日々・ひび・ひひっ!

五行歌(一呼吸で読める長さを一行とした五行の歌)に関する話題を中心とした、稲田準子(いなだっち)の日々のこと。

1月6日(水)のこと~ タクシーが2台来た ③ ~

2010年01月06日 | 義母との日々
「予約で来たんちゃうんです!ただの通りがかりなんです!」

そのタクシーの運ちゃんの言っている意味を理解するのに、
三回ぐらい聞いたような気がする。

ここは、新年のとある宗教団体のある道すじ。
バスを待てないお客さんは、きっといる。

そう考えて、ここまで流してきたのだと、
タクシーの運ちゃんは言う。

あほちゃうか。このタイミング。

おろおろするご婦人。
えぇえぇ、あなたを降ろすわけには行かない。

「これに乗って、行って下さい。予約の車は、私がなんとかしますから」

これでバスが先に来たら、
私はめっちゃアホかもしれんなぁ、
いや、タクシーに乗ったとしても、
これはこれで、アホなような気がする。

どっちに転んでも、アホや……と思いつつ、
もとのバス停の場所に戻っていく。

真の予約車は、
ご婦人が乗っていったタクシーの、
大体5台後ろだった。

「稲田さーん!」

予約車のタクシーの運ちゃんが、
窓を開けて、バス停に向かって、声をかけた。

と、同時に、バスのエンジン音が聞こえだした。

とある宗教団体の場所を間借りして、
終着点であり、始発点でもある駐車場に、
おとなしく停まっていたバスが、
目が覚めた犬のように、
ガルルガルルともブルルブルルとも言えるような音を立てて、
今にもベンチに座っている人たちの前に、
移動しようとしている。

タクシーの方を、断る、という選択肢も、あったかもしれない。
が、なんだか、それはそれで、気の毒なような気がしてならない。

それに、このまま、しれっと、何事もなかったかのように、
バスに乗り込んで、いろいろと胸の中で咀嚼するのも、どうだろう。

事の顛末を、タクシーの運ちゃんにしゃべりながら、
駅へ向かうほうが、陽気な感じがしたので、

「お願いします」とタクシーに乗り込んだ。

     ★

行き先のF駅を告げてから、

「もうちょっと、早く来てほしかったなぁ」

と、切り出して、事情を説明した。

後ろからは、バスがついてきている。
F駅まで、240円のバスが。

静かにタクシーの運行料金のメーターが、変わる。
進めば進むほど、心なしか、早い間隔で、変わっているような気がする。

「まぁね、おたくさんところは、一台でふたりお客さんを乗せるところを、
一台ずつに振り分けれたんだから、
会社的には、ラッキーなんでしょうけれどねぇ~」

イヤミのつもりではなかったけれど、
結果的に、イヤミに響いた。

運ちゃんが、返事に窮していたからだ。

ご婦人は、私と関わったことで、ラッキーってことになるんだろうか。
結局、そんなに大差なく、バスは来た訳なんだけど。

そんなことを考えて、少し沈黙していたら、

「いいことをしたらね」タクシーの運ちゃんが切り出した。

「ひとついいことをしたらね、ふたついいことがかえってきますよ。
そういう風に、世の中はできてますから」

豊かにその言葉は、私の中で響いた。
今年最初の、信頼できる、やさしく温かい言葉だった。

いいことのつもりで、したわけでは、全くないが。

波立ったり、手で撫でられたり、爪楊枝でさされたり(いや、実際はさされてないが)、
何かと激しかった胸の内が、
その言葉を聞いて、落ち着きを取り戻し始めた。

     ★

F駅が見えてきても、タクシーはなかなか前に進まなかった。
宗教団体の人たちと関係あるのかないのかわからないけど、
駅へ向かう車で、道は渋滞していた。

あとひとつ、信号を通過したら、
駅前につくけど、赤信号が立ちはだかったので、
「ここで降ります」と告げた。

値段は、1980円ぐらいだったかと思う。
なんとなく、2000円台になりそうな気がしたので、ここで、と。

それに、長々と停まっている、フェンス(?)の向こうの、
この駅発の準急が、もうじき出て行きそうな気がして、
どうせなら、走った結果、間に合わないほうが、
まだ納得できる気がして。

闇雲に、全力で走って、
ホームにぶら下がっている出発時間を確認したら、
通過待ちがあって、あと2分ほど余裕があった。

タクシーで赤信号を待って、
駅の出入り口の近いところで降りて、
小走りで走っても、間に合ったかもしれないな、と、
ぜぃぜぃはぁはぁ言いながら、
テキトーな車両の出入り口の端で思ったりした。

でも、最後の方で、
私が乗っていたタクシーの間に、
いつのまにか、何台かはさんで、
後ろの方になっていたバスでは、
この電車に間に合ってなかったな、と、
出発し始めた、電車の窓から、
まだ停留所に到着していないバスを見かけたとき、
にんまりとそう思った。

さて、あのご婦人は、どうなったのか?

     ★

電車の終点について、階段を降りる途中で、
少し先を歩いている、ご婦人を見つけた。

この電車よりも、1本早いので乗ったのかもと、
思っていたけど、どうやら車両だけが違っていたようで。

まぁそれでも、今の時点で、
ハイウェイバスの時間までに、あと20分近くある。

大丈夫だ。間に合う。

20分あれば、
バスに乗って、これより一本遅い電車に乗っても、
間に合ったかもしれないが、ヒヤヒヤもの。
余裕なく、ギリギリ走って……というかたちになってただろう。

タクシーで、正解だったんだ。

追いかけて、
「間に合いそうですね」と後ろから声をかける。

ご婦人は、驚いた後、私にお礼を言ってくれた。
そして、

「後からのタクシーに乗ったんですか?それなら、お代を払わないと……」

と、かばんに手を入れ始めた。

『ひとついいことをしたらね、ふたついいことがかえってきますよ。
そういう風に、世の中はできてますから』

タクシーの運ちゃんの言葉が甦る。

こういうことで、ふたつのうちの、ひとつを使っちゃう?
使っちゃうの?私。

「いいえ、いいえ。お気持ちだけで、結構ですから」

では、急ぎますので、と、軽く会釈して、ご婦人の前を追い越して、
地下鉄の駅の方へと歩いていった。

     ★

あれからもう、8ヶ月。

今でも、タクシーの運ちゃんの言葉が、
時々甦る。

私の身に、ふたつのいいことは、起こったんだろうか。

イヤなことばかりが目に付いて、気づかなかったかもしれないし、
大どんでん返しのようなものを、求める余り、
ささやかで、当たり前すぎて、
感謝もせず、素通りしたかもしれない。

このことかも、あのことかも。
いや、まだ、ひとつも起こってはいないのでは。

その時その時のコンディションで、
ふたつのいいことは、立ち現れたり、沈んでいったりする。

実際にあったって、なくったって、本当の本当のところは、
実はどうでもいいことかもしれない。

だけど、間違いなく、
この具体的に自分が起こした行為について、
誰かがそう言ってくれたことの事実は、
自分が閉じているときも、開いているときも、
「明日」という方向を指し示していてくれた。

にんじんを頭からぶら下げて、
食べよう食べようとして、
走るパン食い競争風な、お馬ちゃんのように。

にんじんを、ふたつのいいことだけを見つめて、
ここまで来たんだ。

     ★

あぁ~、もうだめ。目が痛い。

今度はいつ書くことが出来るでしょう。
でも出来れば、8ヶ月以上はあけたくないです。

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