんから、
手っ取り早く、警察呼んだったらよかってん」
そういう方法がよぎらなかったか?と、
自問してみると、
よぎらないわけではなかった、と、
膨弱な自答が帰ってくる。
弱弱しく思いついて、
『え?アタシが連絡するの?』
っというへっぴり腰感に、
見てみぬ振りをした感が、思い出すと……、ある。
そういう自分にもまた腹を立て。
それ以来、
時々、込み上げてくるかのように、
このことは、
しばらくの間、思い出された。
そして時々、唐突に泣き出した。
仕事をしている最中なら、
「花粉症で」と嘘をつきながら泣いた。
でも、多分、きっと、わかっていても、
私は同じ状況になったら、
同じことを繰り返しそうな気がした。
咄嗟に、警察を呼ぶ行動が出来るかどうか、
やっぱり、どうも、自信はないけれど。
……いや、どうだろう。関わろうとするかなぁ。
トラウマになってたら、ヤだな。
家を引越ししたら、
あの喫茶店に、
「あれからどうなりました?」と聞いてみたい気持ちもあるが、
立ち去った後の、
おばちゃんのことを聞くのがなんとなくためらわれたりもする。
まだ今は、心の中で、
天敵的存在として、君臨するおばちゃんの一言。
実際に、その後を聞くのかどうかは、
引越し後の自分に決めてもらうことにしている。
まだ素直に小学生Aが、
「いたいよー!いたいよー!」と、
騒いでくれるほうがよかった。
だが小学生Aは、
どういう事情なのか知らないが母子家庭で、
痛みを頑なに我慢するその様子から、
働いているお母さんを困らせたくはない一心で、
そうしているのが伝わってきた。
もちろん、子どもなので、
叱られたくない、という気持ちも混じってたけど、
真のところは、まるでお母さんを守るかのように、
自分の怪我をなきものにしているかのようだった。
その一途さは、おそらく喫茶店夫婦にも伝わっていただろう。
だから余計に、
不運だとは思うけど、
ドライバーのおばちゃんの、
最初に発せられる言葉は、
「大丈夫か?」であって欲しかった。
もちろん、流血しているわけでもないので、
大丈夫じゃない状況ではないけれど、
自分の都合より、小学生Aへの気遣いを最初に見せて欲しかった。
痛みを越えて、親のことを考えている子供が、
「大丈夫じゃない」と甘えたことを言うわけがない。
おばちゃんはとにかく、
「自分のせいじゃない!」というのを前面に押し出すように、
罵りだした。
「あんな急に飛び出してきたら、びっくりするやろ!死にたいんか!」
その逆ギレに、私も喫茶店夫婦も唖然とする。
「足の甲を踏まれたみたいですよ。顔も赤くなってきているし」
かろうじて私は言った。
「病院行く?行くんやったら、はよ行こ!」
やっぱり心配そうにではなく、
とてもメイワクそうにおばちゃんは言う。
Aはひたすら首を振る。
「大丈夫。痛くない」と、
今までとは明らかに違う小さな声で答える。
だめだ。何かの道を開かなければ、
私はここを立ち去れない。
私は、つとめて冷静に、
「今はそんなに痛くないかもしれへん。
そやけどな、時間が経つほど、だんだん痛くなってくるかもしれへんで。
痛くなってからでは、
お母さんの気持ちのやり場がなくなってしまうかもしれへん。
『なんでこの子がこんなに痛がってるのに、なんにもでけへんねやろ』って、
悲しくなるかもしれへん。
なんでもないんやったら、それはそれでかめへんねん。
私らかて、パッとみいでは、大丈夫なんかどうなんかわかれへん。
おばちゃんが言うてくれてんから、
病院行って、見てもらい」
小学生Aは、完全にこのオオゴトな状況に、
萎縮していた。
どちらかというと、もう、この時点では、
お母さんのことより、
この怖いおばちゃんに気持ちのポイントがシフトしていた。
小学生BCはまだ相変わらず、
チンピラな目でこの一部始終を見ていた。
「はよして!はよ決めて!大丈夫なんやね!
おばちゃんらも急いでいるんや。行くよもう!!」
だめだ!連れて行け!
「あかんやろ。行くだけ行っておいで」
お願いだから、うなづいて。
Aは、俯いて謝りたそうな口の開き方をした。
でも状況に押しつぶされて、声が出ないといった様子。
だから、最初に謝らせるきっかけを作ってあげたかったんだよ!!
