■ストレスたまる世代
東日本の100万都市に住む女性会社員Kさんは30代前半。
昨年末、7年余り勤めた小さな出版会社を退職した。
その2カ月ほど前の深夜、突然のパニック性の発作に襲われていた。
救急車で運ばれ、入院。医者からは「仕事からの避難」と診断された。
「心の病」がもっとも多いのは30代。
そんな調査結果を今年7月、財団法人・社会経済生産性本部が発表した。
02年から隔年で実施している「メンタルヘルスの取り組み」に関する3回目のアンケート。
計34問の質問に対し、上場企業218社の人事・労務担当者からの回答があった。
肝心の質問項目は「心の病の最も多い年齢層は」。
(1)「30代」61・0%
(2)「40代」19・3%
(3)「10~20代」11・5%
(4)「50代以上」1・8%
はるかに引き離しての断トツである。
第1回(41・8%)
第2回(49・3%)
着実に増加傾向にある。
その背景について、同本部メンタル・ヘルス研究所の楠宏太郎研究員(44)は
「与えられた仕事上の責任と裁量のバランスが崩れたまま、放置されてきたのが一因」
と解説する。
20代に比べると重要な仕事を任せられる半面で、
40代のような権限が与えられることがない。
それがストレスをもたらしているというのだ。
■負担多き世相の中で
当初は社員20人余りだった会社は拡大路線に踏み出していた。
Kさんが倒れた当時は20代の若手が次々と採用され、
社員は50人ほどまでに増えていた。
だが、新人教育が追いつかないなどの弊害も。
仕事のできる30代の中堅にしわ寄せがきた。
Kさんの仕事は広告編集と営業。その勤務時間は1日15時間を超えていた。
現在の30代は67~76年生まれ。
いわゆる第2次ベビーブームの団塊ジュニア(71~74年)を含んでおり、
アニメ「機動戦士ガンダム」などに熱狂した「おたく」世代にも重なる。
一方で、90年代初頭のバブル崩壊による不景気で、就職氷河期や親のリストラなども経験した。
「もともと、会社組織では上下の世代の板挟みになりやすいのが30代です」
そう解説するのは人材育成コンサルタントの山本直人さん(42)
「話せぬ若手と聞けない上司」(新潮社)などの著作がある。
「だが、今の30代は社会の価値観が激変した時期に船出した。
こんなはずじゃ、との気持ちは強い」
こうした30代に対し、20代は「もとから一つの会社に価値観を求めていない。
いつもマイペース」と定義されるそうだ。
一方の40代は「上の世代がリストラされ、抜てきされてきた『勝ち組』が多い。
何でもバリバリ」。
冷めた部下と熱い上司。
30代が直面する複雑な状況の一端を解き明かしてみせた。
「心の病」の原因は何か。同本部のアンケートではやはり、
「職場の人間関係」がトップの25・2%。
「仕事の問題」(17・4%)
「本人の問題」(17・0%)を上回った。
山本さんは「仕事の話を電子メールでやり取りするなど、
今の職場では人間的なつながりが弱体化した」と警告する。
■「多重苦」の年代
20代のころは割と気軽に過ごした、とKさんは思う。
お笑いタレントの追っかけのようなこともした。
しかし30代。忙しさに流されるだけでなく、手応えを感じるようになっていた。
結婚を否定しているわけではないけれども、しなくても、
仕事があるじゃないかとも。
今の30代の特殊性を指摘する声もある。
「晩婚・未婚が進む時代とあって、30代が『人生の決断』を迫られる時期なんです」。
iモードの生みの親で、バンダイ社外取締役の松永真理さん(51)は語る。
「特に女性会社員にとっては結婚、出産、あるいは仕事を選ぶか。
将来を考えて、腹をすえなくちゃいけない」。
さらには親の介護、子育てなど頭をめぐらすべき難題は数多いのだ。
実際、厚生労働省などの調べでは初婚年齢は延びるばかり。
05年の平均は男29・8歳、女28・0歳。
30代(約1792万人)のうち、未婚者はほぼ3分の1で、
約589万人をも占めている。
仕事だけでなく、私生活の転換点も30代にやってくる。
■「成果主義」の功罪
Kさんの職場では半月ほどで辞めてしまう後輩もいた。
仕事の面白さを教えることができていればと悔やんだが、自分自身、余裕がなかった。
笑いさえも失われていった社内。
40代の上司はしばしばバブル時代の武勇伝を披露した。
76年生まれの大卒が就職活動を迎えた98年。
その時期に日本社会の一つの転換点はあったと、
帝塚山学院大教授(犯罪精神医学)の小田晋さん(73)は指摘する。
自殺者が3万人を超え、国内総生産(GDP)は2年連続で前年比マイナスに。
そして、前年の97年には武田薬品工業が日本最初とされる制度の導入に踏み切っていた。
今日では9割の企業が採用したとも言われる「成果主義」である。
「それは悪平等をなくし、競争を刺激するとされました。
しかし、毎日が勝ち残るための戦いです。これはきついですよ」
小田さんは言葉を続ける。
「将来への希望に社員間で格差が生じ、職場の活性度はむしろ低下してしまったのです」
こうした環境が、30代の「心の病」の増加に拍車をかけた。
派遣社員、非正社員らの雇用を促進した小泉純一郎内閣の労働政策の影響も、
小田さんは指摘する。
正社員の数が抑制されることになったためだ。
30代には手足となる部下はもちろん、責任を分かち合える仲間も数少ない。
一つの法則があるそうだ。
不景気になると仕事の一時的負担が減るため、ストレスはかえって減るという。
だから、景気が上向いたとされる日本社会には逆の現象が加速されうる。
「30代への圧力がさらに高まり、『心の病』は増えるばかりでは」