喫茶店の奥さんの方が、
すでに靴下を履きなおして、
靴も履いてる足のところを見て、
「足、もう一回見せてみ」と言った。
多少嫌がっていたけれど、
奥さんに脱がしてもらってみれば、
足の甲は、さっきよりもあきらかに赤く、
丸く腫れあがっていた。
さすがにおばちゃんも、「もう行くで!」とは言わなくなった。
あとは、Aが説得に応じるかどうかなんだけど、
頑な。
もうこれだから子どもは!!めんどくせ~!!大っ嫌い!!
「あのね」
私はちょっとキレ気味に言いだした。
「お母さんは、怒れへんよ。
むしろ『よかった』って言ってくれるかもしれへん。
なんでかっていうたら、
その程度の怪我で済んでいるからや。
お母さんが一番辛いのは、
あんたが死んでしまうことや。
お母さんは絶対、大騒ぎになったことを怒れへん。
『生きててよかった』って、むしろ喜ぶはずや。
だから、『叱られたらどうしよう』とか、
『仕事の邪魔になったらどうしよう』とか、
思わなくてもいい。
今は痛いことを治すことだけを考えや」
……ったく、めんどくせー。大人の言うことを聞け!
「ちょっと待ってや」おばちゃんが、色つきメガネから、
私の方を見た。
「あんた一体、この子のなんやの?」
足元を掬われた感覚がした。
「……ただの通りすがりのモンですが」
「それやったら、入ってこんといて!」
気がつけば、必死になっていて、
心が無防備状態になっていたことに気づく。
自分でも恥ずかしくなるくらい、そのひとことに深く傷ついた。
そのやりとりを見て、
喫茶店の旦那の方が、
「じゃあ、僕が親御さんの代わりに、
おたくの住所とか聞いときますわ。
ボク(小学生Aのことね)、もしもおうちにかえって、
痛くなったら、ここ(喫茶店)に連絡しておいで。な?」
正直言って、納得しにくい妥協点ではあるが、
もう気力が出てこない。
おばちゃんはそれに同意して、
子どもらも、おばちゃんも、喫茶店の中に入って行った。
私はそれらに背を向けて、
無言でそこから立ち去った。
そして、あのAの足の甲のように、
だんだんおばちゃんの声が胸の内で腫れ上がって来て、
どうしようもなく痛くなってきていた。
家に帰って、
夫が帰ってくるまで、
「ちくしょー!!バカヤロー!!」と、
ソファーやクッションを殴ったり蹴ったりしながら、
ガーガーと泣いた。
★
「そんな時はまず、ケーサツを呼んだらええねん」
プリプリ怒りながら、事情を説明したら、
夫はそう言った。
「病院代を保険で支払うにも、警察の証明がいるし。
どんな状況であれ、そういう場合は車が悪いっていうことになるねんから、
手っ取り早く、警察呼んだったらよかってん」
そういう方法がよぎらなかったか?と、
自問してみると、
よぎらないわけではなかった、と、
膨弱な自答が帰ってくる。
弱弱しく思いついて、
『え?アタシが連絡するの?』
っというへっぴり腰感に、
見てみぬ振りをした感が、思い出すと……、ある。
そういう自分にもまた腹を立て。
それ以来、
時々、込み上げてくるかのように、
このことは、
しばらくの間、思い出された。
そして時々、唐突に泣き出した。
仕事をしている最中なら、
「花粉症で」と嘘をつきながら泣いた。
でも、多分、きっと、わかっていても、
私は同じ状況になったら、
同じことを繰り返しそうな気がした。
咄嗟に、警察を呼ぶ行動が出来るかどうか、
やっぱり、どうも、自信はないけれど。
……いや、どうだろう。関わろうとするかなぁ。
トラウマになってたら、ヤだな。
家を引越ししたら、
あの喫茶店に、
「あれからどうなりました?」と聞いてみたい気持ちもあるが、
立ち去った後の、
おばちゃんのことを聞くのがなんとなくためらわれたりもする。
まだ今は、心の中で、
天敵的存在として、君臨するおばちゃんの一言。
実際に、その後を聞くのかどうかは、
引越し後の自分に決めてもらうことにしている。