東日本の100万都市に住む女性会社員Kさんは30代前半。
昨年末、7年余り勤めた小さな出版会社を退職した。
その2カ月ほど前の深夜、突然のパニック性の発作に襲われていた。
救急車で運ばれ、入院。医者からは「仕事からの避難」と診断された。
「心の病」がもっとも多いのは30代。
そんな調査結果を今年7月、財団法人・社会経済生産性本部が発表した。
02年から隔年で実施している「メンタルヘルスの取り組み」に関する3回目のアンケート。
計34問の質問に対し、上場企業218社の人事・労務担当者からの回答があった。
肝心の質問項目は「心の病の最も多い年齢層は」。
(1)「30代」61・0%
(2)「40代」19・3%
(3)「10~20代」11・5%
(4)「50代以上」1・8%
はるかに引き離しての断トツである。
第1回(41・8%)
第2回(49・3%)
着実に増加傾向にある。
その背景について、同本部メンタル・ヘルス研究所の楠宏太郎研究員(44)は
「与えられた仕事上の責任と裁量のバランスが崩れたまま、放置されてきたのが一因」
と解説する。
20代に比べると重要な仕事を任せられる半面で、
40代のような権限が与えられることがない。
それがストレスをもたらしているというのだ。
■負担多き世相の中で
当初は社員20人余りだった会社は拡大路線に踏み出していた。
Kさんが倒れた当時は20代の若手が次々と採用され、
社員は50人ほどまでに増えていた。
だが、新人教育が追いつかないなどの弊害も。
仕事のできる30代の中堅にしわ寄せがきた。
Kさんの仕事は広告編集と営業。その勤務時間は1日15時間を超えていた。
現在の30代は67~76年生まれ。
いわゆる第2次ベビーブームの団塊ジュニア(71~74年)を含んでおり、
アニメ「機動戦士ガンダム」などに熱狂した「おたく」世代にも重なる。
一方で、90年代初頭のバブル崩壊による不景気で、就職氷河期や親のリストラなども経験した。
「もともと、会社組織では上下の世代の板挟みになりやすいのが30代です」
そう解説するのは人材育成コンサルタントの山本直人さん(42)
「話せぬ若手と聞けない上司」(新潮社)などの著作がある。
「だが、今の30代は社会の価値観が激変した時期に船出した。
こんなはずじゃ、との気持ちは強い」
こうした30代に対し、20代は「もとから一つの会社に価値観を求めていない。
いつもマイペース」と定義されるそうだ。
一方の40代は「上の世代がリストラされ、抜てきされてきた『勝ち組』が多い。
何でもバリバリ」。
冷めた部下と熱い上司。
30代が直面する複雑な状況の一端を解き明かしてみせた。
「心の病」の原因は何か。同本部のアンケートではやはり、
「職場の人間関係」がトップの25・2%。
「仕事の問題」(17・4%)
「本人の問題」(17・0%)を上回った。
山本さんは「仕事の話を電子メールでやり取りするなど、
今の職場では人間的なつながりが弱体化した」と警告する。
■「多重苦」の年代
20代のころは割と気軽に過ごした、とKさんは思う。
お笑いタレントの追っかけのようなこともした。
しかし30代。忙しさに流されるだけでなく、手応えを感じるようになっていた。
結婚を否定しているわけではないけれども、しなくても、
仕事があるじゃないかとも。
今の30代の特殊性を指摘する声もある。
「晩婚・未婚が進む時代とあって、30代が『人生の決断』を迫られる時期なんです」。
iモードの生みの親で、バンダイ社外取締役の松永真理さん(51)は語る。
「特に女性会社員にとっては結婚、出産、あるいは仕事を選ぶか。
将来を考えて、腹をすえなくちゃいけない」。
さらには親の介護、子育てなど頭をめぐらすべき難題は数多いのだ。
実際、厚生労働省などの調べでは初婚年齢は延びるばかり。
05年の平均は男29・8歳、女28・0歳。
30代(約1792万人)のうち、未婚者はほぼ3分の1で、
約589万人をも占めている。
仕事だけでなく、私生活の転換点も30代にやってくる。
■「成果主義」の功罪
Kさんの職場では半月ほどで辞めてしまう後輩もいた。
仕事の面白さを教えることができていればと悔やんだが、自分自身、余裕がなかった。
笑いさえも失われていった社内。
40代の上司はしばしばバブル時代の武勇伝を披露した。
76年生まれの大卒が就職活動を迎えた98年。
その時期に日本社会の一つの転換点はあったと、
帝塚山学院大教授(犯罪精神医学)の小田晋さん(73)は指摘する。
自殺者が3万人を超え、国内総生産(GDP)は2年連続で前年比マイナスに。
そして、前年の97年には武田薬品工業が日本最初とされる制度の導入に踏み切っていた。
今日では9割の企業が採用したとも言われる「成果主義」である。
「それは悪平等をなくし、競争を刺激するとされました。
しかし、毎日が勝ち残るための戦いです。これはきついですよ」
小田さんは言葉を続ける。
「将来への希望に社員間で格差が生じ、職場の活性度はむしろ低下してしまったのです」
こうした環境が、30代の「心の病」の増加に拍車をかけた。
派遣社員、非正社員らの雇用を促進した小泉純一郎内閣の労働政策の影響も、
小田さんは指摘する。
正社員の数が抑制されることになったためだ。
30代には手足となる部下はもちろん、責任を分かち合える仲間も数少ない。
一つの法則があるそうだ。
不景気になると仕事の一時的負担が減るため、ストレスはかえって減るという。
だから、景気が上向いたとされる日本社会には逆の現象が加速されうる。
「30代への圧力がさらに高まり、『心の病』は増えるばかりでは」